Layer26 着替え

「ねぇ、君。感情の領域への信号が少し強くなり過ぎていない?」


「たしかにそうなんですが、指示された内容によれば間違いないです。どうしますか? 今からでも変更は可能ですが、変更しますか?」


「そうだね。変更して……いや、変更しなくていいや。このままやって」


「よろしいのですか?」


「うん、どうやらその指示はあいつが出したみたい。あいつがそれで良いって言うなら大丈夫でしょ。最初の方は少し調整できないかもしれないけど、あいつのことだし。この強さでもどうせすぐに上手く調整できるようになるはず。それにせっかくのプレゼントがすぐにわかっちゃたら、え~と……面白くないでしょ?」


「プレゼントはよくわかりませんが、それで本来の目的に支障が出たりしませんか?」


「大丈夫、大丈夫。その程度で支障が出るほど私達はヤワじゃないよ」


「そういうもんですか?」


「そういうもんです。だって知ってるでしょ?」


「知ってるとは?」


「私達が人類であってヒトではないってこと」


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 お風呂で玉宮の体をしっかり堪能し……お風呂でしっかり疲れを取ったあたしはちょっとした難問にぶつかっていた。

 着れる服がなさそうなんです。

 あたしはお父さんが物心ついた時からいなくて、お母さんも海外赴任で家にはいないため実質一人暮らしをしている。

 そんなわけで女子高生が一人暮らしの家に男子高校生が着れるような大きさの服はないというわけです。

 ただ、玉宮がかなり細身のおかげでウエストは問題なく入ったためズボンはなんとかなりそうだ。

 男子のくせに女子のズボンのウエストが入るってどういうことよ。

 正直、なんか腹立つわね。


 問題なのはTシャツね。

 いくら玉宮が細身だからって、さすがにあたしのサイズのTシャッだと丈が短すぎてお腹が出てしまう。


「う〜ん、どうしようかな〜。もう、いっそのこと上裸でもいいかな?」


 なんてことを言いながらあたしは玉宮の腹筋を人差し指でなぞっていることに気づくのに数秒かかったあとに絶句した。


「あたし、本当に何やってるんだろ……これじゃあ、本当にただの変態じゃん……」


 しかもそれを自分が無意識でやっていたことが一番ショックだった。

 いや、いや、いや、大丈夫、大丈夫。

 あたしが無意識でこんなことするぐらいなら玉宮だったらもっとすごいことを無意識でやっているはず。

 だからあたしは変態なんかじゃない。

 普通の女の子。

 大丈夫、あたしはいたって普通の女の子。


 半ば自己暗示のようになっていたよう気もするけど、そんなことはこの時のあたしにはどうでもいいことだった。


「なんか本当、いろいろありすぎて疲れたからもう寝よ」


 たまたま一着だけあった、サイズを間違えて買ったオーバーサイズのTシャッを着てあたしは言った。


 今日は一生分じゃまるで足りないような経験をほんの数時間で味わったような気分だった。

 こんな状況、今だに頭の中で整理できてないし。

 とにかく今日は寝よう。

 もしかしたら明日の朝になってみれば全部夢で何もかも元通りになっているかもしれない。


 そんな淡い期待を胸に抱きながら、あたしはベットに入り深い眠りについた。


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 風呂は命の洗濯だなんて言われているはずなのに、俺は姫石に対する罪の意識が芽生えただけだった。

 罪は自分の意思で償おうとしなければ、贖罪の意味が無いらしい。

 これまで姫石の胸をイジってきたことがいったいどれほどの罪なのかは知る由もないが。


 いつものように着替えようとしたら、俺はあることに気づいた。

 サイズが大きすぎる。


 どうしても自分の体は今は姫石の体であるという自覚がなかなか実感できない。

 こういう場面に出くわして改めて気づいているような感じだ。

 仕方ない、母親の服でも借りるか。

 母親のなら多少サイズは違うだろうが、俺の服のサイズで着るよりはよっぽどマシだろう。

 ……

 いや、待てよ。

 どうせ姫石の体なんだ。

 母親の服を借りるなんてつまらないことはするべきじゃないな。

 せっかくだ。

 変態大国日本の男共による頭のおかしい幻想から生まれた「彼シャツ」みたいなことでもやってみるか。


 ……おぉ!

 彼シャツ姿の姫石を鏡で見ながら、俺は感嘆の声を上げた。

 さすが姫石だ。

 これだけスタイルが良いと本当に絵になるな。

 写真集かなんか出せばバカ売れするんじゃないか?

 なんなら今からこの姿をカメラに収めて、適当に売りさばいたら結構な小遣いになるぞ!


 いつの間にか営利主義のクソビジネス野郎みたいなことを考えてしまった。

 というか、鏡の前で姫石の彼シャツ姿を見ているという状況を俯瞰してみると唐突に冷めた感情になった。


「何やってんだ俺。アホらしい、寝よ」


 俺はそのままベットにぶっ倒れて眠りに落ちた。


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 晴れた夜空に満月よりも少し欠けた月が浮かんでいた。

 少し冷たい夜風が頬に当たるのを感じる。


 こんなことは生まれて初めて行ったはずなのに、感情は驚くほどに落ち着いていた。

 驚くほどという表現は良くないな。

 今は驚くという感情の変化すら持ち合わせていない。

 感情の起伏というものが全くない。

 認識しているのはいつだって起きている現象だけ。


 人間はこれを冷酷だとか、残酷だとか、悪魔だとか言うかもしれない。

 しかし、それは人間から見た尺度でしかない。

 私達からすれば感情の起伏がある人間の方こそ冷酷で残酷で悪魔的だ。



「……めて……くれ……し……に……たく……ない……」


「まだ意識があったのか」


「む……すめ……が……いる……んだ……」


「この力の使い方には早く慣れないといけないな」


「――」


「そういえばの状況はどうなっているだろうか?」


 ……

 とは何だ?

 私は何を思ってと呟いたんだ?

 いや、その前にこの状況で呟くという行動自体が不自然だ。

 ……

 考えてもどうしようもなさそうだ。

 今は、そんなことはどうでもいい。


 一歩前に出ると、刺すように強い夜風が全身に当たった。











というのは、のことだよ。まぁ、これも呟くのは不自然か」

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