紫煙
YStr
煙をくゆらせて
寒さが身に染みる冬の夜。アルコールで火照った体に、薄いジャケットだけ羽織って、ベランダへ踏み出す。星明かりに浄化されたような、澄んだ空気を胸に吸い込む。普段なら体を震わせる寒さが今だけは心地よい。
見上げれば、覆い被さってくるような満点の星空が視界に広がる。暫く星のきらめきを眺めたあと、ジャケットのポケットを探る。ポケットに潜り込ませた手には、ずぼらな性格があらわれたように、レシートやらの雑多な感触が感じられた。大して広くもないポケットの中、薄いビニールに包まれた柔らかい感触を探す。目当てのものを掴み、引き出せば、草臥れたソフトパッケージの煙草がてのひらに納まっていた。
少しひしゃげた紙箱を指で軽く抑えて口を膨らませてやり、中途半端に開いた銀紙を反対の手で開く。開封した時には、よくアイロンでプレスしたワイシャツのように、美しい直線で折り畳まれていたそれは、今となっては乱雑な皺が刻まれかつての面影は無い。
手首のスナップで箱を振れば、二、三本の煙草が姿を表す。そのうちの一つを、顔の高さまで持ってきた箱から唇に咥えて抜き出した。左手で別のポケットから燐寸箱を取り出して、パッケージを持ったまま燐寸を摩って火を着ければ、燐寸の擦過音に混じって燐寸箱の中で崩れた燐寸の、カラリという乾いた音がやけに耳に響いた。頭薬の燃える匂いを感じながら、小さな火を煙草の頭に近ずける。
しっかり火をつけるため数回強めに吸うと、苦味の強い煙が口腔に満ちてくる。煙草を咥えたまま唇の隙間から煙を吐き出し、手を振って燐寸の火を消す。携帯灰皿に役目を終えた燐寸を放り込み、改めて優しく煙草を吸えば、仄かな苦味を伴って煙草葉の芳香がフィルターを通って流れ込む。ゆっくりと煙を肺に迎え込んでやり、ふぅと吐き出す。朧雲が月を隠すように、紫煙が優しく星の光を遮った。暫くそうして吸っては煙を吐き出すのを繰り返し、時折灰を灰皿へ落としていた。やがて、煙草が短くなってきて、顔面に仄かな熱を感じるようになったころ、フィルターに近くなってきた火種からは苦味は強まり、辛味のある煙が出るようになった。こうなっては「一番美味しいところ」は終わってしまった。
名残惜しさを感じながら、煙草を携帯灰皿の内面にしっかり押し付け火を消す。吸い始めた頃に心地よかった寒さも、吸い終わる頃には身を刺すように感じられた。寒さに一度身をぶるりと震わせる。
さて、戻るか。
煙草の残り香を曳きながら、電灯が煌々と照らす部屋へ足を踏み入れた。
紫煙 YStr @buby
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