第一章の2

 翌朝、和樹は小鳥たちのさえずる声に目を覚ました。


「今日もいい天気になりそうだな。先ずは朝食を済ませて、さっさと出発しよう」


 飯盒で米を炊き、塩握りにしてホイルで包み昼食用とし、残りは茶漬けにして食べ、後片付けを済ますと、早速出発した。

 一時間も歩くといよいよ周りは鬱蒼とした森となり、人の気配など感じるどころではなくなった。


「そろそろ、この辺で生活する場所を決めた方が良いかもしれないな」


 そう言うと彼は川に沿って歩きながら、住処としてよさそうな場所を探し始めた。少し行くと、片方の川原が少し広く成っている場所を見つけた。


「ここなら、生活していけるかもしれない」


 そう言って大きな樹木の下に荷物を置きテントを張った。テントはあくまでも小屋ができるまでの暫定的なものだ。彼はやぶの中に入り、竹を切って小屋の材料を集め始めた。計画では柱も天井も壁も全て竹で作るつもりだったが、竹の他にも茅がたくさん繁っていたので、屋根は茅葺することにした。


 そうして、一週間ほどで、何とか住むことができる小屋が完成した。


「やっと、これでテント生活ともおさらばか。さて、今度は芋畑だな。」


 彼は小さなスコップを使い、二坪ほどの土地を耕して、ジャガイモとサツマイモを植えた。これで、取り敢えず少しは食料を維持できる。もしものために米だけは一か月分持ってきているので、何とかなるだろう。問題は煮炊きをする鍋だ。どこかに粘土質の土は無いか調べてみよう。そう思って、和樹は住処の周辺を粘土質がないか探し始めた。あまり遠くに行って帰れなくなると困るので、行動範囲は毎日少しずつ広げていく。全ての行動は川に沿うことによって、自分を守ることができる。そう信じて彼は毎日行動することにした。


 幸いなことに、行動を始めて三日目に粘土を見つけることができた。彼は粘土を持ち帰り、土鍋づくりに挑戦することにした。


「まるで縄文時代の生活だな、こりゃぁ。」


 しかし、彼にとってはとても楽しく、全てが新鮮な感覚に満ち溢れている。土を捏ねて土鍋の形に整形し、乾燥させる。問題はどのくらい焼き続けるかということだ。先ずはやってみなければわからない、ということで空気の通りを良くした薪の上に鍋を置いた。そして、火をおこしどんどんと薪を足していく。何かの動画で焼き物を作るときは三日三晩とか言っていた記憶が蘇るが、縄文の人々が焼き窯を使っていたなんて聞いたことはないし、どこかで埴輪や土器を実験的に作った動画では確か一日だったような気がしたので、先ずは一日を目途に焼くことにした。とはいえ強い火で焼かなければ、すぐにぼろぼろになってしまうと思い、とにかく鍋が強い火に囲まれるように周りにどんどん薪を置き炎の壁で鍋を囲むようにした。


 彼は一晩寝ずに、鍋を焼き続け、朝を迎えたときには流石に眠ってしまっていた。


「あ、まずい。鍋はどうなったんだろう。」


 とは言っても、まだ鍋は灰の中にあり、取り出すことはできない。


「まあ、いいや。冷めるまで、魚でも釣ってこよう。」


 そう言いながら釣り竿を取り出し、茂みの中でミミズを掘って針につけ、釣りを始めた。


「古代人はこんな暮らし方をしていたんだろうな。毎日が試行錯誤の連続で・・・。でも、生きるために必死になるっていうのは、ある意味楽しいことだよな。都会では味わうことができなかった。明日はタケノコを掘ってみよう。そして、何か山菜を見つけられたらいいな。」


 そんなことを考えながら、彼は釣り糸を垂れていた。昼になっても結局一匹もつれなかったので、諦めて小屋に戻ることにした。鍋づくりをした焚火の跡は、完全に火が消えていたので、灰の中から鍋を取り出してみた。すると何とか素焼きの鍋が出来上がっていた。


「よし、これで何とか煮炊きができる。」


 そう思って、川で鍋の灰を洗い落としていると、彼の背後から女性の声がした。


「ここで何をしてるんですか?」


 はっと思い、振り向くと方に竹で編んだ籠を背負った、若い女性が立っていた。

 その姿はとても美しく、和樹にはまるで森の妖精か精霊が女性の姿に扮して目の前に現れたのではないかと思われた。


「あ、いや、実はここで暮らしたいなと思って、都会を捨ててやってきたのですが、食べ物を煮炊きしたくても鍋が無いことに気づきまして、土鍋を作ってみたのですが・・・。」

「どれどれ、見せてください」


 彼女は和樹から土鍋を受け取ると、じっと鍋を観察しています。


「大丈夫そうですね。私、山菜とか芋を持ってるので茹でてみましょう。」


 そう言って鍋に川の水を入れ火にかけた。水が沸騰し始めると、芋を入れ、少し後に山菜と菜の花を入れた。塩でうっすらと味付けをしただけだったが、その味は和樹にはとてもおいしく感じられた。

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