Layer25 試練

 完璧だ。

 ここまでは全て予定通りだ。

 耳栓の変わりにイヤホンをし、下を一切見ずにスカートを下ろし、パンツの生地を思い切り引っ張っることで姫石の体に触らずに俺は便座に腰を掛けることができた。


 そこまでだった。

 完璧なのはそこまでだった。

 俺は大切なことを見落としていた。

 男にはあって、女にはないもの。

 こんな単純なことを俺は見落としていたのだ。


「え……これどうやってすんの?」


 男にはアレが付いているため出す方向を定めることができる。

 だが、女には付いていないのでどうやって出す方向を定めるのか全くわからない。

 そのため、どこに出るのかわからないという恐怖心に捕らわれていた。

 というか、出す方向なんて定められるの?

 無理じゃない?

 こうなったら出す勢いを調整してちょっとずつ出していくしかない。

 そう思い俺は勇気を振り絞って膀胱に力を入れた。


 すると、少しづつ出ていく感覚が伝わってきた。

 よし!

 ちゃんと便器の範囲内に出せてるぞ!

 と思った矢先……急に出す勢いを調整できなくなった。

 あれ?

 何でだ?

 男の時はちゃんと出す勢いを調整できたのに……まさか、女は勢いを調整できないのか。

 予想外の出来事に俺が焦っている間も勢いが止まることもなく、ひざ裏とふくらはぎの上の辺りから何かの液体が伝わってくる感覚がした。


 これはやったな

 この歳にもなってまともにトイレをすることができない日が来るなんて……

 まともにトイレができないほど俺の年齢は若くはなく、かといって高齢でもない。



 どうやら便座と便器の間から漏れ出たらしく、幸いにもさほど漏れずにすんだ。

 このことは絶対に誰にも言わずに墓まで持っていこう。

 俺はそう固く決心した。


(こうしてこの世界にまた一つ新たなトリビアが生まれた。

 男性は座ってトイレをする時、女性よりも前に座ってトイレをするため女性に入れ替わった時は後ろに座るように気をつけた方が良い)


 こんな昔のテレビ番組のフレーズが脳内で流れたが、こんなフレーズは聞きたくなかった。

 それに今回のは泉は泉でも漏れ出てはいけない泉だし。


「……このままだと気持ち悪いし、すぐに風呂入るか」


 一番難易度が低いはずのトイレでこの結果だと、難易度が無理ゲーになる風呂なんて想像したくもないな。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 駆け込んだトイレであたしは絶対に下を見ないように素早くズボンとパンツを下ろして便座に座った。

 座った直後に出始めたため、あたしは慌てて便器から漏れ出ないように玉宮のアレの根本の辺りを触ってとっさに出る方向を調整した。

 あと、まだ出ないでって思ったら自然に力が入って出る勢いも少し弱まった。

 ちょっとだけモジャモジャと気持ち悪い感触がしたけど、今は便器から漏れ出ないようにするためには我慢するしかない。

 本当は嫌だけど。

 本当に嫌なんだよ。

 男の子のってこんな感じなんだなんて、これぽっちも思ってないんだからね。

 ……あたし、誰に言い訳してるんだろ。


 それにしても男子のって案外便利なんだね。

 とっさに方向も変えられるし、膀胱の方に力込めたら少し出る勢い弱まったし。

 外に出てる分、普段の生活ではすごく邪魔なんだろうなって思ってたけど、こういう場面ではすごく便利だし、さっき駅で走った時もほとんど違和感なく走れてたんだよね。

 こんなの男子だけズルくない?

 こんなに便利な機能が付いてるし、生理っていう本当に最悪な現象も無いんでしょ。

 こっちはそれが月に1回もあるんだよ!

 不公平よ!

 まぁ、だからといって元の体に戻りたくないわけじゃないんだけどね。


 ちょっと焦ったけど、あたしはなんなくトイレという試練をクリアすることができた。

 この調子ならお風呂も上手くいけそうかも。

 トイレで自信がついたあたしはそのまま脱衣所に向かい、お風呂に入ることにした。



 できるだけ服を着たままでもできる準備をやり終えたら、目をつぶりながら服を脱いであたしはお風呂に入った。

 もちろん、お風呂に入ったあともあたしは目をつぶり続けていた。

 なぜならお風呂には家の中で一番大きいと言っても過言じゃない大きさの全身をくまなく映す鏡があるからだ。

 けど、お風呂に入ってる間ずっと目をつぶっているのは難しいと思うの。

 だから、あたしは名案を思いついたの。

 鏡を湯気で曇らせれば良いって!

 というわけで、蓋を開けっぱなしにして湯船にお湯を貯めました!

 この状況ではさすがに湯船に浸かってゆっくりするわけにはいかないから、せっかく溜めたのにちょっと勿体ないんだけどね。


 あたしは恐る恐る鏡がちゃんと曇っているかどうか確認するために目を開けた。

 うん!

 大丈夫!

 予想通りちゃんと鏡は曇ってる!

 これならある程度は目を開けても大丈夫だね。


 そんな感じであたしはシャワーを浴び始めた。

 頭を洗い終わった時に、あたしは思わずチラッと鏡を見てしまった。

 シャンプーを流したせいか少しだけ鏡の曇り具合が減ってしまっていた。

 鏡に映っていたのは想像していたよりもちょっとだけたくましい体をしていた玉宮だった。


「玉宮って思っていたよりは筋肉あるんだ。かなり細身だからそんなに無いと思ってたんだけど……へぇ〜」


 そんなことをつぶやきながら、あたしは胸板を人差し指で触っていた。

 ……

 え!?

 あたし何やってるの!?

 玉宮にあれだけ変なことしないでって自分で言ってたのに、その自分がこんな変なことするなんて笑えない冗談にもほどがあるよ!

 ……

 でも、あたしでもこんなことしちゃうんだから玉宮だって絶対してるよね。

 なら、あたしがしたってお互い様よね。

 男子の体をこうして観察できる機会なんてもうないかもしれないしね。

 貴重な体験を大切にしなきゃ勿体ないしね。

 玉宮にあたしの体を見られるのはすっごい恥ずかしいけど、こんな風に入れ替わらなくたってどうせいつかは見られることになるんだから問題ないしね。


 なんだかシャワーのお湯がさっきよりも熱くなったように感じながら、あたしは鏡の曇りをシャワーをかけて取った。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 俺は目をつぶりながら服を脱いでいた。

 目をつぶりながら服を脱ぐのは大変だと思っていたのだが、一番難しいと考えていたブラージャーもすんなり外すことができ拍子抜けしている。

 けど、どうせすぐに上手くいかなくなることはわかっている。

 というか、姫石にブラはいらないんじゃ……なんてことが頭をよぎってしまった。

 こんなこと考えちゃ駄目だよな。

 なぜなら十中八九、姫石に殺される気がするからだ。


 目をつぶった状態で風呂に入り、シャワーのお湯で頭を洗ったところまでは良かった。

 しかし、案の定上手くいったのはそこまでだった。

 目をつぶっているおかげてシャンプーとリンスを間違えたのである。

 ……

 もうさ、見ても良くね?

 だって姫石もどうせあの反応からして、絶対俺の体見まくってるぜ。

 俺だけ見れないなんて不平等だろ。

 こういうのは入れ替わった男側が相手の体を見ると相場が決まっているだろ。

 それなのに男側である俺がそれをしないで、女側の姫石がするのは何か違う気がする。


 そう考えて俺は思いきって目を開けた。


 開いた目に映ってきたのは鏡に映った姫石の曲線だけで描かれたようななめらかなシルエットだった。


 これはもう、エロいとかそういうものを通り越している。

 ただ、綺麗だと感じた。

 美しいと感じた。

 例えるなら、ヴィーナスの誕生やミロのヴィーナスなどの長い時が経っても人々を魅力し続ける絵画や彫刻のような芸術的な美しさがそこにはあった。


「姫石ってこんなにスタイルが良かったのか」


 腐れ縁のおかげでそれなりには長い時間を一緒に過ごしてきたが、こんなに姫石のスタイルが良かったなんて露程も思っていなかった。


「肌白っ! しかも、すべすべだし! 何やったらこんなすべすべになるんだよ。脚も細くて長くて美脚だしよ。尻も良い形してるしよ。ウエストも曲線過ぎるぐらにくびれてるしよ。胸も……」


 俺はこの時、自分の胸にこう誓った。

 もう二度と姫石の胸のことをイジるのは辞めようと。


 こんなことも知らずに俺は今まで姫石の胸をイジるなんていう残酷なことをしていたのか。

 もしかしたらこの入れ替わりは、俺がこのことを知るためだけに神か何かが引き起こした現象なのかもしれない。

 ま、俺が知ったにも関わらず元に戻らないところを見ると違うようだが。


 ……

 今度、姫石に会ったら何を言われてもいいから謝ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る