第二章の2

 台風は思ったほど被害を及ぼさなかった。やはり、美里の訴えを精霊たちが聞き入れたのだろう。雨が止み、風が治まるのを待って、彼らは避難小屋の外に出た。そこには美しい夕焼雲が空に浮かんでおり、より幻想的な世界が広がっていた。


 さて、彼らは巨木の所に足を運んだ。狐たちが道案内をしてくれるので、道に迷うことはない。巨木の所に着くと、和樹も剛も唖然として立ち尽くしてしまった。何故なら巨木は無残なほどになぎ倒されていたからだ。


 狐たちは巨木の所に歩み寄り、寂しげに「こーん、こーん」と鳴いている。そんな狐たちの近くにしゃがみ込むと、和樹は彼らの頭を撫でて「約束だ。爺の体を使って必ず綺麗な祠を作ってやるからね。」と言った。


 それからというもの、和樹と剛は木をどのようにして運ぶか、どのような形の祠を作るか、毎日相談し、頭を悩ませていた。直径2メートルは有ろうかという大木をどのようにして運ぶか、どうしたって切断するには鋸が必要だろう。


 しかし、彼らは鋸をもっていない。さて、大きな問題だ。下界に下りて購入するにも、持ち合わせのお金はほとんどない。二人は行き詰まり、頭を抱えてしまった。


「まだ時間はあるわ。みんなでゆっくり考えましょう。」

「そうだね。焦ってもしかたがない。何かとにかく考えよう」


 みんなが頭を悩ませている中、一台の四駆車がこの川原を目指して走っていた。


「今回の動画は面白いものになると思うの。」

「そんなこと言って佳奈ちゃんどこに行くつもりなの?」

「それはね、人がほとんど踏み入れたことのないような所。」

「まさか、禁足地じゃないだろうね。」

「違うわ。ちゃんと調べてあるから大丈夫よ。でも、道に迷うかも知れないから気を付けないとね。」


 そう、車の主は和樹がこの地に来るきっかけとなった動画の主の佳奈だったのだ。撮影スタッフの涼と二人でこの山にやってきた。二人はどのような撮影をするかの打ち合わせをしながら、車を走らせていた。


「この辺から林道に入って行くと、大きな古木が見えてくるのそこが目印よ」


 しかし、車をいくら走らせても大きな古木は見つからない、それどころか道はどんどん細く険しくなりこれ以上行けばUターンすらできないのではないかと思われてきた。


「おかしいわね。しょうがないUターンするから後ろで誘導してくれる?」

「ああ、わかったよ。」


 涼は「しょうがねーなぁ」と呟きながら車の外に出た。そこにはかろうじて車が一台ターンできるだけのスペースがあった。


「佳奈。一旦車を前進で右にハンドルを目いっぱいきって。はいストップ。そしたら次は左目いっぱいでバック。ゆっくりな。ストップ。・・・。」


 何とか涼の誘導でターンすることができ、車は帰り道を走り始めた。しかし、途中で暗くなってしまったので、街まで下りることを断念し、車中泊することとなった。


「知ってる?この山では何年か前に若い女性がハイキング途中で道に迷って遭難し、結局死体は発見されなかったんだって。」

「神隠しか?」

「うーん、わからない。でもそれからこの山に入る人はいなくなったそうよ。」

「まさか、その心霊写真を撮る為に、ここに来たのか?」

「いや、そうじゃなくて。もしかしたら何かを感じるかもって思ったのよね。」

「そういえば、佳奈は霊感体質だって言ってたもんな。」


 そんな話をしながら、二人は眠りについた。翌朝目が覚めると、そこには四人の若い男女がいた。


「えっ、どういうこと?」

「この山は人が入らないんじゃなかったのか?」


 涼は完全に怯え切っている。佳奈も何が何だか解らずに、混乱しているようだ。


「ようこそ神聖なるこの地へ。僕の名は和樹。そして、彼は剛。こちらが亜美さんで、こちらが美里さん。よろしくね。」


 和樹はにこやかに挨拶をした。しかし二人は狐につままれたような顔で四人を見ている。未だ恐怖感が取り去れないようだ。そこで和樹たちは二人を古木の所に案内した。


「あなた方が撮影したかった場所は此処ですよね。」

「なんで、撮影に来たってわかるんですか?」

「だって、あなたはネット界隈では有名なサバイバリストじゃないですか。佳奈さん。」

「でも、どうして私たちがここにいるのがわかったんですか?」

「それはね。木々や小鳥たちが教えてくれたんです。」


 和樹の答えに、佳奈は何となく納得ができるような気がした。何故ならこの土地には何か神聖な雰囲気が漂っている。そんな感覚を覚えたからだ。


「で、私たちに何がしたいんですか?」

「そうですね。鋸を買ってきてほしいんです。ただし我々のことは他言無用です。そして、この地を動画に収めることも厳禁です。」

「鋸?」


 和樹は先日の台風で古木がなぎ倒されてしまったこと、古木を住処としていた狐を保護したこと。古木を使って狐の住処となる祠を作ると約束したことを彼女に話した。


「わかりました。買ってきましょう。でも、私たちにこんなことを話しても良いのですか?」

「はい。あなたはいずれ私たちの仲間になる方です。動画作成であなたは身を立てて、成功していますが、果たしてこのままでよいのかと迷っていますよね。その答えがこの地には有るんです。だから、間違いなくあなたは約束を守り、ここに戻ってきます。」


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