第6話 美形揃いの至高の歓迎会

 タスクの大学の先輩である2人の美形講師、ミカエルと光一郎が来たのは、なぎさが着替え終えた5分後のことだった。


 玄関でタスクと2人で出迎えたが、2人の華やかさになぎさは思わずくらっときた。 


「お邪魔しま~す。なぎさちゃん。体験入校で受講してくれてありがとう」


 モデル級美形金髪ハーフの英語講師のミカエルが白い歯を見せて笑った。


「初めまして~ 大原光一郎です。数学を受け持ってます。オンラインで俺の授業とってくれたんだね。ありがとう」


 清廉潔白な体育会系かつ特撮ヒーロー風のイケメン数学講師の光一郎はタスクの隣に立つなぎさの顔をのぞき込んだ。


「うわ~ タスクがいつも話すわけだ。本当にかわいい」


「タスクも美形だから、従姉妹が同系列の顔でも不思議はないよね」


 2人とも高身長なのでマンションの天井が低く見える。


「はい、これお土産」


 ミカエルからなぎさに手渡されたエコバッグには焼き鳥のパックが目一杯詰められていた。


「そこの焼き鳥屋さんの焼き鳥、全部買ってきたよ」


「残ったら明日のお弁当にでもすればいいさ」


 光一郎はエコバッグを両手に持っている。重そうだ。アルコールと乾き物だろう。


「先輩、どうぞ上がってください」


 タスクは平身低頭である。


 2人の先輩がスリッパを履き、リビングに通す。


 そして手荷物を床に置き、座卓前の座布団に2人ともあぐらをかいた。


「あ~疲れた」


 光一郎は自分の肩を揉む。


 ミカエルは手荷物からポテチの袋を取り出し、いきなり開けた。


「初日は緊張するよね。でも、生徒の方が緊張してるか」


 2人の超絶美形がおっさんみたいなことをしているのはなかなかセンセーショナルだが、親近感もわく。美形である前に彼らも社会人であることは間違いないのだ。


 タスクはエプロンを着けて、コンベンションオーブンで冷凍ピザを焼いている。


 なぎさは冷やした方が良さそうなアルコールの缶を冷蔵庫に持っていく。


 冷凍ピザが焼き上がって美形が3人座卓に集まると凄い光景になる。


「なぎさちゃんもおいでよ。ノンアルコールビールも買ってきて貰ってあるから」


 タスクに呼ばれ、なぎさはタスクの右隣、向かいにミカエル、左に光一郎というポジションに座る。


「ノンアルコールビールなんて飲んだことないんですけど」


「まあ勉強だと思って。違法じゃないんだからさ」


 光一郎がノンアルコールビールの缶を開け、なぎさに手渡す。


「みんな持ってるね。じゃあ、タスクの就職を祝って乾杯で」


「かんぱ~い」


「乾杯」


「――乾杯、です」


 初めて飲むノンアルコールビールはただ苦いだけの炭酸飲料だった。


 光一郎はいきなり1本飲み干し、もう1本、缶を開ける。


「いいのかなあ。私の友達、光一郎先生の授業をライブで受けられるって今日、大喜びしていたんですけど、今、その光一郎先生が私の隣でビール飲んでるなんてちょっとズルしているような……」


 光一郎は目を細め、ビールを味わいながら答える。


「今、オフだから。しかも知り合いの家だし。タスクの従姉妹だからって別に特別扱いするわけじゃないからいいと思う」


「私はちょっとサービスしたけどね」


 ミカエルが笑いながら言った。体験入校のときの名前呼びの話だろう。


「かわいい女の子にはサービスしたくなるのは男として正常だと思うんだ」


 ミカエルの笑顔は心臓に悪い。その微笑みはもはや3次元のものではなく、RPGのCGパートに見えるほどだ。


「いつも女の子に囲まれているからって言っても手を出すのは厳禁だからな。ストレスがたまるよ」


 光一郎は座卓の上に広げたパックの山から焼き鳥1本をとり、頬張る。


「おお、ここの焼き鳥、美味しいね」


「隣の建物の焼き鳥屋さん、どれも美味しいですよ。ピーマンの肉詰めなんてお弁当のおかずにぴったり」


「やれやれ。ピーマン苦手だけどそういわれたら試してみようかな」


 ミカエルはピーマンの肉詰めを食べる。


「ああ、これなら大丈夫。挽肉とのバランスがいい」


 なぎさは思わず笑顔になるが、タスクが黙って焼き鳥を食べているのが気になった。


「どうしたのタスクくん。疲れてる?」


 不機嫌そうな顔をして、タスクはなぎさに目を向けた。


「こいつ、なぎさちゃんを俺たちにとられたと思って妬いているんだよ」


 光一郎が指摘するとタスクはようやく口を開いた。


「――いけませんか?」


 ミカエルがめちゃくちゃ笑顔になる。


「とってもいいよ。嫉妬するのはその女の子が好きな証拠だからね。タスクに女の子の噂が一切なかった理由がよくわかったよ。こんなにかわいい従姉妹がいたんじゃ仕方がないね」


「せ、先輩! そんなこと、今ここで言わなくてもいいじゃないですか」


 ――そうなのかな。タスクくんは私がタスクくんのことを好きなように好きでいてくれるのかな。


 タスクはかわいいとは言ってくれるが、好意を直接的に表現してくれたことはこの半月の間、1度もない。手を握ったこともない。実は妹みたいなものと思われているのだと感じてすらいた。


 光一郎はまた1本、缶ビールを空にした。


「ただのロリコンだと思っていたが、ちゃんとその対象が歳をとってもOKならロリコンじゃないな。詫びるわ」


 その光一郎の爆弾発言になぎさは頭の中が真っ白になる。


 ミカエルが面白おかしそうに更にタスクの秘密を暴露する。


「知ってる? 大学の時のこいつのスマホの待ち受け画面、とってもかわいい女子小学生だったんだよ」


「今は違います!」


 今は、ということは実際にそうだった、ということだ。


「タスクくん――見せて」


 なぎさの目は細くなってしまう。


「だって――その、うまく言えないけど」


 タスクはスマホを取り出し、画像をなぎさに見せる。


 それは小学6年生のとき、最後に会った時に撮った、自分とタスクのツーショット写真だった。もちろんなぎさも同じ画像を持っている。


「うわあああ~」


 タスクはスマホをしまって、両手で顔を覆った。


「いや――めちゃめちゃ嬉しいんですけど」


「なぎさちゃん、優しい」


 タスクは救われたような目でなぎさを見た。


「いいなあ。幼なじみの従姉妹の美少女とか。勝ち組だよ」


 ミカエルはようやく缶ビールを1本空けた。なぎさは首を傾げる。


「そもそもミカエル先生も光一郎先生もめちゃめちゃモテそうじゃないですか? なんでそんなことを言うんですか?」


「基本、私達は周囲での恋愛禁止だから出会いがないんだよ」


「女性の同僚とナイショで付き合ってる奴もいるけど、双方違約金とられる可能性を考えると危険すぎて手が出せん。少なくとも俺はそうだ」


 光一郎の食いっぷりはすごい。次々焼き鳥を食べていく。美形の食いっぷりがいいのはそれはそれで魅力だと思う。


「そうだったんですね」


「なのに女の子と特別授業デートしなくちゃならんとかキツすぎる」


 イケメンなのにそれを商売の基本にしてしまったが故の悲劇だ。


「あ、でも生徒に手を出した講師、いるんだってね」


「純愛だったって俺は聞いてる」


「それはそれで私は憧れるな。どこがボーダーラインなんだろう」


 個人特別授業デートがあっても安心だと一瞬でも思った自分をなぎさは詰る。男性講師側も出会いを欲していれば、当然、秘密の関係にだってなり得ると言うことだ。


「その点、お前はいいよな。もう家族みたいなもんだもんな」


 光一郎は焼き鳥の串でタスクの頬を突く。危なくないようにとがっていない方だ。


「なぎさちゃんは家族ですから」


 そう言うとタスクは真っ赤になって俯いた。


「タスクくんがそう言ってくれて、少し安心した。転居先が見つかったら、引っ越していっちゃうかもって考えていたから」


「――引っ越したくないよ」


「嬉しい」


「うわ~ 私達がいるのにいちゃつき始めた」


独身オレたちには目の毒だ」


「でも、なぎさちゃん。来月は私のライブ授業に出られるように英語もがんばってね。期待しているし、質問はどんどん受け付けるよ。システム外でも」


「え?」


「あ、俺も俺も。数学、重要だぜ」


 2人してスマホを取り出し、二次元コードを出した。


 なぎさはタスクの顔色をうかがいつつ、スマホを取り出す。


「――遠慮することないよ」


 なぎさにはタスクが意を決して言ったように思われた。考えてみればこの美形先輩2名が自分に興味なんて抱くはずがない。純粋に自分の勉強のために違いない。


 なぎさは2人と連絡先を交換する。


「あ、そうだ。私の友達が光一郎先生のファンなんですけど、機会があったら会って貰えますか? 私だけこんないい目にあうの申し訳なくて……」


「う~ん。勇気が出たら」


 当たり前だが、禁止事項に該当するので光一郎はあまり乗り気ではないようだった。


「でもさ、偶然、タスクの家に遊びに来たら、その子がいたのなら、いいんじゃない?」


 ミカエルがにやりと笑う。光一郎は肩をすくめる。


「偶然いたら――ね」


「そんな、なぎさちゃんの家を便利に使わないでくださいよ」


 タスクは先輩2人に釘を刺す。


「ケチだな」


「これはなぎさちゃんのお母様を籠絡する必要があるかな」


 ミカエルがそう口にした矢先、なぎさの母が帰宅してリビングまで来ると目を丸くして言った。


「想像を絶する美男子揃い」


「お邪魔しております。大原です」


 光一郎は正座して礼儀正しく軽く会釈し、ミカエルは立ち上がって一礼し、なぎさの母の手をとり、接吻のジェスチャーをする。


「初めまして。タスクの先輩の斉藤と申します」


「え? 斉藤さん?」


 ミカエルの外見からは斉藤という純和名はそぐわない。そのためなぎさの母は聞き返さざるを得なかった。


「ミドルネームをミカエルと言います。どうぞ、ミカエルとお呼びください。英語だとマイケルだろって突っ込みはなしでお願いします」


「ミカエルさん……」


 なぎさの母はぼーっとしてしまう。やばい。術中にはまっている。


「お母さん。これは罠だから」


「何の罠かしらないけど美男子の罠なら喜んでかかるわ! 冗談だけど」


 心臓に悪い冗談だ。


「いえ、たまにこうしてここで飲ませていただければ助かると。なにせ私達、目立つので外で飲むといろいろありまして……」


「事前に言ってくださればもちろん大丈夫ですよ」


 大人の返答があり、ミカエルは振り返って光一郎と目を合わせ、にやりと笑った。


 明日も授業があるので深酒することもなく、タスクの歓迎会はお開きになった。


 タスクは外まで2人を送っていき、なぎさは後片付けを始めた。


「すごい人たちだったわねえ」


 母もあまりの美形ぶりに感心するやら呆れるやらである。


「人気講師なのも分かるよね」


「じゃあ、得しちゃったわね」


 何の得かは分からなかったが、母はそう言ってキッチンに引っ込んだ。


 タスクが帰ってきて、はぁと大きなため息をついた。


「疲れた」


「お疲れ様」


「片付けて貰っちゃったんだね。ごめんね」


 きれいになった座卓の上を見てタスクがなぎさに謝る。


「いえいえ。こちらこそ焼き鳥ごちそうさまでした、ですよ」


「あの2人の前だと僕なんか霞んじゃうよね……」


「2人のテンションが高かったから影が薄くなっただけだよ。2人ともよほどストレスがたまっているんだと思うよ」


「そうかな」


「あとね、嬉しかった。タスクくんが私の写真を待ち受けにしてくれていたなんて」


「――かわいいから」


「私もあの画像を待ち受けにしよ」


「ええっ! そうなの?」


「誰かに見られてもあの画像のタスクくんと今のタスクくんは結びつかないから大丈夫」


「そうだね……」


 タスクは深呼吸して、それから言った。


「あの2人のことだから連絡先を悪用するようなことはないと思うけど、気をつけてね」


「うん。もちろん。大丈夫だよ」


 そう答えるや否や、立て続けに着信があった。


〔ミカエルです。よろしくね〕


 そして続いて英語の問題が投稿された。


「いや、マジか」


〔光一郎です〕


 同じように数学の問題が投稿され、また2回着信があった。


〔明日までに解いてくるように〕


 2人とも同じ文面のところを見ると申し合わせてやった悪戯だろう。悪戯でも解かねばならないことは間違いない。


 タスクとなぎさはスマホの画面を見て、お茶目な2人を思い返し、顔を見合わせて笑った。

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