第三章の1

 翌朝から男性陣は忙しく働いた。先ずは涼と佳奈の小屋造りの始まり、古木切断と運搬をどうするかを打ち合わせる。小屋は骨組みを作り。茅を葺くのは女性陣に任せた。男たちは古木を先ずは1メートルほどの長さで切断し、それから木の皮を鉈で向く作業をした。そして、転がしながら小屋に運ぶことにした。倒してしまうと起こすのが重労働なので、慎重にゆっくりと作業を進めていった。小屋の場所まで到着すると、切り株を縦に真っ二つに切り、天井部分を残して中をくりぬいていき、また二つを合体させる。これで、巣穴のような祠の完成だ。亜美の小屋の隣に配置し、藁を敷き詰めると、狐たちはにおいを嗅ぎながら祠の中に入って行った。


 これで、古木との約束は果たされた。残りの木材は板を作り、緊急避難小屋の補修に使用した。台風の時よりも見栄えも良くなり、出来栄えも申し分なくなった。やはり二人より三人だ。男手が一人増えるだけで、作業がこんなにもはかどるとは。和樹も剛も涼に感謝した。


 そして、数日が過ぎたある日のこと。下流に魚釣りをしに行った女性たちが、一人の男の子を連れて帰ってきた。


「どうしたんだ」

「うん。一人で河原を泣きながら歩いていたの。」

「でも、ここには入ってこれないように精霊たちに言ってあるはずじゃ・・・?」

「おそらく、純真無垢な子供には効果がないんだと思う。精霊たちもこの子は守らなければならないって思ったんじゃないかしら」

「そうか、そうかもしれないな。ぼうず、名前はなんていうんだい?」

「祐希」

「祐希君。おなかはすいてないか?」

「少し」

「じゃぁ、待ってろよ。今、芋を茹でてやるからな」

「うん」


 芋を食べると少し元気が出てきたようだ。


「さて、これからどうするかだな。捜索が始まれば、最低一週間はこの山一帯を見回るだろう。」


 涼がそう言うと、剛がなにか閃いたのか大きな声で「そうだ」と叫んだ。


「だったら、その一週間、祐希くんとここで思いっきり楽しく過ごそうよ。祐希君、ここはお兄ちゃんたちの秘密基地なんだ。ここなはさぁ、楽しいことが一杯あるんだよ。良かったら祐希君も体験していかないか?」


 突然の提案に、祐希だけではなく全員がポカンと口を開けている。「ただぁ、祐希君にお願いがあるんだ。一週間経って、家族のもとに帰っても、ここの秘密基地のことは内緒にしておいてほしいんだ。もし、この約束を守ってくれたなら、祐希君はいつでもここに来ても良いようにするって約束しよう。ただし、祐希君が中学を卒業してからの話だけどね。」


「そっかぁ。なるほど。祐希君。約束できるなら、お兄ちゃんたちが、この一週間で凄いことを教えてあげるよ。大地の声を聞いたり、森の精霊たちと話ができるようになりたくないかい。」


 祐希はビックリしたような顔をした。しかし、その目は好奇心の塊となって、キラキラと輝き始めた。


 そして、祐希は大きく頷いた。


「じやぁ、先ず手始めに、みんなで丸く円になって座ろう。ここじゃあ狭いから外でやろうか」


 和樹の指示で全員外に出ると円になって座った。


「ここからは美里先生の出番だな。」


 和樹がニコヤカに美里に促すと「私は先生なんかじゃないですよ」と返事を返したが、彼女は満更でもないようだ。


「じゃあ、始めるね。みんな隣の人と手を繋いで。そしたら軽く目を瞑ってください。これから精霊に緩やかな風で自分の頬を撫でてくださいとお願いしましょう。難くならずにリラックスしてね。」


 美里がそう言うと、みんなそれに従って瞑想をし始めた。そして、一分も経たない内に祐希が大きな声を発した。


「何かが僕の頬を撫でて行った」


「あら、早いわね。ここのお兄さんやお姉さんは、感じるのに一ヶ月近くかかったのに」


 みんな目を開けて、頭を掻きながら微笑んでいる。祐希は何やら楽しくなってきたらしく、次から次へと美里に教えを請うていた。まさかこんなにも才能豊かな子が現れるとは、全員が目を丸くして、祐希の成長を見守った。


 そして、一週間はあっという間に過ぎ、祐希を親元に帰す時が来た。里の結界のギリギリの所まで全員で見送り、別れを告げたが、祐希も美里も、そして全員が別れを惜しんでいた。


「祐希、何か悩みがあるときは、僕らのことを頭に浮かべて、思いを送るんだよ。必ず答えを返すからね。」


「うん。それから秘密基地のことは誰にも内緒だよね。」


「あぁ、そうだ。男と男の約束だ。」そう言って剛が祐希の頭を撫でた。そして、祐希はニッコリと笑って結界の外に出ていった。


 里に残った仲間たちの中に、しばらく沈黙が広がった。祐希の出発後、彼が秘密基地の存在を知っていることが、彼の親や他の村人に伝わるのではないかと心配な雰囲気が漂っていたのだ。


「でも、祐希くんはきっと守ってくれると信じているよね。」


 亜美がそう言うと、他の仲間も頷いた。


「そうだね。彼は信頼できる子だし、秘密を守ってくれると思うよ。」


「でも、この秘密基地の存在は今後も気をつけないといけないね。もしかしたら他にも祐希みたいに村人が迷子になったりするかもしれないし。」


 涼の言葉に、和樹は考え込んでいました。


「それにしても、祐希くんの能力は驚異的だったな。まだ子供なのに、あんなに早く感じることができるなんて。」


「そうだね。美里さんの教えがあったからかな。」


 美里は控えめに微笑んだた。


「でも、私が教えることよりも、祐希くん自体が自然の力に敏感だったんじゃないかしら。」


 こうして、祐希が去った後も仲間たちは穏やかな時間を過ごした。新しく得た知識や技術を共有し、共に成長していく様子は、まるで自然と調和した彼らの生活そのものだった。


 数か月が経ち、季節は変っていった。秘密基地の存在は守られ、祐希からの連絡もないまま、里は平和な日々を楽しんでいた。


 ある日、美里が不思議そうな表情で座っていると、和樹が声をかけてきた。


「美里さん、どうしたんですか?」


「ふふ、なんでもないわ。ただ、最近夢で祐希くんと話しているの。」


「夢で?」


「はい。彼は元気そうで、村で友達を作って幸せなんだって。」


 和樹は微笑みながら「それは安心ですね。」と言った。


 美里も微笑みながら頷いた。その瞬間、どこからか風が吹いてきて、まるで祐希の笑顔がそよ風となって里を包み込んでいるようだった。










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