第21話 タスクの面接試験と期末テスト打ち上げ
西高と秀湾女子の期末テストの日程はだいたい同じで、その週末に3人は打ち上げと称してどこかに遊びに行こうという話になっていた。
期末テストの全日程を終えて、夜にリビングでくつろいでいたなぎさはタブレットを使ってどこに行こうか考えていた。
週末はタスクが関西の方に試験に行くことになっていた。
タスクは仕事を終えて帰ってきて、いつもなら食事や入浴を済ませると少し談笑するのだが、今日は落ち着かないのか、タスクはリビングのカウンターで面接のノウハウが詰まったテキストを読み始めた。
頑張って欲しいが、なぎさが何かしてあげられるようなことはあまりない。夜なのでコーヒーをいれることもできない。眠りにつけても、カフェインは睡眠の質を落とす。
「私が面接のシミュレーションでもできればいいんだけどな」
クッションにうつ伏せになりながらなぎさは言った。
「なぎさちゃんは面白いことをいうなあ」
タスクは本から目を離して振り返り、なぎさを見る。
「だって少しでも力になりたいから」
「別に今年受からなくても来年があるから気は楽だよ。なんといっても今年は就職しているからね」
「なるほど」
そう言われればそうだ。
「むしろお給料はこっちの方が絶対にいい。生活レベルを上げないように気をつけないとならないくらいだ。その分、仕事は大変だけど」
「今のお仕事が学芸員の仕事でも生きないかな」
「――その発想はなかったな。授業はもちろんのことだけど、動画作成の経験もいい経験だった。面接で何かネタとして使えないか考えてみよう」
脊髄反射的な発言だったが、なぎさは自分の発言がタスクの助けになるかもしれないと思うと、気持ちが弾むのが分かった。
「でも、この試験に受かったらタスクくんは関西に行ってしまうんだね」
「それは――そうだけど。何か問題がある?」
タスクがあまりにもさらりとそう言うのでなぎさは大ショックを受ける。クッションから起き上がり、椅子に腰掛けるタスクの目の前に立つ。
「ある、大ありだよ。だってこんなに近くにいるタスクくんがいなくなっちゃうんだよ。特別授業の比じゃないよ。お別れなんだよ?!」
タスクは小さく息をついた。
「うん。でも、この3ヶ月で僕の気持ちははっきりしたから。もう大丈夫な自信がある」
そして頷き、微笑んだ。
「――何の自信?」
いいことが聞けそうな気がした。
「何年後かに、なぎさちゃんをお嫁さんにして関西に連れて行く自信」
想像していたよりそれは遥かにグッドな話だった。思わずなぎさは大きな声を上げてしまう。
「本当に?!」
「そんな大きな声を出さないでよ。叔母さんに聞こえちゃうよ」
母はまだ入浴中だ。
「で、でも、い、いや、タスクくんは私でいいんだ? タスクくんのお嫁さんになれるんだ? 私?」
この春に来たときから好きだって言ってくれているようなものだったし、お嫁さんにしてくれるとまで言ってくれているが、改めて聞いておきたいところだ。
「そこ、今更? 大学時代は耐えてロリコンって言われてたのに」
「社会人になった今でもJKの私となら世間ではロリコンですよ」
「そうだよねえ。それでも僕はなぎさちゃんがいいんだ」
タスクは照れながら言って、目をそらした。
そんな告白の言葉を聞いてもなぎさの胸が高鳴ることはなかった。ただその代わりにふんわりした温かい何かが全身を包み、幸せなんだなあと心から感じられた。
「ああ、恋じゃないんだ。恋って3年が賞味期限だっていうから。私、もうとっくに賞味期限が切れていたんだ。これは愛なんだ」
「相手のことを自分のことのように思いやれるのが愛だって聞いたことがある。僕はなぎさんちゃんのことをきちんと大切にしていきたいよ」
「じゃあ、今日から私達、恋人同士?」
「今の職場にいる限りは、このくらいが限界だから恋人といえるかどうか。叔母さんの手前もある。プラトニックだね」
「そこは問題じゃないよ。でも、一応、私、性行同意年齢には達しているから、タスクくんがガマンできなくなったら、いつでもどうぞ! 犯罪じゃないよ!」
なぎさは思わずタスクの前で熱弁してしまう。
「確かにそこはガマンできないところではありますが、まだ、関西に就職が決まったわけじゃないからなあ」
「そっか」
「決まったら決まったでまた離ればなれになるし、それならまだプラトニックでもいいかな」
「タスクくんが関西に就職になったら、私、関西の大学に行く!」
「そんなんで進学先を決めていいの?」
「どうせ就職を関西にするならその方がいいでしょう」
「確かに。僕と一緒に住めば叔母さんたちの負担が減るしね。今もそんな感じだけど」
「そうなったら入籍してくれる?」
「女子大生は若奥様ですか?」
「勉強に未婚既婚は問題ない」
「正論だ」
ふふ、と2人で顔を見合わせて笑う。
「そんなに遠い未来じゃないよ。分かってる? 心の準備はOK?」
「まずは試験、頑張ってきて」
「うん」
タスクはなぎさの頭に手を伸ばし、髪を撫で、頬を撫でる。
「ああ、キスしたいな」
「しちゃえばいいじゃん」
「そうだね。合格したらね」
「うん」
なぎさは頷き、その日が来ることを祈った。
結局、その夜、なぎさが打ち上げの中身を決めることはできず、すみれが案を出してきたのでそれを採用することになった。
最初、ホテルのランチでもと言っていたすみれだったが、すぐにそれは撤回した、何故なら雛姫にとってそれは、テイクアウトではあるが、日常で、あまりありがたくないものだと考えたからだろう。賢明だとなぎさは思った。
そして打ち出してきたのが、なぎさの家でのホットプレートパーティだった。
〔いや、ウチ、ホットプレートないんだけど〕
〔あたしの家にはあるから持っていく。なぎさは粉物を用意してくれ〕
〔他は何か必要なものはないんですか?〕
雛姫が聞いてきて、すみれは即レスした。
〔肉〕
〔承りました〕
そしてお辞儀する執事のスタンプを投稿した。
粉物と言われればお好み焼きともんじゃ焼きを想像する。もんじゃは言うまでもなく、雛姫が目の前で焼くようなお好み焼きを食べたことがあるとも思えないから、用意はしよう。しかしホットケーキの準備もしておきたい。すみれが肉以外の何を持ってくるかにもよるのだが、それは任せることにした。
期末テストの成績も翌日には判明し、中間テストよりまた、少し良くなっていた。確実に実力がついてきていること、そして勉強の習慣がついていることを喜んだ。
金曜日の夜にはタスクは1泊の支度をして新幹線で関西に向かった。
東京駅まで見送りに行きたかったが、夜遅いからと言われ、それは諦めた。
無事、面接試験が上手くいけばいいと願うばかりだった。
土曜日、朝の内になぎさは買い物を済ませる。
お好み焼き粉にキャベツ、青ネギ。揚げ玉。そしてホットケーキミックス。お好み焼きソースも忘れずに。海苔は家の買い置きの海苔を細かく刻めばいいかと思い、買わなかった。入れる具も納豆や明太子、チーズは買い置きがあった。もちろんマヨネーズもある。
「完璧じゃん」
キッチンに買ってきたものを並べてなぎさは満足する。肉だって冷蔵庫にある豚こまがあれば、雛姫が持ってくる肉がどんな肉だろうと、お好み焼きに対応できる。
もしすごい高価な肉だったらどうしよう。
なんて考えていると2人がインターホンを押して、なぎさはロックを解除した。
雛姫は大きな保冷バッグを、すみれは登山にでも行くような大きなバックパックを背負い、手に大きな箱を紐で結んで取っ手をつけて持っていた。おそらくホットプレートだ。
「重かった」
「お邪魔します」
すみれからホットプレートの箱を受け取ると意外と重かった。
「こんな荷物になるならすみれちゃんの家でやれば良かったのに」
「2人をバスで来させるよりはなぎさの家でやるのが合理的だ」
すみれはそういってキッチンでバックパックを下ろし、飲み物を冷蔵庫に入れていく。
「シャンメリーにノンアルコールビールにノンアルコールカクテル」
「未成年だからね!」
「それは重かったでしょう。言ってくれれば私も持ってきたのに」
「雛姫ちゃんが何を持ってくるのか怖かったから」
「常識くらいありますよう」
すみれの言葉に雛姫は苦笑した。
しかし雛姫が持ってきた保冷バッグの中から出てきたお肉は、輝かんばかりの霜降りの高級肉であった。
「これ、うちの調味料で合うのか?」
「塩でいいらしいですよ。もちろん普通の丸大豆しょう油でも」
「塩が無難だな」
お好み焼きは冷蔵庫の豚こまが役に立ちそうだった。
「今日は、お手伝いしたいんだけど、いいかな?」
雛姫はエプロン持参で、それを装着すると腕まくりした。
「無論。まずはお好み焼きからだ。雛姫ちゃんには粉を混ぜて生地を作って貰う」
「承知」
「あたしゃホットプレートとかのセッティングするわ」
すみれがバックパックからいろいろ取り出し始め、座卓に広げ始める。
雛姫は不慣れな手つきでお好み焼き粉に水を入れ、かき混ぜ始める。雛姫が楽しそ
うなのでホテルランチよりこっちで正解だったとなぎさは思う。
「粉っぽいところが残らないようにしっかりかき混ぜてね」
「はい」
目を皿のようにして確認しつつ真剣に取り組む雛姫の表情を彼女のご両親に見せたく思い、スマホで動画を撮影する。
「どうして撮るの?」
「あとで送るからお父さんとお母さんにも見せてあげて。きっと喜ぶよ」
雛姫は少し嬉しそうに笑み、頷いた。
お好み焼きの準備は進み、すみれのセッティングも終わった。ホットプレートは温まり、脇には油引きまで用意されて、食器棚から皿を数枚持ってきてまであった。
雛姫はキャベツと混ぜ終えた生地に揚げ玉を入れたボウルを座卓へ持っていく。
「私の初料理」
「立派に料理だわ」
なぎさはお母さんになった気分だ。
なぎさは雛姫がかき混ぜている間に、他にホットプレートで焼くようなものをカットし終えており、配置に気をつけながら大皿に盛ったのでそれも持っていき、ホットプレートの会が始まる。
フッ素加工してあるがホットプレートに油をしき、生地を流す。キッチンの換気扇は稼働してある。油と小麦粉が焼ける甘い匂いが漂い始め、生地の脇で豚こまを焼く。
「どうしてホテルランチを辞めたの?」
雛姫がすみれの顔色を窺った。
「遠いし、特別感はあるけど、こっちの方があたし達らしいかなと思って」
「すみれちゃんの家で良かったのに。大変だったでしょう。この大荷物」
最初、なぎさはあまりの荷物の量に驚いた。飲み物を持ってきてくれたのも自分と雛姫を驚かせようとしたからだろうが、それにしても多かった。
「でもウチ、バスだからさ。2人が楽な方がいいと思って」
「すみれちゃんは侠気があるなあ」
「こっちの方が私達らしい、ですか」
雛姫は嬉しそうだ。
いい感じで生地がふつふつといってきて、なぎさは雛姫にまずは菜箸を渡す。そして雛姫は焼けた豚こまを生地の上に乗せ、続けて渡された2本のフライ返しを使ってひっくり返す。無事にひっくり返り、雛姫は安堵する。
「全てが初体験。ドキドキします」
「いや、私達もそんなに数はこなしていないからこういうときはドキドキだ」
なぎさは雛姫を見る。女の子の目から見ても雛姫はかわいいが、この笑顔はまた特別だと思う。
お好み焼きが焼けたと思われた辺りで、すみれがホットプレートの上でフライ返しを使って切り分け、火が通っていることを確認し、各々取り、食べ始める。
「美味しい!」
雛姫の笑顔の確変は続いている。
「それは何よりだ」
すみれは満足そうに何度も頷いた。
なぎさは空いたところでキノコとタマネギと肉を焼き始める。
「雛姫ちゃんが持ってきた肉はすぐとってね」
油が溶けたくらいでひっくり返し、素早くとって各々皿に避難させる。
「いい肉だ!」
すみれは感嘆し、なぎさも何度も頷く。口の中で甘みとうまみが広がる。
「こんな肉、食べたことないなあ」
「お母さんが奮発したので」
雛姫の家の基準でもいい肉のようだ。美味しいわけだった。
ひと段落した辺りで、忘れていた冷えた缶を持ってきて、開ける。なぎさは2度目のノンアルコールビール。すみれはノンアルコールチューハイ、雛姫はノンアルコールカクテルを開ける。
「ちょっぴり大人気分~♪」
「すみれちゃんは面白いなあ」
「お2人とは昔からの友達みたい。あああ。私も西高が良かったな」
「イヤ別に、もうすみれちゃんとはクラス別だし、学校で会うこともあんまりないよ」
「なんでこんなにつるんでるんだろうねえ」
すみれも呆れた調子だ。
「縁なんですねえ」
そう思う。アルフヘイムのデートシステムがなかったら、雛姫に声をかけることもなかったかもしれない。何がきっかけになるかわからないものだ。
「あ、そうだ。報告がある。内緒だよ」
残った生地を焼きながら、なぎさはすみれと雛姫を交互に見た。
「なんだい、もったいぶって」
「秘密は守りますよ」
「タスクくんにプロポーズされました」
ぶっ、とすみれが噴き出しそうになり、雛姫はむせた。
「なんだって?? マジか??」
「驚きましたが、おめでとうございます!」
「タスクくんが転職できて、私が大学に無事進学できたらだけどね」
「なぎさの大学は別に、だけど。転職かあ。そっちが難しそうだな」
「アルフヘイムのの講師陣、入れ替え早いって聞きますからね」
「学芸員になりたいんだって」
「好きなことを仕事にしようってのは、いいなあ」
「あんなに講師の仕事、順調なのに」
「なかなか真似できないよねえ」
なぎさはノンアルビールを仰ぐ。
無事報告し終えたところでなぎさのスマホに着信があった。
なぎさはにやりとしながらいった。
「これから光一郎先生が合流したいって」
「えええ! マジか!? ああ、山峯先生とそういう関係なのか。でも本人いないじゃん?」
推しが来るというのですみれは動揺した。
「タスクくんからホットプレートの会の話を聞いてのことみたい。今日は収録が終わったから時間があるんだって。お酒はないって伝えた」
「うわああ。今のあたし、推しに見せられる格好してる?」
「大丈夫ですわ。でも五箇条が心配ですけど」
「トラブルを起こさなければバレないよ。そもそも光一郎先生的には後輩の家に行くだけのことだし。たまたま不在だっただけで」
「いいのかなあ。でもいいのか」
すみれが迷っているウチにインターホンが鳴った。
「来たよ」
すみれも苦労して大荷物を持ってきたのが報われるというものだろう。
イケメン1人を加え、ホットプレートの会は暗くなるまで続いたのだった。
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