第14話 JK3人、教材用動画の制作に携わる
〔教材用動画の企画が通ったんだけど、2人とも協力してくれない?〕
雛姫からそんな連絡が来たのはGW明け早々の通学中の電車の中でのことだった。スマホの向こう側の雛姫の興奮が見て取れるようだ。
〔落ち着きなさいな。まあ企画書とやらをあたしらにも見せてよ〕
すみれは冷静だ。そうでないと割と動こうとしない自分とまだ足下が固まっていない感じのキャラの雛姫とは付き合えないだろう。
すぐに雛姫から企画書がPDFで送られてくる。読んでいる最中にも督促が著しく、なぎさは少し落ち着けと自分もメッセージを送りたくなった。
企画書の中身は至極真面目なものだった。
アルフヘイムは船橋という都心寄りの中間都市にあるのだが、その船橋の歴史を教材として映像コンテンツ化するという企画書だった。アルフヘイムでは他校で、生徒と講師が一緒になって動画教材を作成したことがあり、動画配信サイトの公式で誰でも見られるようになっている。普通の予備校であれば生徒と一緒に動画教材の作成など、やらないだろうが、親会社の芸能事務所の意向があるのだろう。アイドル級講師を抱え、生徒たちの独自性を引き出して動画教材の配信というのは他の予備校に対する差別化になる。
今回、雛姫がコンテンツ化しようとしているのは幕末、戊辰戦争をたどるという企画だった。なぎさが住んでいるところのすぐ近くにも史跡が残っており、近代的な内戦が日本でも行われたという事実を改めて思い起こさせた。普通の人の記憶には残らないような、具体的にどこで何が起きたのか大河ドラマくらいでしか知ることはないだろう事件を掘り起こすのは、日本史へのモチベーションアップという点では評価できる。
〔で、もしかして雛姫さんがナビゲーターやるの?〕
〔出演は企画者責任の決まりだけど、なぎささんとすみれさんも一緒に出演してくれると嬉しい〕
〔あたしらもか!〕
驚きを示すスタンプがすみれから送られてくる。
〔私はいいよ。日本史なら講師は山峯先生でしょう〕
雛姫が特別授業を受けるだけでなく、こんな企画にまで関わるのではタスクが心配でならない。先日のデートで好きでいてくれていることはよく分かって安心もできたが、まだまだ先は長い。それにそもそも雛姫に協力してあげたい気持ちも当然ある。自分がコーヒーのことを自分の少し未来になにか関わりがあるのではと考え始めたように雛姫も自分の出来ることから歴女的活動を始めつつあるのだから、応援するのが友だちだと思う。
〔なぎさは推しと一緒ならいいのか。ではあたしも腹をくくろう〕
すみれも観念したらしい。本当にすみれには流れ弾だ。学校であったら誉めてあげなくてはならないだろう。
まずは今日、アルフヘイムの授業の後に打ち合わせをするとのことでそこがスタートになる。撮影を含めて長くても2日に亘る程度で撮り終わるらしいと雛姫が情報をくれて安心する。幾ら面白そうでも重しになっては本末転倒だからだ。
なぎさは打ち合わせを楽しみにすることにした。
翌日、アルフヘイムでの数学の授業が終わったあと、なぎさ達はアルフヘイムの事務室の奥にある会議室に呼ばれ、動画制作担当の人から簡単に説明を受け、保護者の同意書を持たされた。
軽く流れを雛姫が作り、学習内容の詳細をタスクが作り込み、それをシナリオとコンテにするのはプロとのことで、単に動画配信というよりもコンテンツの作り込みとしてはしっかりしていた。そして動画制作担当の人から渡された簡単なレジュメでは女の子3人なら講師が3人も見栄えが良くていいのではと提案されていた。
帰宅すると同じくらいの時間にタスクも帰宅し、いの一番にタスクは言った。
「動画制作に協力してくれるんだって?」
「雛姫さんに頼まれたらイヤとは言えない」
「美少女3人は絵になるって動画制作の人に言われた」
「本当にそうだね」
一切のためらいなくタスクに美少女と言われたことを肯定され、なぎさは照れる。
「僕がメインだけどミカエル先輩と光一郎先輩もゲスト的に入るから」
「ああ、そうなったんだ。すみれが喜ぶなあ」
「僕はこれから内容の検討をしないとだからちょっと忙しくなる」
「ご要望があればコーヒーを入れるよ」
コーヒーのワークショップにはまだ行けていないが、例のカフェのサイトにあったドリップの方法を熟読し、なぎさなりに今、取り組んでいるところだ。
「頼むことになると思うなあ」
タスクはオーバーワーク気味なのか、少し憂鬱そうだ。それでも動画制作の人から楽しげな撮影の様子を聞いていたから、きっとタスクも撮影当日にはテンションが上がっているに違いないと思う。
「ガンバ!」
なぎさはタスクの背を叩き、リビングにタスクを残して自室に戻った。
動画制作の準備は順調に進み、制作の当日がやってきた。中間試験が終わった5月の下旬の土日だった。雛姫は進行チェックとテスト勉強を並行してやっていたようだが、そこは予備校の広報動画である。無理なく、また、負担がないよう配慮されていた。土曜は午後からの開始で、集合は
なぎさ達生徒3人が神社の境内に到着したとき、そこで待っていたのはタスク達講師3人と制作スタッフの2人、そしてなぎさの知らない、スーツの女性がそこに加わっていた。
ミカエルと光一郎が親しげに話をしていたので、講師か裏方だろうと見当がついた。地味な穏やかなイメージの女性だったので普通の予備校であれば適任な感じだが、アルフヘイムの場合、講師にしては華やかさに欠けているのでおそらく裏方なのだろう。
女性は自己紹介した。
「演出監督の
「演出監督っていうのは、授業を支えているスタッフの1人で、どうすれば生徒の心をつかめるか、授業をわかりやすく展開するかを専門に指導する職なんだ」
ミカエルがほのかの方に目を向けて解説した。信頼のまなざしを向けているのが一目で分かり、なぎさは一目置かれているんだなと感心した。
「オレらは単に『カントク』って呼んでる。たまにヘッドセットから飛んでくる指示にはカントクからのもあるんだぜ」
光一郎が肩をすくめる。後で怒られるようなこともあるに違いない。
「山峯先生はまだ新人さんなので、今日は私が演技指導することになりました。山峯先生は授業の指導にもグイグイついてきて、急速に伸びていますが、屋外での動画撮影となると勝手が違いますから」
穏やかな口調の中に責任感をしっかり持っているのが窺えた。アイドルみたいな美人講師ばっかりだと思っていたが、アルフヘイムの中にもこんな方がいるんだなあと、なぎさは感心してしまった。
動画のテーマは大政奉還から戊辰戦争で、大政奉還は普通の講義パートで軽く説明し、戊辰戦争の一部を掘り下げていくという流れだ。
大神宮の境内を旧幕府軍が本陣とし、新政府軍が市川に陣を張り、戊辰戦争の緒戦となる市川・船橋戦争が始まることを雛姫とタスクがカンペを見ながらカメラに向かって説明する。
ほのかは2人に細かい仕草や台詞回しの指導をして本番に挑み、2度ほど通しての撮影で収録を終えた。さすがに演出のプロで細かい仕草や顔の角度などでかわいらしさや格好良さが変わるのをモニター画面で見ながら、なぎさとすみれは感嘆する。
そして旧幕府軍が劣勢となって大砲から集中砲撃を受けても降伏せず、新政府軍が火攻めで街に火を点け、大風のために船橋市街が何百棟も焼け、大神宮も燃えたという話になる。
なぎさの出番は大神宮の大半が焼けてしまった後に明治13年に建てられた洋風灯台、灯明台の紹介部分だ。今でこそ大神宮は内陸にあるように思われるが、それは海岸が埋め立てられたからであって、国道から西側はすぐ海が望める場所だったのだ。その辺りの今昔も近現代につながるキーワードになる。
ミカエルが灯明台の歴史的説明をし、なぎさが外見から分かることをミカエルに聞いていく形だ。ほのかは目線や、灯明台を見上げるミカエルとなぎさの顎の角度など細かい点を指導しており、なぎさも撮影終了後、ビフォアアフターで試し撮りと本番と比べてみて、確かに良くなっていることを目で確認し、感心した。
その後はもう1カ所の旧幕府軍の陣が置かれた中山法華経寺に向かった。そこには戊辰戦争で境内が焼け、貴重な経文などを持って逃げたという記録が記された碑があり、その紹介だった。これが光一郎とすみれですみれは今月も光一郎を拝めてご満悦だった。
すみれの撮影は一旦終わった。取り直す必要がないかどうか制作の人たちが映像を確認している間に、なぎさは、ほのかに声をかけた。
「ほのかさん、裏方のお仕事は大変ですね」
「なぎささんだったかしら。そうねえ。大変と言えば大変だけど、格好いい男の人とお話しできるのは嬉しいわよね」
素直な感想をいきなり伝えられてなぎさは戸惑ったが、キャラとしては嫌いではない。
「普段はどんなお仕事なんですか?」
「裏のマルチモニターで授業を全部同時進行で見ながら、指示出し。特に姿勢と服よね。よれてたりすると台無しだから」
「やっぱり大変そう」
「私の場合、演出監督といっても演技の勉強をしたわけでもないし、ただの事務職で分析系アイドルオタクだったのに、なんでこんなことになったのかなあ」
ほのかは苦笑していた。雛姫が会話に加わる。
「でも今日はほのかさんの指示で動けました」
「そうそう。ありがとうございました」
「そう言ってもらえると助かるわ。でも、講師のキャラ作りが我が社の強みですから、決してては抜けないんです」
そしてチラリとミカエルに目を向けた。
その視線は熱かった。
はーん、となぎさと雛姫は合点がいった。職場恋愛禁止条項を思い出し、いろいろあるんだろうなと想像を巡らせる。ミカエル先生ほどの美形であれば惹かれてもなんの不思議もない。性格も後輩の面倒見がいいさっぱりした性格だ。好かれて当然とも言える。
「3人のイケメン先生に囲まれる図は乙女ゲーの主人公みたいですね」
そう雛姫に言われるとほのかはまた苦笑していた。
ほのかは制作の人に呼ばれ、モニターを見に離れた。
まだ近くにミカエルとタスクがいたが、彼らは確認することもないようだ。
「ほのかカントク、頑張ってるよなあ――本当に」
ミカエルは感心したように言い、その後、何故か大きなため息をついた。
土曜日の撮影はそれで終わり、解散となった。
日曜日はJK3人の出番はないものの、企画者である雛姫のお供で撮影に参加することになっている。
最寄り駅でタスクと合流し、スーパーでお買い物をする。
エコバッグを両手にまだ陽が落ちていない帰路の間、今日の撮影の話をしつつ、話題はほのかのことにも移る。
「ほのかさんには世話になっているよ。講師の中では恐れられているけど。二日酔いとかで仕事に出た日とか超怖いらしいし」
「それはその先生が悪い」
「風紀委員兼萌えバロメーター係だから人気商売には欠かせないポジションだ」
「萌えバロメーターって」
なぎさはツボにはまって笑ってしまう。
「ほのかさんって、ミカエル先生のこと、好きでしょ?」
「かもね。口にはださないけど」
「職場恋愛禁止だものね」
「ミカエル先輩だってコンセプト上、いつまでもあの仕事ができるわけじゃないから、先のことは考えているんじゃないかな」
「え? それって両思いってこと?」
「鋭いね。僕はそう見ているんだけど女の子の目から見てどう?」
「うーん。それは情報が少なすぎて分からない」
「でも僕じゃ恋愛経験がなさすぎてあんまり当てにならない見方かな」
「なるほど」
人それぞれ、いろいろなことを抱えて生きている。人生が交わって、人の関係性が生まれる。それがいい方向に向くのか悪い方向に向くのか、運も当然あるだろうが、それ以上に本人の心がけが大切だ。ミカエル先生も今のタスクのように未来のビジョンがあってそこに向かうときがあるのなら、ほのかさんも動くときが来るのだと思う。
「大人になっても迷うんだね」
「僕なんか迷ってばかりだ」
「お互い頑張ろう」
「うん」
そして2人はマンションのエントランスに入った。
翌日の撮影は市川近辺の主に戊辰戦争で亡くなった新政府軍の兵士のお墓や旧幕府軍の陣地が置かれた弘法寺や、切腹した神社にあるお地蔵様などの撮影が行われた。もちろんそれらの存在をなぎさは全く知らなかった。
結局のところ、自分が住んでいる街の歴史をたどることで授業内容とつながることがあるということだ。歴史を勉強して何になるという人もいる。しかしそうではない。歴史は今につながっていると実感できた2日間だった。
自分の人生という歴史も父母の人生という歴史につながり、いつかは誰かとそれを紡ぐだろう。歴史は人々の生き様の一面だ。
その思いを大切にして勉強をしようとなぎさには思えた。
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