Layer13.0 本題

 本題に入ろう。

 そう八雲は言った。

 その言葉が俺達が置かれている嘘みたいな現実へと引き戻した。

 朝起きた時、姫石と一緒に学校に来た時、将来のなんの役にも立たなそうな授業を受け終わった時、それまでは世界のことわりなんてこれぽっちも疑ったことなんてなかった。

 それがたった数時間前に起きた出来事のせいで一気にひっくり返った。

 入れ替わりという妄想の産物のような出来事によって……


「まずここ数日何か変わったことはなかったか?」


 そんな質問から八雲は話を切り出した。


「そんなところから聞くの!?」


 姫石は入れ替わった時のこととか、せいぜい今日の朝からのことだけを質問されると思っていたらしく驚いた反応を見せた。


「あぁ、そうだ。今日入れ替わりが起きたからといって今日だけのことが入れ替わりの原因になっているとは限らない。昨日のことかもしれないし、一週間前のことかもしれないし、はたまた一か月前あるいはもっと前のことが原因になっているかもしれない。これでもかなり範囲を絞ったつもりなんだがな。とは言っても人間の脳みそは普段の日常のことなんかは記録はしていても記憶として引き出すことは中々できない。だが、情報はできるだけ欲しい。どんな些細なことでもいいから記憶しているだけの情報は教えてくれ」


「うん、わかった。頑張ってみる」


 姫石は自分の記憶を掘り起こすために頭をひねった。


「玉宮香六もよろしく頼む」


「わかってる。なんとか有益になりそうな情報がないか探ってみる」


 そうはいってもここ最近の記憶というか今日より前のことが、なぜか白い靄がかかったみたいに上手く思い出せない。

 きっと俺の脳みそがオーバーヒートを起こして正常に機能していないんだろう。

 入れ替わりなんていう頭の理解が追い付かないようなことを理解しようとしているんだ、そうなって当たり前か。


「う~ん~最近変わったことといえば2年生になったことや美化委員に入ったことや歩乃架ちゃんと仲良くなったことぐらいかな。ごめん、今思い出せるのはこれぐらいしかないや」


 姫石は申し訳なそうに言った。


「悪い俺も姫石と似たようなもんだ。最近変わったことを強いて言うなら体調を少し崩したことぐらいしか正直思い出せない」


「そうか。これはあくまで参考までに聞いただけだからあまり気にしないでくれ。ダメもとで聞いてみただけだ。こんな質問私だってすぐには答えられない。あわよくば有力な情報を得られたらと思ったんだが……そう簡単には上手くはいかないか。では、入れ替わった時のことについて教えてくれ」


 八雲はこの質問が最も重要な質問であると暗に伝えてくるように聞いてきた。


「そうだな。たしか俺が職員室に呼ばれた後に姫石と会ってそれで一緒に帰ることになったんだ。帰る途中に姫石が俺の自己しょ……プリントを見たいって言うからプリントを取られ……渡して姫石はそれを読みながら歩いてたんだ」


「そうそう、玉宮のを読みながら歩いてたんだよね。いや〜やっぱり歩き自己紹介カードはよくないね〜」


「言うなら歩きスマホな!なんだよ歩き自己紹介カードって。あとなんか変に強調するのやめろ」


「え?何が?あたしどこかそんなに強調してた?え〜どこどこ?どの言葉を強調してたの?」


 なんだろう、ウザさ通り越して殺意湧いてきたんだが……

 いや、今は抑えろ俺。

 入れ替わったままったら俺は一生姫石の体で生きていくことになってしまう。

 るなら元に戻ってからだ。

 幸いにも八雲と立花にはよくわかっていない様子だ。


「姫石はほっといて話を先に進めるぞ」


「うわ〜そうやって誤魔化すんだ。へ〜玉宮っそんなことするんだ〜」


「ならお前はこのまま元に戻らなくてもいいんだな?」


「そんなのダメに決まってるじゃん!」


「なら話を先に進めるぞ」


「わかったわよ。あとで歩乃架ちゃんに話せばいいし」


 そこまでして俺をイジりたいのかよ。

 あとで姫石が立花に言うより前にどうにかして口を塞がなければ。


「俺の後を歩き読みしながら姫石がついてくるという形で、俺達は下駄箱に向かっていた。そんな感じで歩いてたら階段に差し掛かって、中間ぐらいまでは普通に降りたんだ。ただそのすぐ後ぐらいに、まず俺が転びはしなかったがつまづいてな。ほら階段とかによくあるえんじ色のゴムみたいな滑り止めな感じのやつがなんか外れかけててさ、ビロンビロンになってたわけ。それが足に引っかかってつまずいたんだ。ま、そのことに気づいて姫石に伝えかけたら、時すでに遅しって感じだったわけだ」


「あ、あたしが階段から落ちる直前に玉宮が何か言ってたのは聞こえたけど、そのこと言ってたんだ。ありがとね」


 ?

 こいつ最後の方なんて言った?

 俺に感謝したのか?


「どうしたの? フリーズしたみたいになってるけど」


「お前が素直に感謝の気持ちを言うなんて気持ちが悪いなと思っイッテ!」


 姫石が思い切り俺の耳を引っ張った。

 おいおい、これ耳がちぎれるんじゃないのか!


「素直でごめんね〜玉宮はこっちの方が好きなんだよね。本当はドMなんだもんね。ってかそもそも玉宮が階段の滑り止めのこと言ってくれた時にはもうアウトだったわけでしょ。じゃあ、感謝する必要もなかったわけでしょ。だからさっきのあたしの感謝返して!」


「感謝返してってなんだよ! 流行ってんのか? その言い回し」


「するなら注意とかじやなくて、あたしを受け止めてよ!」


「そんなことできる訳ないだろ! ドラマやアニメの見過ぎだ」


 こいつはとんでもないことを要求してくるな!

 人間がどれだけ重いのか知らんのか!

 それが重力と相まって襲いかかってくるんだぞ!

 受け止められるわけないだろ!


「おい、痴話喧嘩してないで早く話を先に進めてくれ」


 八雲が冷めた目で言ってきた。


「痴話喧嘩じゃねぇ!」

「痴話喧嘩じゃないし!」


 ……

 この後に立花が何て言うかなんて容易に想像できた。


「こんなに息ぴったりなのに痴話喧嘩じゃないんですか?」


 立花が可笑しそうに聞いてきた。


 どうしてこうなるんだよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る