第23話 博物館でダブルデート? です
帰宅後、タスクが戻ってくるまでなぎさは悩んでいたが、2人を知る彼に相談すると比較的悩むことなく回答が返ってきた。
「2人とも歴史好きだから史跡とか回るのいいと思うけど、国立歴史民俗博物館に行きたいって言っていたからそれが無難じゃないかな」
「タスクくんが面接受けに行くところだ」
タスクは頷いた。
「1日で回れるとは思わない方がいいよ。大ボリュームだから」
「そうなんだ」
「佐倉は歴史ある城下町だから食べるところとかもあるけれど、公園の中にあるから、そこでお弁当を広げてもいいと思うよ」
「雛姫ちゃんには手作りお弁当はハードル高いか……」
「男はそういう女子力アピールに弱いからねえ」
「タスクくんも?」
「少なくとも僕はそう」
「ふむ。まあ、自分は最低限できると思おう」
「女子高生にしてはできる部類だと思いますよ」
タスクは笑って、自信もって、と付け加えた。
歴史民俗博物館、略して民博は展示が膨大だということくらいしか知らない。少なくとも話題が途切れることはないだろう。逆に展示ばっかり見て口数が少なくなるかもしれないが。
「うむ。計画を立ててみよう」
「なぎさちゃんの行動力の高さが際立つ」
「今回は日本史選択の会だからすみれちゃんは残念だけど来ないだろうな。一応誘うが」
「その、高村くんのお姉さんは選択なんなの?」
「あー確認する」
さっそく、ゆうきの連絡先をゲットした甲斐があった。
かくかくしかじか説明すると、選択は世界史なのであまり役に立たないという返事が返ってきた。すみれにも投げてみたが、行きたいが行くと趣旨に合わないから違和感を感じられると困るので諦めるという返事があった。
「うむ。今回は随伴1名ということになりそうだ」
「何言ってるの。僕がいるじゃない」
「え! 来てくれるの? 試験大丈夫?」
「面接試験対策だよ。だって行ったことないから。マズいでしょ、それ」
「それは二重の意味で来てくれた方がいいな。よし、確定」
雛姫とゆうきに連絡し、タスクの予定を含めて、日程調整をする。
最初は雛姫のためと思って始めたことだが、タスクくんが来てくれるのなら話は全く違う。情けは人のためならず。なぎさはとても楽しみになってきたのだった。
国立歴史民俗博物館は千葉県佐倉市の佐倉城址内にある。
なぎさとタスク、そして雛姫と悠紀は京成線を利用して佐倉まで行くことにした。
京成船橋駅で集合し、ほぼ初対面の悠紀となぎさは自己紹介から始める。
「青海なぎさです」
「高村悠紀です」
悠紀はかわいい男の子で、なぎさと身長がそう変わらなかった。
「今日は民博探索ツアーになります。お互い、興味のある時代が違うとは思いますが、見に行きたいエリアも異なると思いますが、お互いを尊重しましょう」
タスクは引率の先生っぽいことを言う。悠紀が言う。
「山峯先生のコメンタリーつきの民博楽しみです」
「いや、民博は公式の音声ガイドがあるから、入館したらスマホにアプリを入れてね。そっちを僕も楽しみにしている」
「すごく広いんですよね。1日で見切れないんですよね。どうやって見るもの決めますか?」
雛姫のテンションも上がっている
「これは目的には向かなかったのでは……」
これは本来の目的とは大きく異なっているとなぎさには思われた。歴史オタクの中に紛れ込んだ一般人の立場にいるなぎさである。盛り上がって話を続けている3人の方向を変えることは不可能だと判断する。
「諦めるか……」
独り呟くなぎさだった。
意外と成田行き特急は混雑しており、座ることはできなかったが30分かからずに京成佐倉駅に到着した。
「早い。こんなに近くならもっと早く来るべきであった」
タスクが悔やんでいると雛姫と悠紀も大きく頷いていた。
タスクはルートを考えてきたとのことで、案内看板を無視して京成佐倉駅からまっすぐ行き、昔は商店街だったと思われる道を歩き、坂を上る。坂を登り切ると成田街道に出る。江戸時代は成田詣でで賑わった通りのままなのだろう、国道にしては細い旧道だった。市の美術館や美味しそうな甘味処を横目に眺めつつ成田街道を歩き、佐倉藩総鎮守
「かわいい」
なぎさのテンションがようやく戻ってきた。
しかし地域猫たちの警戒心は強く、なぎさのもとには来てくれなかった。
拝殿でご祭神にお参りし、摂社の稲荷神社にもお参りする。
「こんなお名前の神社、他にないですよね」
悠紀がタスクに聞く。
「この辺にだけある神社なんだ。まがたって読むんだけど『ま』は麻なんだけど、房総開拓の時代の重要な作物だった麻から来ているっていう口伝があるんだ。麻は繊維になるし、種も食べられるし、有用なものだったんだよ。今は麻薬になるからって厳しく制限があるけど。佐倉の『さ』も、『あさ』から来ていて『あ』が消えたっていう説がある。その他、僕はこっちの説もあるかなと思うんだけど」
タスクがスマホのMAPにレイヤーで航空地図を重ねて3人に見せる。
「古代、ここは岬だったんだ。水田が広がっているところは当時、みんな海が入り込んでいた。変わった地形だったんだ。干潟の『かた』かな、と。あと、まがたま神社って呼ばれていて勾玉は三種の神器のことだからって『ま』をとられたって話もある。成田の方に玉造って地名が残っていて、そこで玉を作っていた遺跡も見つかっているから、それもあるのかなあと」
「面白い!」
「このまま佐倉を歩いてみたいくらいです」
「あーそうだったんだー」
なぎさ1人、テンションが低い。しかしここが昔、岬だったというのは興味深い。坂をあがってたわけで、つまりそこは海底から上ってきたということでもある。
そう想像すると確かに面白い気がする。岬に神社があったわけだ。
「アースダイバーだね」
タスクはにっこりと笑った。
「本当ですね」
「今度、図書館で借りてみます」
どうやら本の題名らしい。なぎさは知らないが。
日が上がって暑くなってきたので急ぐことにする。
佐倉藩武家屋敷の案内看板に後ろ髪を引かれる3人を余所に、なぎさは歩き続ける。
体育館と植物園の前を通り、佐倉城址公園の中に入る。公園の中は森が広がっており、犬の散歩の人も多い。空堀などを見つつ、ようやく民博に到着する。ちょうど開館時間の数分前で、何人かもう入り口で待っている状態だった。
開館後、総合案内で企画展込みのチケットを購入し、まずは企画展を見に行く。今回は世界遺産にもなった沖ノ島展だった。世界遺産になったこと以外、なぎさは沖ノ島のことを知らなかったが、韓半島から日本への航海の無事を祈る、重要な地だったらしいことを知った。そこには多くの奉納物が残っていることが発掘調査で判明しており、その全てが国宝になっている。
遠くペルシアのガラス器や鏡、勾玉などの、普段は宗像大社でしか見られないという国宝が関東で見られるとあって、来館客が続々と企画展ホールに向かっていた。
これは無理だな、と3人を見て思う。もう夢中だ。
なぎさはそれでも雛姫と悠紀の距離が近づくならいいか、と思うことにした。どうやって距離を縮めて、お互いを知っていくかはその人たち次第なのだから。
企画展を見終わった後、原始・古代の展示コーナーで3人は別れてしまった。そもそも展示を見る速度は興味の度合いによって違うし、オーディオコメンタリーを聞くか聞かないかがあるともう速度が一致するはずがない。
石器の作り方や骨器の展示に始まり、土器や埴輪、先ほどの沖ノ島の発掘復元展示など数多くの見所があり、タスクを始め、それぞれ見入っていた。なぎさはタスクの後を歩き、粛々と展示の解説をスマホで聞くだけだった。
すぐにお昼時間になり、ずっと立って、または歩いていたのでなぎさは疲れてしまった。
「雛姫ちゃん、そろそろ休もうよ」
「う。うん。ランチにしよう」
まだ大丈夫という顔をしていたが、なぎさのことを考える心の余裕はあるようだった。 結局、中庭に面した回廊の休憩所でランチにする。
「さあ、食べるが良い。なぎささんが朝早く起きて作った料理の数々を」
今回はもう詰めるのが面倒なので大きなタッパーに料理別に入れてきた。
梅和えのチキンパスタにサンドイッチ、そしてサラダ。保冷剤代わりの冷凍からあげはいい感じに解凍しており、食べ頃になっていた。
4人はそれぞれタッパーからとり、食べ始める。
「なぎさちゃん。お手数掛けますね」
「いいんです。これくらいしか今日の楽しみはないので」
「ええ、歴博、超楽しいよ」
タスクが声を上げる。
「それに、決めたから」
「本命?」
タスクは頷いた。
「是非ここに就職してください」
そうすればなぎさと離ればなれになることもない。通える距離なのだ。
「山峯先生は転職を考えているんですね」
悠紀は当然、初耳だったのだろう。
「好きなことをして生きていくのは大変だよ。もう就職だけで味わった」
「肝に銘じます。青海さん、パスタ、美味しいです」
「ありがとう」
悠紀は雛姫の隣でがっついて食べている。男の子という気がするが、何より雛姫の隣で落ち着かないのかもしれなかった。悠紀はぽつりと言った。
「本当に1日では見切れませんね」
「第1展示室で今日は終わりかな」
「図書室には行きたいです」
雛姫が手を挙げ、タスクと悠紀が頷いた。
どうにも好きなところで好きなことをする人たちを止めることはできない。
なぎさは最後までつきあう覚悟を決めたのだった。
回廊には
そして閉館時間までじっくり、3人は展示と蔵書を堪能したのだった。
京成佐倉駅までの道を歩きながら、なぎさは先を歩く雛姫と悠紀を眺め、まあ、いいかという気になっていた。ある意味、目的は達成されたと思う。
「今日はいい日だった」
タスクは言った。決心したタスクの背中を押すことはそんなに難しくないと思えた。
「面接、頑張ってね」
「うん」
1度、就職に失敗したタスクだ。思うところは多いだろう。しかしこうして働いてみたいと思える場所を事前に見つけられ、見られたことはプラスに働くに違いない。
4人は駅までの道をゆっくり歩き、上りの快速電車に乗ったのだった。
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