第二章の3

 佳奈は町に向かって車を走らせながらも、悶々としていた。何故なら自分の心の中を見透かされてしまったからだ。確かに動画制作で生活に困らないだけの収入は得られている。しかし、もし自分より若くて綺麗な女の子が自分と同じ土俵に上がってきたら、果たして勝ち続けていけるだろうか?いつか、じり貧になって収入が目減りしていくのではないだろうか?人気商売なだけに、その不安は常に彼女には付きまとっていた。


 そんな自分の思いを和樹は、こちらが何も言わないのに言い当ててしまったのだ。ある意味神秘的なことだけに、佳奈の心は和樹の言葉に完全に囚われてしまったのだ。

 彼女は町で鋸を二挺購入した。


「涼君、君は此処で私と別れて仕事場に戻ってもいいのよ。」

「待ってくれ。俺は佳奈と仕事をするためにこの業界にいるんだ。佳奈がもし、あの地を選ぶと言うなら、俺も一緒に行くよ。」


 二人は和樹たちが待つ場所へと車を走らせた。車が到着すると四人は笑顔で彼らを迎えてくれた。そして、この場所についての話を二人に話し始めた。


 和樹がここに導かれてきたこと、剛も亜美も同じように導かれてきたこと。そして、この地での暮らし。お金や名声に囚われず、自然と調和し楽しく暮らすことの意義。

 台風と古木と狐たちの話。尽きないほどに色んなエピソードを話し続ける彼らに二人は完全に魅了されてしまった。


「私、家も財産も売り払って戻ってきます。良いですか?」

「俺も、財産は無いけど、仕事にきっぱりとケリをつけて戻ってきます。ここの生活の方が断然面白そうだ。」


 そう言って彼らは帰っていった。


「危険な賭けだったわね」


 彼らと別れた後の美里の言葉だ。


「確かに、危険な賭けだったけど、僕には確信があったんだ。彼女たちがなかまになるって。でなければ山が教えてはくれないよ。」

「そっかぁ、そうよね。」


 美里はなんだか嬉しそうにしている。それは、和樹たちが一歩一歩、山の守り人として成長していることへの喜びなのかもしれない。


 二週間ほどして佳奈と涼が帰ってきた。


「ただいまーっ。帰ってきたよ~」


 佳奈はハイテンションでみんなに挨拶していたが、涼は少し落ち込んでいた。


「涼さん、どうしました?」

「はい。仕事を辞めたいと上司に話したら、上司が豹変しまして。今まで雇ってやった恩を仇で返すのかって・・・」

「それは大変でしたね。所詮お金に縛られた現代社会では、支配者と被支配者という関係しかありませんからね。本来人間は誰の支配も受けず、思い思いにお互いを助け合い、協力して生きていくべきなんです。しかし、お金という猛毒に支配されてしまった現代人は、いつの間にか平等と言いながら人をお金で支配しようとしている。でも安心してください。ここはお互いの上下関係なんてありません。みんなが助け合い協力しあって、営みをしていくんです。」

「わかりました。」


 涼の表情もようやく元に戻ったようだ。夜にはみんなで火を囲んで食事をし、久しぶりに夜が更けるまで語り合った。そしてなごんでいる時、美里が真顔でみんなに話し始めた。


「みんなに聞いてほしいんです。和樹さんだけにはもう話してあるんですが・・・。」


 美里は自分がこの山で遭難して亡くなった女性の体を借りている山の分身であることを打ち明けた。いずれ話さなければならないことなら、今新しい仲間が集ったときに話すべきと感じたらしい。だからといって、みんなの反応はといえば、山の分身ということは自分たちは山に常に守られているんだという安心感が帰ってくるだけだった。


「美里さん。話してくれてありがとう。僕たちは、もうこの山と切っても切れない関係なんだ。だから、分身である美里さんがいる限り、僕らもこの山と自然を大切にするよ」


 和樹の言葉に全員が大きく頷いた。


 とりあえず、新しいメンバーの小屋は翌日から作ることとして、和樹と剛は緊急避難小屋で一泊し、佳奈と涼に小屋を貸し与えた。空には綺麗な満月が六人を照らしている。


「さあ、夜も遅くなってきたようだし、寝るとするか。」


 剛がそう言うと、みんな夫々の小屋に入って行った。

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