第一章の3
「僕の名は和樹。あなたはどうして、ここにいるんですか?唐突にこんな質問をしてしまいすいません。」
彼女は、優しく微笑身を浮かべ、そして彼に答えた。
「私は美里。生まれてからずっとこの山で暮らしてきました。だから、この山のことは隅から隅まで知っています。そしてあなたが、この山に入ってから、私はあなたをずっと見てきました。実はあなたをこの山に誘ったのも私なんです。信じますか?」
思い出した。確か佳奈とかいうサバイバリストの動画を見ている時に、無性に何かに引き寄せられるような衝動にかられ、山籠もりすることを決意したんだった。
「思い出してくれましたね。あの時、私とあなたの波動が強く共鳴したので、私はこの人だと思い、あなたを呼び寄せたんです。」
「でも、呼び寄せてどうするというのですか? 現在僕は此処で一人暮らしをしています。文明とかお金に縛られず、自然と共に生きていくことの意義を感じるために。」
「はい、そのようなあなたと共に暮らしていきたいと思っています」
「それは、夫婦になるということですか?」
「それは分かりません。まだ何人かの人がここに向かっていますから。」
「何人かの人?」
「そうです。」
「その人たちは・・・?」
「あなたと同じ思考を持った人たちです。ただ、あなたのようにしっかりと、ここに落ち着くことができるのか、試験をしなければなりません。」
「試験ですか?」
「そうです。彼らからはこの場所を見ることはできなくしてありますが、私たちからは彼らを観察することができます。」
「それって、僕たちが異次元にいる、ということですか?」
「そのような理解で大きく間違いはありません。」
兎に角、信じるしかないのか。ということで、和樹と美里の共同生活が始まった。彼一人ならば体が汚れれば川で洗い流せば済むが、美里にそのような行為をさせるわけにはいかないので風呂を作ることにした。川の上流から竹製の樋で水を引き、木製の風呂桶に水を貯め、焚火で焼いた石を中にぶち込みお湯にする。風呂の周りにはしっかりと竹で策を作り外から見えないように配慮もした。ただそれだけの物だが、作り上げたときに彼女はすごく喜んでくれた。
その後、この川原には一人、二人と人が来るものの、長くは続かず、みんな挫折して帰っていった。しかし、そんな中で一人の男性と、一人の女性が帰らずに頑張っていた。男性は狩りがうまいらしく、罠を仕掛けて小動物を採り、食料としている。女性は魚を釣り、山菜やタケノコを食料としているようだ。
「あの二人は脈がありそうですね。」
「そうね。会ってみる価値があるかも。」
翌日、二人は彼らの前に姿を現すことにした。
「あの人たち実はお互いに見えてないの。もし、突然私たちと、お互いの存在を知ったら、どんな顔をするかしら。」
美里は楽しそうに微笑んでいる。もしかしたら、この人は悪戯っ子なのかもしれない。そんなことを思う和樹だったが、子供のような純真さがあるからこそ、この森の中で暮らしていくことが楽しいのかもしれないと思うと、和樹も一緒にはしゃぎたくなった。
翌日の朝、いよいよ姿を現す時だ。彼らが起きる前に、二人は起き準備を始める。とは言っても和樹は何かするわけでもなく、美里の行動を眺めているだけだ。彼女は山に向かい何かを唱え、そして森に向かっても何かを話している。話し終えると和樹に向かって「これで、全てが見えるようになったわ」と言った。
とその時二人が起き上がり、テントの中から出てきた。二人は大きく伸びをすると、ついの瞬間、固まってしまった。
「こ、これは・・・。一体どうなっているんだ?」
男性がそう叫ぶと、女性は「きゃぁ」といってテントの中に逃げ込み、そぉっとテントの入り口を小さく開き顔を出した。
「おはようございます。僕は和樹、そしてこの人は美里さんです。まぁ、硬くならずに、僕たちの話を聞いてもらえますか?」
和樹は、今まで自分が経験してきたことを順を追って話し始めた。二人は信じられないという表情で、彼の話に耳を傾けていたが、先ほどの現象を目の当たりにしているので、信じざるを得なかった。
「俺は剛。」「私は亜美。よろしくお願いします。」
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
「僕たちのすべきことは、自然と調和し社会が本当の意味で平穏な状態になるように美里さんの手伝いをする。これで良いんですよね。」
「う~ん。大きくは間違ってないかもしれないけど。先ずはこの山を守ってください。山の自然と調和することで、この山と一体になってください。そのためにはここを人目につかない隠れ里にします。それは私の役目。そして、皆さんは私と一緒に自然と調和する心を養っていただきます。それから・・・。」
「それから?」
「あとは自由です。自然の中で生きることを謳歌してください。私からはそれだけです」
「では、二人の小屋を造りましょうか。いつまでもテントというわけにはいきませんから。」
和樹がそう言うと、二人も「そうだね」といって行動を開始した。小屋の大きさはテントよりも少し大きいくらいで、竹と茅を使った竪穴式住居。和樹は自分の小屋づくりで、慣れているのでそんなに時間をかけずに仕上げることができた。全ての小屋は入り口を中央に向け、中心に焚火を置く配置にした。そして、一棟だけ大きめの小屋を造り、美里の住居にした。
「こんな大きな小屋じゃ、みんなに申し訳ないわ」という美里に「自然との調和を学ぶのに集まる場所でもあるんだ」と和樹が話し、納得してもらった。こうして、四人の大自然と向き合う生活がスタートしたのだった。
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