Layer12.0 言い訳

「そういえば立花はどうして八雲と知り合いなんだ?」


 俺は唐突に話を変えた。

 意図が伝わらないのなら強引にでも話を変えるしかない。


「八雲はいつも放課後にしか学校に来ないらしいし、しかも立花は一年生だ。同級生ならまだしも先輩後輩の関係なら接点もあまりないだろ。姫石みたいに部活の先輩なら話は違うが、そうでもないのに立花はどうやって八雲と知り合ったんだ?」


「あぁ~たしかに言われてみればそうだよね。同学年のあたしだって初めて会ったぐらいなのにどうして歩乃架ちゃんは八雲君と仲良くなったの?」


 よし、姫石が乗ってきた。

 これでさっきの頭が痛くなる状況から脱却できた。


「私が先輩と出会えたのは美化委員だったからなんです。ちょうど放課後の教室チェックの担当がこの化学室がある北校舎一階のエリアなんです。それで先輩とよく会うようになったんです」


「そういえば、そうだったな」


 八雲が思い出したかのように言った。


「初めて会った時は私が先輩なのにも関わらず、あれこれと注意をしてきたな」


 高校になって初めての委員会で仕事をする担当場所が私物化されまくった化学室だとしたらあれこれ言いたくなるのも仕方ないだろう。

 まぁ、俺だったら絶句して委員会をやめるな。


「本当ですよ! 最初はこんなにキレイな化学室じゃありませんでしたから。そこらじゅうに実験器具は転がっているし、山のようになったプリントが雪崩れを起こしていたりとひどい有り様でしたよ」


 おい、私物化以前の話じゃねぇか。


「たしかに以前よりも物を探すことがなくなったな。こうやって片付けてくれることには感謝してるんだぞ立花後輩。だがそのぶん話を聞かされたり、コーヒーを淹れさせられたりしているからな。貸し借りは無しだな」


「話を聞かされるなんて悪い言い方しないでくださいよ。私は先輩の話相手になってあげてるだけじゃないですか。まともに授業に出ないから友達だっていないんじゃないですか?」


「あんな受けても意味のない授業に出るバカがどこにいる。それに実験やら研究で忙しいというのに友達など作っている暇があるわけないだろう。だから私に話相手など必要ない。そもそも実験中だというのに話しかけてくることを話相手になる、と立花後輩は言うのか?」


「そ、それは……」


 立花が口ごもり、頬を膨らませた。

 頬を膨らませるために息を吸い込んだせいか、立花の胸がよりいっそう大きくなった気がした。

 幼いようで局所的にまったく幼くない。


「ッ!」


 姫石が思い切り俺の足を踏んできた。


「痛って~何すんだよ!」


「別になんでもないけど」


 姫石がしっれと答えた。


「なら何でまた俺の足を踏みつけようと足を上げているんだ?」


「踏みつけようなんてしてないわよ。ただ足を少し上げているだけだけど」


 その割にはやけに目が据わっているんですけど。

 このままじゃ確実にもう一度踏まれるな。

 どうにか姫石を落ち着かせなければ。


「あぁ~まぁ~、あれだ。人それぞれ成長するスピードは違うし差だって出る。けどそういう差が出るからこそ個性が生まれるんだと思うぞ。姫石のその後ろ前どっちかわからないようなスタイルも立派な個性だと思ゔッ……!」


 俺の足に二度目の激痛が走った。

 言い訳をしようとして完全に墓穴を掘った。


 俺はつくづく思っていた。

 なぜラブコメの主人公はこういう展開になった時にわざわざ状況を悪化させるような言い訳をするのか?

 ヒロインにお仕置きをして欲しいのか?

 ドMなのか?


 だが、自分自身が体験してようやくわかった。

 ちゃんとした言い訳がこれっぽちも思い浮かばない!

 それどころか心の中で思っていた本音が言い訳と共に漏れてしまっている!


「さっきから変な声を出してどうしたんだ?」


 八雲が訝しげな顔で聞いてきた。


「……いや、大丈夫だ。何でもない」


「本当に大丈夫なんですか? ちょっと声かすれてましたけど。姫石先輩とも何か話していたみたいですし何かあったんですか?」


「大丈夫、何かあったわけとかじゃないから。人間は突発的なことに対して上手く言い訳ができないどころか墓穴を掘ってしまうよなって話をしてただけだから」


「そうなんですか」


 立花がよくわからないといった顔をしながら言った。

 姫石がチラリと蔑んだ目で俺を見てきていたが気付かないフリをした。

 気付いたらなんか終わりな気がしたからだ。


「あ、先輩コーヒーごちそうさまでした。おいしかったです」


「いつの間に飲み終わっていたのか。相変わらず立花後輩は飲むのが早いな」


 立花が空いたビーカーを八雲に渡した。


「えへへへ。だっておいしくてつい飲んじゃうんですもん」


「そうか。ただのインスタントコーヒーだが立花後輩がおいしいと思うならそれでいいか」


「ふと思ったんだけど、八雲君ってどうして歩乃架ちゃんのこと立花後輩なんて変な呼び方しているの?」


 それはたしかに俺も思っていた。

 後輩が苗字に先輩をつけて呼んでいるのはよく聞くが、先輩が苗字に後輩をつけて呼んでいるのは聞いたことがないからな。

 先輩だと後輩のことをけっこう呼び捨てで呼んでいるしな。


「逆に聞くが立花後輩という呼び方は変なのか?」


「え? 変っていうかあんまりそういう風には呼ばない気がするんだけど」


「そうか? 立花後輩は姫石華のこと何て読んでいる?」


 同級生のことをフルネームで呼ぶ奴も中々いないけどな。


「姫石先輩って呼んでますけど、それがどうかしたんですか?」


「そう、先輩である姫石華のことを姫石と呼んでいる。なら後輩である立花のことを立花と呼んだって何もおかしくはないんじゃないか? 」


 そう言われるとおかしくないように聞こえるな。


「言われてみれば、たしかにおかしくないかも」


「私も今まであまり気にしていなかったですけど、こう改めて言われるとそうですね」


「玉宮はどう思う? おかしくないと思う?」


「そうだな。筋は通っているような感じもするし、おかしくないんじゃないか」


「そうか、なら良かった」


 八雲は少し満足そうに頷いた。

 正直に言うとおかしいとは思っているがあえて言わないでおいた。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そんなこんなで話をしているとちょうどコーヒーを飲み終わった。


「八雲、ごちそうさま」


「あ、あたしもごちそうさま。おいしかったよ」


 俺と姫石はそれぞれ空になった三角フラスコとビーカーを八雲に渡した。

 俺達から三角フラスコとビーカーを受け取ると八雲はコーヒーを淹れる時に使ったガスバナーやビーカーを片付けた。


 そして一息ついて八雲は


「では、そろそろ本題に入ろうか」


 と改まった顔で言った。

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