Layer28.0 物知り

 目覚ましのアラーム代わりに変態と罵られた俺は少しの間唖然としていた。


「おい! 変態ってどういうことだよ! ッ! 切れてるし……」


 叫んだ時には姫石からの電話は切れていた。

 弁明の余地もなしかよ。

 理不尽だ……

 俺はどこかの探偵の助手ではないんだぞ。

 せめて昼寝をしている時にして欲しがった。


 二度寝をする気分でもないし、朝飯でも食うか。

 ……いや、違うだろ!

 このまま姫石に変態扱いされたままでたまるか!

 とにかく姫石に電話して俺が変態ではないということをわからせなければ!

 俺はすぐさま姫石に電話をした。


「……もしもし、姫石! さっきの発言はなんだ! というか、なんで電話を勝手に切ったんだ!」


 案外すぐに電話に出た姫石へ俺は畳み掛けるように質問をした。


「だって、だってしょうがないじゃん! なんか頭の中ごちゃごちゃになってわけわかんなくなっちゃったんだもん。だからつい勢いで切っちゃったの」


 幼い子供が駄々をこねているかのような反応が姫石から返ってきた。


「わかった、わかった。電話を切った理由はわかったから、変態の方を教えてくれ。今まで生きてきてはじめてだよ。変態なんて罵られて起こされたのは」


 今までというかこれからの人生でももうないと思うけど。


「それは……玉宮が、玉宮の体のその……ぼっ……たってたから!」


 姫石のその言葉で俺はだいたいのことを把握した。

 ようするに姫石が起きた時に俺の体のアレが朝立ちしていることに気付いたのだろう。

 それでびっくりして俺に電話をかけてきたというわけか。

 男子にとってはありふれた現象なのかもしれないが、女子にとっては重大事件なのかもしれない。

 というか、「ぼっ」まで言ったなら普通にそのまま言えよ。

 逆に嫌らしく感じるだろう。

 今時は保健の教科書とかに普通に載っているぞ。


「だからって何もこんな朝っぱらから変態なんて俺に言う必要はないだろ!」


「だからよ! こんな朝っぱらからあんた何考えてんのよ!」


「あのな~それはただの生理現象だから。たかが生理現象で変態呼ばわりされる筋合いはない」


「生理現象だとしても玉宮がその……エッチなこと考えたりしないかぎりこういうことにはならないはずでしょ」


 たしかに姫石が言っていることも間違いではないし、性的刺激によって勃起するというイメージが強いのも事実だ。

 だが、何事も必ず例外というものがある。

 それは人間の体のメカニズムだって同じことだ。


「全部が全部そういう理由からなるわけじゃないんだよ。その理論からだと姫石がエッチなこと考えていることになるんだぞ。それでもいいのか?」


「何であたしがエッチなこと考えていることになるわけ? これは玉宮の体なんだよ。しかも、あたしがそんなこと考えるわけないでしょ」


「本当にそうか? 俺達は今、入れ替わっているんだぞ。体はたしかに俺の体だけど、考えることとか想像することは中身である姫石がしているんだぞ」


「え!? いや、でもあたしそんなこと考えてないから! ……もしかして昨日のお風呂の……けどそれが朝まで続くわけないし……」


「おい、もしかして本当にそういうこと考えてたのか? それに昨日のお風呂が何だって? まさか俺の体に変なことしたわけじゃないよな?」


 そういえば性欲とかは入れ替わったことによって変化はあるのだろうか?

 今度、八雲に聞いてみるか。


「すっするわけないでしょ! とにかく違うからね! 変なこと考えたりなんかしてないから! あ、でもそっか。じゃあ、これは玉宮が変態だからとかそういうわけじゃないのね?」


「あたり前だ」


 本当にこいつは俺のことを何だと思っているのだろう。


「でも、変なこと考えていなくてもあんな風になることってあるんだ。全然知らなかった」


「どちらかというと、そういうイメージの方が強いからな。姫石が知らなくてもしょうがないだろう。一応、女子なんだし」


「は?」


 脊髄が一瞬で氷漬けにされるような冷たさで姫石は言った。


「……言い方が悪かった。ちゃんと女子だ」


「わかればよろしい。でも何でこんな朝からあんな風になったの?」


「あ~それはだな。たしかアレが正常に働くようにするための試運転というかメンテナンス期間みたいなものだな」


「メンテナンスって。それ本当?」


「もちろん本当だ。俺達男子はこのことをよく朝立ちと言っている」


「なんかそれ聞いたことあるかも。たまに、男子が朝立ちがどうっとかって教室で話してた気がする」


 おい!

 教室でそんな話するなよ男ども!

 しかも他の人にも聞こえるような声で話すなよ!

 そんなんだから男子は精神年齢の高い女子に冷めた目で見られるんだぞ!


「それって謝った方が良いか?」


「え、何で?」


「あ~いや何でもない」


 実を言うと俺は姫石のこういうところを気に入っている。

 多少の下ネタや下品なこととかはサバサバと流してくれる。

 ついさっき「一応、女子なんだし」という失言をしてしまったが、これはけっこう良い意味で言った面もある。

 本来、女子に対してだったら気にしなければならないところを姫石だと一切気にしなくていいのだ。

 これは決して姫石が無理をしているとかそういうことではなくて、本当に気にしなくていいのだ。

 姫石と気兼ねなく自然体で接することができるのは、こういうところがあるのも理由の一つなのかもしれない。


「それでその朝立ちだが正式名称は夜間勃起現象というらしい」


「正式名称が夜間なのに俗称に朝を使ってるなんて変な感じだね」


「言われてみれば、たしかに。けど別に朝でも間違ってはいないんだよ。この夜間勃起現象はレム睡眠のたびに勃起するという現象なんだ。これは健常な男なら誰にでもある生理現象で、最後のレム睡眠のタイミングで朝になって目覚めた時に勃起していると、その状態が朝立ちってことになるらしい」


「へ~。それで朝立ちね」


 姫石が納得したように言った。


「それじゃあ、なぜ夜間勃起現象が起きるのかというと勃起する時に使われる様々な筋肉や海綿体などの組織が関係しているんだ。筋肉は使わないと萎縮していき柔軟性を失うから、それを防ぐために寝ているあいだ自動的に勃起を繰り返してメンテナンスを行っているって感じだ」


「なるほどねー。ねぇ、玉宮一つ言っていい?」


 抑揚のない声で姫石が俺に聞いてきた。

 あれ?

 もしかして俺引かれてる?


「な、なんだ?」


「なんでこんなに詳しいの? ぶちゃっけ詳しすぎてちょっと気持ち悪い」


 あ、もしかしなかったわ。


「たまたま知ってただけだから! 他にも雑学とか結構知ってるから。気持ち悪いじゃなくて物知りって言ってくれないか?」


「……」


「あの、姫石聞いてる? 気持ち悪いじゃなくて物知りな。……うん?」


 あまりにも姫石の反応がないので、俺は耳にあてていたスマホを離して画面を確認した。


「電話切れてるし……」


 だから勝手に電話を切るなって言っただろ!

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