自然の鼓動~精霊と共に

万里小路 頼光

第一章の1

 和樹は、疲れ果てていた。


 毎日が会社と家の往復。仕事に追われ、どんどんと自分を見失っていく。子供のころに抱いていた大人への希望。そんなものはいつの間にか遠い彼方へと消え去ってしまっている。


 何かが足りない。しかし、その何かが解らない。だからというわけではないが、見つからないから、とにかく現状を受け入れ、同じ生活を繰り返している。仕事を終え、部屋に戻ると、パソコンを開き動画を見て、いつの間にか眠りにつき、朝目を覚ますと再び会社に向かう。そしてまた・・・。


 この繰り返しで本当に良いのだろうか。もしかして俺はこの繰り返しの中で人生を終えてしまうのではないか。そんな思いが、彼の脳裏に浮かんでは消えていく。


 今日も今日とて、結局何の変りもなく一日が過ぎて行ってしまった。彼はパソコンを開くとチューブ配信の動画を開いた。そこには佳奈という一人の若い女性がサバイバリストと名乗りカメラに向かって一人語りしながら、キャンプをしていた。


「サバイバリストなんて言っているけど、要はキャンプに毛の生えたようなものか。確かにキャンプ場ではなく川原で魚を釣ったりもしてるけど、夕食の焼肉はいただけないよな・・・。」


 そんなことを考えながらも、和樹の心は動画にくぎ付けになっていく。


「何だろう。何かが俺を呼んでいるような気がする。この女の子ではない何かが・・・。」


 和樹は居ても立っても居られない気持ちになった。この何かの正体を見つけ出すことができれば、もしかしたら本当の自分を発見できるかも知れない。そんな思いがふつふつと体の奥深くから湧きあがってきたのだ。


「こうなったら行動するしかないよな。考えていたって目の前には味気ない毎日しかないのだから。」


 和樹は翌日会社に辞表を出した。上司は和樹に理由を聞かせてくれと言ってきたが、自分らしい生き方を見つけるチャンスが訪れたんです、今を逃したら、もうこんなチャンスは訪れないかもしれないので。と抽象的な答えを返したので、上司は引き止める術を得ることができずに彼の辞表を受け取った。


 和樹は部屋にあるすべてのものをリサイクルショップに売り払い、旅立ちの準備を始めた。手元にあるのは、ささやかな退職金と、購入したテント、鉈、金槌と釘、そして飯盒とナイフ、釣り道具、折り畳みの出来る小さなスコップ。その他、寝袋などの生活していくのに必要と思われるものを最小限にとどめ、あとは二、三日分の食料を買いそろえた。


「さて、いよいよ出発だな」


 目指すは人気のない山奥。時には大きな獣に出くわすかもしれない。でも、もしそれで命を落とすようなことがあれば、それは自分の運命がそこまでだったということ。全ては自己責任だ。まずは川に沿って上流を目指そう。


 和樹は駅を出ると一番近い川を目指して歩き始めた。そして、川についたところで一休みし、昼食をとる。駅の売店で買ったパンを頬張りながら、川を眺めているとなんだか心地よい気分になり、体も軽くなったような気がした。しかし、やはりこの辺は人の手が入っており、川と言っても土手がしっかりと整備されており、自分の求めている景色とは遥かに異なっていた。


「さて、行くか。」


 川の流れに逆らって上流を目指して歩き始める。季節が春ということもあり、土手の桜がきれいに色づき、花見を楽しむ人の姿も見受けられる。そんな景色を尻目に、和樹はどんどんと上流を目指した。人気も無くなり、気が付くと川の両側はなだらかに傾斜を帯び始めている。そして、周囲が木々に囲まれ始めたころ、日が暮れ始めたので、先ずは少しだけ川原が広く成っているところを見つけ、初日の野営場所にした。

 テントを張り、河原の石で竈を作り、薪となる小枝を拾い集め火を起こす。

 飯盒に米を入れて、川の水で洗い米を炊き、飯盒の蓋で肉を焼いて塩をかけて食べた。味は二の次にして先ずは腹を満たすことだけを考えた。


 食べた後は飯盒を川の水で洗い、焚火の火だけは消えないようにして、寝袋に入った。当たりは本当に静かで、川のせせらぐ音だけが心地よく沁みてくる。和樹はその音を静かに目を閉じて聞いているうちに、自然と眠りについてしまった。

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