第16話 お勉強会とタスクの試験

 6月になり、中間テストの結果も返ってきてなぎさは勉強に打ち込んだこの2ヶ月の成果に満足していた。1年生で無理して入学した進学校での成績はどちらかというと低空飛行だったが、中間よりも上の成績になった。喜びを分かち合うため、昼休みにすみれの理系クラスまで行き、報告するとすみれは我が事のように喜んでくれた。


「なぎさはやれば出来る子だ」


「くう、言い返せない」


「あたしも成績上がったよ。なぎさと雛姫ちゃんのお陰だ」


 すみれの成績は自分のように悪くはなかったから、そこから上げるのは大変だったはずだ。すみれはすごい。


 廊下の壁にもたれながら、2人で話をしていると雛姫から連絡があった。


〔またお勉強会しませんか?〕


 2人は顔を見合わせて即レスした。


〔今度はどっちの家にしようか?〕


 検討の結果、今度はすみれの家で勉強することになり、土曜日に集まることになった。




 土曜日はタスクの公務員試験日だった。昨年は専門職1本だったが、今年は事務職も受ける予定だった。もうなりふり構っていられないのである。


 試験に出かけるタスクは予備校講師の顔をしていない。ヘアスタイルも水で寝癖を直しただけだ。服装もパリッとはしてない。ネクタイありだが、どこか緩い。それでもなぎさの目には変わらず格好良く見える。


 彼が出かける前にコーヒーを入れてあげて激励の言葉を掛ける。


「頑張ってきてね」


「うん。事務方でも学芸員資格があれば展示企画の仕事とかできるし、やっぱり好きを仕事にしたいから頑張るよ」


 なぎさはカウンターでコーヒーを飲むタスクの後ろに回り、肩を揉んであげる。彼が仕事をしつつ、公務員試験の勉強をしていたことも知っている。頑張って欲しかった。


「新婚さんみたいよ」


 なぎさは母にツッコまれても、むしろ開き直って得意げな顔をしてみせる。


「稼いで貰わないとなりませんから」


「今の仕事の方がずっと稼げるんだけど……」


 タスクは微妙に困った顔をする。 


「人気商売なんて長続きするとは限らないから、タスクくんの選択は間違っていないと思います。なんといっても好きな仕事にチャレンジできるのとそうでないとでは人生、大きく違うわよ」


 なぎさは母の言葉に重みを感じる。しかし。


「全部、言いたいこと言われた」


「でも年かさの人間が言った方がいい台詞でしょ」


 なぎさの母も得意げな顔をした。


 タスクはなぎさより一足早く家を出て、試験会場に向かった。


「さて、私も頑張るか。今日はすみれの家で勉強会なんだ」


「勉強癖がついているね。いいね。コーヒーをいれる道具一式、持っていったらどう?」


「ナイスアイデアです、母上」


 なぎさは道具をジップロックに小分けにして入れ、ダッフルバッグの中に入れる。


 すみれと雛姫が喜ぶ顔が見られれば、嬉しいと思った。




 すみれの家は高校から少し離れた、もう畑の中に住宅が点々とあるようなエリアにあった。兼業農家で、平屋の日本家屋は大変広かった。


 すみれに通された部屋は10畳以上ある畳の部屋に大きな座卓が真ん中にあり、床の間は掛け軸やら木彫りの熊やらシーサーやらでごった返していた。


「すごい~修学旅行で泊まるような部屋です」


 雛姫の感嘆にすみれは答える。


「いやいや。床の間の雑然感が普通のお宅でしょう」


「北と南のお土産物が一緒にあるのシュールだ」


「そういうのいいから、勉強しよう」


 すみれはこの話題から離れたい様子だった。


 Bluetoothスピーカーでサブスクの音楽アプリのBGMを流し始め、勉強が始まる。


 外は快晴で、風が心地よいので障子が開け放たれ、縁側の掃き出し窓も開いている。


 庭にはミニ耕運機があったり、農耕用の道具が置かれているのが見え、すみれのお宅は農家なんだと実感する。


 ふすまが開いてすみれのお母さんがお茶と和菓子を持ってきてくれる。


「来てくれてありがとう~お噂はかねがね~」


 気さくな感じがすみれのお母さんらしかった。


「いや、そういうのいいから」


 すみれは親を見られるのが恥ずかしいらしい。普通はそうか、とも思うが。


「この子、サバサバしすぎでしょ? だから割と孤立しがちで」


「いいから、ホントに!」


「お2人方、よろしくね。できれば男の子も紹介してあげて」


 すみれのお母さんは少し笑いながら去って行った。


「愉快なお母さん」


 雛姫がくすくす笑い、すみれは頬を紅潮させる。


「だからイヤなんだ」


「でも、私達がきて喜んでくれたみたいだ」


 なぎさはその点は良かったなと思う。


 勉強ははかどり、10時になぎさがコーヒーを入れる。


「腕上がった」


「何が違うのかわかりませんが、飲みやすくなりましたね」


 なぎさは腕組みをして目を細め、なかなか現実では見ない得意げなジェスチャーをする。


「修行のたまものなのです」


「善き善き」


 すみれからお誉めの言葉を貰う。


 そして座卓の上に置かれた目覚まし時計を見て、タスクはもう試験の最中だなと思う。


「? どうかしました?」


「いや、タスクくんが試験の最中でさ……」


 そしてなぎさは失言に気づいた。


「へえ。山峯先生、何の試験なんだ?」


 すみれは何一つ驚いた様子を見せず、聞いてきた。


 あ、あれという感じでなぎさはすみれと雛姫を見る。


「まさか――気がつかれていないとでも思っていたご様子ですね」


 雛姫が苦笑し、なぎさは呆然とした後、驚きを言葉にする。


「ええ? 2人とも知ってたの? そんなの聞いてないよ~」


 すみれがあきれ顔で続ける。


「なんか従兄弟が下宿することになったって1年の終業式前に漏らしてただろ? 山峯先生となぎさってよく似ているしさ、もうなぎさが山峯先生を見る目って違うし、従兄弟の話、出てこないし。これは確定だなと」


「いやあ、私を見る目に殺気がこもってましたよね~」


「ホント。いつキレるかと思ってた~」  


「内緒にしないとならなかったからさ……」


「いや、それは分かっていたから敢えてツッコんでなかっただろ?」


「楽しかったですよ、撮影の時とか、そわそわしているの分かって」


 うーん.2人にはいい見世物になっていたらしい。


「で、どうなの? 進展あるの?」


「進展とか、よくわかんない。4年ぶりだったし、でも、うん。ああ、恋愛禁止だからって言われたからなんかうやむや」


「好きな人と同居生活とか少女マンガの世界~」


 雛姫が夢見る顔で天を仰ぐ。


「タスクくん、公務員試験なんだ。学芸員を目指して失敗しているから、今年こそって張り切ってる。地方に決まったらお別れだし、そんな深入りすべきではない気もする。たぶんこの気持ちを止めるのは無理だと思うけど」


「あれだけ美形なんですもの。躊躇したらすぐに誰かに獲られてしまいますよ。鳶に油揚げをさらわれるっていうんですよ、そういうの」


「分かる~」 


 なぎさは肩をがっくりと落とすしかない。


「身近なところで、演出のほのかさんとかヤバいよな」


「美形に囲まれるいいお仕事ですよね」


「ほのかさんはミカエル先生ラブでしょ」


「あれは見応えありましたね」


 雛姫の夢見心地の表情は継続中だ。


「ミカエル先生もなんか通じてたよな。恋愛禁止の職場で両片思いとかだったら萌える」


 すみれは意外にそういうのが好きらしい。


「いや、秘密の同居で先生と生徒もかなりなものだからな」


 すみれに心を読まれたかと思い、なぎさは今度は無言で俯くしかない。


「そういうすみれさんは何かないんですか」


「ぎょぎょぎょ。雛姫ちゃんにそんなこと言われるなんて。あるわけないだろ」


「私もないです」


「美人が2人してどうしてこんなことに……」


「女子高に出会いがあるわけがないでしょう」


 雛姫が憤慨して言うのでなぎさはスマホを取り出し、見せる。


「私が紹介できるのは兄くらいです……今年入隊したての幹部候補生です」


 なぎさの兄、求の制服姿の画像が出ている。


「山峯先生ほどではないにせよ、いい男だ」


「今、彼女いないはず」


「機会があったらお会いしたいですね」


 雛姫が真面目な顔をして答え、なぎさは手応えを感じる。


「お義姉さんと呼ばせてください」


「それは早急にもほどがある」


 すみれにツッコまれ、なぎさは苦笑した。


 勉強を再開し、お昼にはすみれのお母さんがつけ汁肉うどんを持ってきてくれ、舌鼓をうった。


「絶対、いつものうどんより高いやつだ」


「ありがたやありがたや」


「美味しいです」


 午後も勉強に注力し続け、3時にコーヒーブレイクし、5時に勉強会を終了した。


「楽しかったね~」


「勉強会で楽しいとか言えるなぎさが羨ましい」


「私も楽しみにしていますよ~ お友達がいるのって素敵」


 雛姫が続けて言うがその表情は暗い。


「今度は――ウチですか……」


「イヤならスルーするよ」


「ウチの親、過保護なので――友達が2人くるとか言ったら、勉強になるかどうか極めて怪しいです」


「そこも含めて要検討ってことで。無理しないでくれよな」


 すみれは駅までのバス停まで見送ってくれた。


 駅行きのバスが来て、なぎさと雛姫が乗車し、すみれが手を振る。


「山峯先生の試験結果、教えてくれよな」


「うん」


 そしてバスの乗車ドアが閉まった。


 後ろの座席に並んで座り、スマホをチェックするとタスクからメッセージがきていた。


〔試験は手応えあったよ。すぐに帰るね〕


 投稿された時間的にはタスクの方が先に帰宅しそうだった。


「山峯先生?」


「一歩、前進みたい」


「それなら、なぎささんも進まないとなりませんね」


 雛姫が何に対してそう言ったのか、聞き返せない。


 恋なのか、進路なのか。


 その両方の意味で雛姫は言ったに違いない。


「雛姫さん」


「なんです?」


「これから『ちゃん』呼びしていい?」


「待ってましたよ、なぎさちゃん」


「雛姫ちゃんと出会えて良かったよ」


 なぎさは雛姫の手を取り、ぎゅっと握る。


 バスはしばらく走り、ターミナル駅に到着した。


 その間、2人はずっと互いの手を握っていたのだった。

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