Layer11 意図

 ……え?

 八雲は今なんて言ったんだ?

 立花が正解?

 そしたら俺も八雲も二人仲良く料理の練習をするはめになってしまうじゃないか!

 まさか八雲は純粋に問題を出しているだけだというのか!?

 ペナルティを回避するためではなく?


「本当に立花が正解でいいのか?」


 俺は祈るように八雲に聞いた。


「? あぁ、それで問題ないがどうした? たしかに100%の解答はありとあらゆる複雑な感情を持っているという解答だ。動物にだって一定の感情はあるからな。複雑という言葉がないと違いにはならない。だが、一番近い解答という条件だったからな。立花後輩が一番適切だと考えたんだが何かおかしかったか?」


 駄目だ、完全にペナルティのことを考えていない。


「いや……そうだな、立花で俺もいいと思うぞ。なんか悪いな変なこと聞いて」


「そうか、問題ないならそれでいいんだ。もちろん玉宮香六の解答も姫石華の解答もけして間違っているわけじゃない。ただ、あんたらの解答はどちらかというと複雑な感情からなる副産物的な側面があるというだけだ。だからその根幹である複雑な感情に近かった立花後輩が適切だったというわけだ。ま、これはあくまで持論だがな」


 どうやら八雲は科学以外のことに関してはポンコツなようだ。

 ポンコツなんて言葉久しぶりに使ったな。


「なに? 玉宮はそんなに自分が合ってると思ってたの? それで歩乃架ちゃんが合ってるって聞いて驚いちゃったのか。そっか! そっか! 残念だったね〜でも、大丈夫! あたしは玉宮のそういうところ大好きだよ! もう、なんていうかいろいろ最高! あ、けど料理の練習はやるからね」


 こいつは俺が何に驚いているかも知らないでよくも煽り倒してくれるな!

 この問題の仕組みをわかってないからそういうことを言えるんだよ!

 そして、その解釈だと俺はだいぶ痛い奴になるからやめてくれ!


「何も大丈夫じゃないからな! あと、俺はそんなに自意識過剰じゃない! 自分ではなく立花が合っていたことにとやかく言うつもりはない! ただ……ちょっと変な勘違いをしてまっただけだから」


「そんなに言い訳しなくてもいいんだよ。素直になりなよ」


 駄目だ。

 姫石の奴、完全に勘違いしてやがる。


「いや、だからな……」


 そう言いかけたとき立花が姫石に何か耳打ちした。


「え? そういうことだったの?」


 立花は俺が考えていた問題の抜け道に気づいていたようだ。

 どうりで余裕があるように見えたわけだ。


「うっわ玉宮……姑息」


 あれ?

 もしかしてバレてなかった時の反応の方が良かった感じ?


「いや、違う! 断じて違うぞ! 俺は姑息なんじゃない! あの〜あれだ……そう、策士なんだよ! だからけして姑息なんかじゃないんだ! 変な言い方はやめてくれ」


「どっちでもいいけど、策士のくせに負けたってわけね。あれ? 策士ってどういう意味だっけ?」


 ……

 姫石はこういうとき痛いところをついてくるんだよな。

 で、こっちが何も言い返せないのを見て面白がりやがる。

 やっぱりバレなきゃ良かった……


「とにかく! 本来は上手くいくはずだったんだ! ただ八雲に俺の意図が伝わっていなかった。だから上手くいかなかっただけだ。これは俺もミスったと思ってる」


「? 玉宮香六は何か別の意図があって問題を答えていたのか?」


 いまだに俺の意図が伝わっていない八雲が聞いてきた。


「そりゃあもちろんあったよ。俺は問題を正解するよりもペナルティを回避したかったからな」


「それなら正解するしかないんじゃないか?」


 やはり八雲は科学以外の事となるとてんでダメらしい。

 こういった駆け引きのようなことをする発想もないぽっいしな。


「先輩、玉宮先輩が言いたいのは……」


 そう言って立花が八雲に俺が何を考えていたのかを説明した。


「なるほど。そういうことか。たしかにそれなら私も玉宮香六もペナルティを受けずに済むな。すまない、私は科学以外の事となるとからっきしダメでな」


 うん、知ってる


「まぁ俺も八雲にしっかりと意図を伝えるべきだったから、お互い様だろう」


 正直、八雲が問題の穴に気づいている前提で出題していると思っていたんだが、これは俺の考えがあまかったのかもしれない。


「けど、よくこのことに気づいたね! 歩乃架ちゃん!」


「それほどのことでは無いですよ。先に気づいたのは玉宮先輩ですし。私は玉宮先輩の反応を見て気づいたぐらいですから」


 え?

 俺そんなに顔に出てたのか……


「ちょっと待ってくれ。なら立花は気づいてた上で何もしなかったのか? 今回はたまたま八雲と俺の連携が上手く取れていなかったおかげで立花が正解になったわけなんだぞ。もし上手く連携が取れていたらそのまま俺達がペナルティを回避するだけだったんだぞ」


 気づいた上で何もしなかったということは立花は俺達がペナルティを受けないように目をつぶったということなのか?

 だが、料理の練習をするというペナルティを提案したのは立花自身だぞ?

 その可能性は低いだろう。


「それは先輩なら純粋に問題を出して、合っていたら正解ってだけかなって思ったんです。もちろん玉宮先輩と何か連携を取っている素振りがあったら私も何かしら対応したと思います。けど、そういう素振りがなかったので何もしなかったんです。それに先輩は科学以外何もできませんから」


 なるほど、そういうことだったのか。

 元々、八雲を紹介したのは立花だったんだ。

 八雲がどんな奴なのかはこの中では一番立花が熟知している。

 だからこそ何もしなくても勝つ自信があったってことか。

 あと科学以外何もできないは言い過ぎじゃない?


「だとしても、よく正解がわかったな。あの問題だと正解ぽい答えはいくらでもあっただろ」


「それは先輩がよく口癖で、感情こそが人間を人間たらしめるって言ってるからです」


 そんなことを口癖で言っているならどうしてあんな問題を出したんだ! と思いながら八雲に視線を向けると八雲はすぐに目をそらした。

 本当に科学以外何もできないのかよ。



「歩乃架ちゃんは八雲君のことよくわかってるんだね」


「え!? いや、別にそんなにはわかっているわけじゃ……ないです。何かと接する機会が多くてたまたま知ってたってだけです」


 立花は焦りながら言い訳をしているが、一瞬顔を少し赤らめたのが見えた時点でその言い訳には何の説得力もない。


「そうなんだ。それもそうだよね。相手のことをよくわかっているなんてことは親友とか恋人とかそういう時だけだもんね」


 こいつは立花の気持ちに気づいてないのかよ!

 だからってそんなオーバーキルするような発言をよく言えるな!

 見ろ!

 若干、立花の顔がひきつっているじゃないか!

 どうすんだよ!


 そう思って姫石に目配せをすると、姫石のきょとんとした顔が返ってきた。

 きょとん? じゃねぇよ!


 八雲といい姫石といい、なぜ俺の意思がこうも上手く伝わらないのだろう。

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