第10話魔獣王
「おおっ! シャルちゃんあの強そうな魔獣を倒しちまった! きっと先生が良いんだろうな!」
「それは自分の教え方が良いって言いたいのか? 確かにジェットが教えるようになってからシャルロットの実力はぐんぐん伸びたな。礼を言う」
オランジェット様の自慢話にマジレスしなくていいのに、ブールドネージュ様は真面目だなあ。
そんな二人の表情が新たに出てきた魔獣を見ると引き締まった物に変わった。
「あれは……まさか本物の魔獣王か? まずいことになったな……どうするネージュ?」
「すぐに向かうぞ。『ゲート』」
ブールドネージュ様が魔法を唱えると、目の前の空間が歪み始めた。
これってまさか転移魔法? 王国ではすでに使える人がいない伝説の魔法じゃない! そんな魔法を事もなげに使うだなんて、やっぱりブールドネージュ様は凄い人なんだな。
「留守は任せるぞガレット」
「かしこまりましたネージュ様」
ガレットさんにそう告げたブールドネージュ様はオランジェット様と一緒に魔法で作り出した空間の歪みに入って行く。
待って、私も!
私は空間の歪みが消えるギリギリのところでゲートに駆け込んだ。
空間の歪みを抜けると先ほど鏡で見ていたシャルロットと大きな魔獣がいる場所に移動していた。
あれが魔獣王……相手の強さなんてわからない素人の私でも、生物として圧倒的な存在なのが理解できるわ……。
シャルロットはこんな化け物と対峙していたの? そりゃあブルっちゃうのもしょうがないわね。私だって今すぐ全力で逃げ出したいもの。
「スフレ、君もきてしまったか、危険だから待っていてほしかったのだが……」
「申し訳ございませんブールドネージュ様、どうしてもシャルロットが気になってしまって体が勝手に動いていました」
「まあ良いじゃねえかネージュ。スフレちゃんもシャルちゃんが心配だったんだろ」
「むぅ、それならばしょうがないか……」
ナイスフォローだわオランジェット様、お陰様で妹には甘々のブールドネージュ様も納得してくれたみたい。
心配してくれるのはありがたいけど、シャルロットは私にとっても妹みたいな存在だからついて行くくらいは許してほしい。
「――お兄様、ジェット、それにスフレまでっ!? どうしてここに……!? そうか、お兄様のゲートできましたのね」
シャルロットは突然現れた私たちに動揺を見せるが、すぐに状況を理解したようだ。
さっきまで魔獣王にビビり散らかしてたけど、私たちの登場で正気を取り戻したみたい。やっぱりシャルロットは優秀な子だ。
「何者だ貴様ら? 人の気配などなかったはずだが、どこから現れた?」
魔獣王が突然現れた私たちに誰何する。
ブールドネージュ様は魔獣王を見据えると一歩前へ歩み出た。
「魔族の森の魔獣王とお見受けする。今其方と相対しているのは私の妹なのだが、今はまだ其方に遠く及ばぬ。しかし近い未来には対等に戦える力をつける資質がある。魔獣王は強き者との戦いを好むと聞く。どうか今は見逃してもらえないだろうか?」
「ほう……我が縄張りに無遠慮に入り込み、我が子を殺した者を見逃せと? なんなら其方が代わりに我の相手をするか? その小娘よりは腕が立ちそうだ」
どうやらシャルロットが倒した魔獣はこの魔獣王の子供だったようだ。一触即発の空気が辺りを支配する。
「……私と戦いたいのか? どうやら今代の魔獣王は死にたがりのようだな。昔のことだから忘れているようだが、自分が魔獣王になった時を覚えているか?」
ブールドネージュ様の言葉を聞いた魔獣王は、古い記憶を呼び起こしているのか、しばらく動きを止めた後、ビクッと身体を震わせた。
「我が魔獣王になった時だと……もしや其方は父と戦った魔族か……!? ……いいだろう、我が子が死んだのは戦いの中でのこと、我もそこに遺恨はない。其方に免じてここは引こう……」
「感謝する」
魔獣王はそう言い残し去っていった。
良い感じに去っていったように見える魔獣王だが、私にはわかってしまった。
あれ完全にブールドネージュ様にビビってたよ。
「ブールドネージュ様、もしかして魔獣王と会ったことがあるのですか?」
さっきの話しからすると、私にはそう思えた。
もっとも、魔獣王の方は忘れていたのを思い出したみたいだったけど。
「ああ、私が成人の儀式で倒したのが先ほどの魔獣王の親だった。その時奴もその場にいたのだ」
「……そうだったのですね。それでシャルロットはその時手に入れた魔石に負けない物を入手しようとしたわけですか……」
偉大な兄に負けまいとするシャルロットの向上心は素直に凄いと思う。
うちの義妹なんか姉を騙して蹴落とした外道なんだもの。あの義妹にシャルロットの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいよ。
私たちが話していると、シャルロットが気まずそうにやってきた。
「あの……お兄様、助けていただきありがとうございます」
「今回はシャルロットだけが悪いわけではない。軽率ではあったが、それは皆に認められる実力を示すためなのだろう? それは其方の長所だと私は思っているよ」
「俺が戦闘を教えてた頃よりずっと強くなっててビックリしたぜ。努力したんだなシャルちゃん」
「お兄様、ジェット……ありがとうございいます!」
ブールドネージュ様とオランジェット様の労いの言葉に、シャルロットは嬉しそうに破顔した。
そして、くるりと私に向き直ると、
「……貴方のポーションにも、少しだけ……助けられましたわ。ぁ……りがと……」
「えっ、良く聞こえなかったわ。もう一度お願いできるかしら?」
「ありがとうって言いましたの! 今回は助けられたけど、やっぱり貴方なんて嫌いですわ!」
大声でお礼を言うと、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
だが、私から顔を逸らしたシャルロットの口元は、実に嬉しそうに上がっていた。
ふふふっ、ちょっと悪戯が過ぎたかしら?
恥ずかしがっちゃって、可愛い奴だ。
こうしてシャルロットの成人の儀式は、魔獣王の子供の魔石を手に入れるという、大きな成果を上げることができた。
ブールドネージュ様曰く、これで皆もシャルロットの実力を認めるだろうとのことだ。良かったねシャルロット。
成人の儀式ではブールドネージュ様に助けられたかもしれないけど、魔獣王の子という強力な魔獣を倒したのは貴方の実力だよ。
かくして成人の儀式の後、魔族領の領民と交流するシャルロットの姿が見られるようになった。
ブールドネージュ様の言葉通り、偉大な兄の妹としてだけではなく、その実力で鬼魔族領にシャルロットありと認めさせることができたのだった。
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