第二章の1

 和樹たちは朝夕に美里の小屋に集まり、瞑想をするのが日課になった。自然と一体になり、自然の声を聴く。川の音、山の音、風のささやき、鳥のさえずり。全てが声として彼らの心に入ってくる。


 彼らは今までにない楽しさと喜びを感じ取っていた。そして、いつしかお互いに言葉を発しなくても、意思が通じ合えるようになっていた。


 そんなある夜の事、和樹は老人の声で目が覚めた。その声は心の中に響いてくる。自分たちが養ってきた自然界の声だということに気づいた和樹は、質問をしてみることにした。


「どうなさいました」

「おお、気づいてくれたか。儂はこの森にすむ一番長寿の古木じゃ。実はお前たちに頼みがある。儂の寿命も間もなく尽きてしまうのじゃ。しかし、儂の根元には二匹の狐が住んでおって、こ奴らをどうしたものかと思っておるのじゃ。そこでお前たちに頼むのじゃが、こ奴らを保護してほしい。間もなく来る台風で儂はなぎ倒されてしまうじゃろう。そしたら儂の体を使って祠を作り住まわせてやってはくれまいか。」

「わかりました。みんなと力を合わせて必ず保護します。」

「ありがとう。よろしく頼むぞ。」


 そう言うと、声の主は去っていった。和樹が小屋の外に出ると、みんな小屋の外に出てきた。恐らく事の始終を聞いていたのだろう。和樹が声を発する前に、剛が話し始めた。


「で、その古木はどこにあるんだ」

「ここから距離にして5キロほど離れた所です」


 美里の言葉に剛は何やら考えている。


「狐を保護するのはいいが、古木を運んで祠を作るのは一仕事かもしれないな、でも先ずは狐の保護を急ぐとするか。とりあえず朝を待とう。」


 四人は小屋に戻り眠りについた。和樹はもう一つ、台風のことが心配だった。果たしてこの小屋が風で飛ばされないか?雨で川が増水したら自分たちの住処は大丈夫なのか?そのような心配が頭の中を過っていき中々眠りにつけなかった。


 翌朝、四人は森の中を古木に向かって歩き始めた。どこをどう歩いているのかは全く見当がつかないのだが、美里に付き従って歩いていくと、30分ほどで古木に辿り着くことができた。


 古木はこの地で一番の寿命を誇るだけあって、かなりの巨木だった。根元には大きな穴があり、のぞき込むと二匹の狐が畏まって座っていた。


「あなた方が私たちを保護してくださるのですね。爺から伺っております。」


 狐と会話を交わせる事で、美里以外の三人は感動を覚えたが、今はこの狐たちを保護することが優先だ。


「僕たちと一緒に来ていただけますか?」

「はい、爺の言いつけですから、ご一緒させていただきます。」

「わかりました。では、一緒に行きましょう」


 古木の元を去るとき、みんなの心の中に「元気でな。皆もありがとう。あとはよろしく頼んだぞ。」という声が響いた。


 川原に戻ると、早速狐たちの臨時の小屋を造り始めた。


「祠ができるまでの間、我慢してくださいね」亜美がそう言って狐の頭を撫でると、狐たちは気持ちよさそうに目を細め、亜美に纏わりついて眠り始めた。


「あら、狐さんたちは亜美さんがお気に入りのようね。」


 美里が微笑みながら亜美に言うと、亜美も満更ではないような表情で微笑んだ。


「さて、狐の保護は、これで良しとして、次は台風対策ですね。」

「そうだな。果たして、この小屋が台風にもつのか?補強が必要なのかを考えなくてはだよな。」


 和樹と剛が相談していると、美里が一つの提案を持ち掛けた。


「だったら、森の中の木を利用して、避難小屋を作ってはどうかしら。」

「なるほど、適当な感覚で、ほぼ四角い小屋が作れる木を探して、50センチくらいの高さで床を張るか。」

「いいですね。壁も風を通しずらい作りにしましょう。」

「そうだな。竹を横に使って組んでいけば、良いかもしれないな。」

「そうですね。金槌と釘は此処に来るときに用意しておいたので、早速掛かりましょうか。」


 和樹と剛は森の中の木の間隔が良いところを見つけ、作業を開始した。森の中には鉈で竹を伐採する音と釘を打つ音が響き渡った。そして、簡易的ではあるが四人が寝泊まりするには十分な広さの小屋が完成した。


「何とか間に合いましたね」

「そうだな。とりあえずは雨風が凌げそうだ」


 二、三日すると雲の様子がかなり変化し始めた。分厚い雲がかなりの速さで流されていく。


「いよいよだな。みんな避難小屋に引っ越すぞ。」


 剛の言葉にみんなは避難小屋に移動した。亜美は狐たちを連れて小屋の中に入ってきた。が、美里はなかなか移動してこない。心配して和樹が見に行くと、彼女は山に向かって何やら唱えていた。


「大いなる山の父よ、この神聖なる土地を守り給え。森の精霊たちよ未来ある青年たちを守り給え。我、この山の子として生まれたるもの、新たなる命たちを保護し全ての力を彼らを守る為に使う所存。そのための力を貸し与え給え。」


 言い終わって振り向くと美里はにっこりと笑い。「見てましたね。お察しの通り、私はこの山の分身なのです。この身は数年前にこの沢で命を落とした女性の物です。私はその体を借りて、この山を守ってきました。しかし、私一人では守り切れなくなったのです。だから、あなた方を呼び寄せ、手助けしてもらおうと思いました。でも、それを知った以上、あなたは私から離れていったとしても、それはあなたの自由意思です。私にそれを留める権限は有りません。」

 と言い、避難小屋の中へと入っていった。









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