残業とキス
とある日の仕事中。
「佐渡さん…ごめん、この資料営業部に届けてもらえる?」
「はい、お任せください」
完璧な営業スマイルを貼り付けて
ズッシリと重い資料を受け取る。
資料の一番上には "
三越さんとは…
営業のエースであり事業管理部長をも務めている
まぁ…とにかくすごい偉い人。
確か年齢は35、6とかそこらで人望もある出来る男。
そんな三越さんと
接点を持ちたがる女子社員はかなり多い。
…この資料も私じゃなきゃ
"喜んで!" って感じなんだろうな。
*
「あの…三越部長いらっしゃいますか?」
「今呼びます。お待ちください」
三越さんと話すのは確か…2回目くらい。
受付嬢と営業トップなんぞに接点はなく
なんならチャラチャラした部署くらいにしか
思われていないだろう。
はぁ…やだやだ。
こんなマイナスなことしか想像出来ないなんて。
「あーごめん、待った?」
そんなことを考えていると、三越さんが現れた。
「いえ…お忙しいのにすみません。こちらの資料を片山様より頼まれましたのでお届けに参りました」
「ありがとう、助かる」
爽やか…の中に少し男臭さ?があるような。
誠実そうだし…あの人とは大違い。
「では、失礼いたします」
一礼して去ろうとした私は、三越さんに肩を掴まれた。
「——っあ、と…ごめんな、いきなり。ちょっと話せる?」
「…………はい」
え、え、…なにこの展開。
何が始まるの……
三越さんと向かう給湯室までの道のりはすごく居心地悪く
給湯室へ着いた頃には、なんだかどっぷり疲れていた。
「……ごめん、急に声掛けて。大丈夫だった?」
「あ…はい、仕事は。女子社員の眼差しは…怖かったですが…」
「?? ——…あ、まぁ、早速本題なんだけどさ」
「あ、はい…」
「……佐渡さんって、もしや瀬島と仲良い?」
「……え。なぜ…ですか?」
「いや、一緒にいるとこよく見るから」
「………あ、っと………良くは、ないです」
「……そっか」
残念そうにする三越さん。
なんで急にこんな話題になったのか分からない私は
その話を掘り下げることにした。
「…あの、なにかあったんですか?」
「……いや、まぁ、実はさ…新しい事業を立ち上げる計画があってね。地方で」
「…はい」
「瀬島をそこのリーダーに任命したいなって…思ってるんだよね」
いわゆる "栄転" てやつか。
女にダラシないくせに、やっぱ仕事出来るんだな…
「…ん? 仲良ければ説得してほしいとかって話ですか?」
「あーいや、違うんだ。結婚はしてないって聞いたんだけど、彼女とかいんのかなって。俺が決定を下して辞令出したら絶対になるから…一応知りたいなって」
「……そういうことだったんですね」
そうか…地方に行くかもしれないのか、瀬島さん。
それは、ある意味好都合かもしれない。
「瀬島さん、彼女いないんできっと大丈夫ですよ!!」
「え、まじ?」
「はい、栄転なんて誰でも喜びます!!」
瀬島さんともう会わなくて済むなら
地方にでもなんでも行ってくれとすら思う。
「そっか、聞いて良かったよ、ありがとう!!」
「全然です」
悪いことした気持ちにはなったけど
自然と後悔はしてなかった。
給湯室を出て、受付へ戻った。
また営業スマイルを浮かべて
お客様を出迎えて…
そして…就業時刻になった。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
皆んなを見送って、受付を掃除した私は
なんとなく瀬島さんがいる部署へ足を進めた。
もういる訳ないけど…なんか無性に会いたくて。
*
「……あ、電気」
チラッと顔だけ出すと…
瀬島さんと女子社員の姿が見えた。
「すみません、こんな時間まで…」
「全然大丈夫です、良かったです。終わって」
「瀬島さん、この後って何かご予定ありますか? 出来たらお礼をしたいのですが…」
「嬉しいですけど…ごめんなさい。今日彼女とデートなんです」
「…?! ええっ……あの残業していただいて大丈夫だったんですか…?」
「大丈夫です、彼女…寛大なんで」
来なきゃ……良かったかな。
別に何したかったとかないけど
彼女と予定あんなら私は邪魔だよね。
結局、瀬島さんに会わずに
再びエレベーターホールへ戻った。
…あれ、何しに来たんだ、私って。
ふと独り身なことが虚しく感じて
後ろを振り返ると……
…瀬島さんと目が合った。
「…さっきいたの、お前?」
「…………」
「気配隠すの下手すぎ。なんか用だった?」
「いや……別に」
「暇ならご飯行く?」
「……は、 "彼女とデート" って、」
「あーあれ嘘」
「え…?」
「俺だって誰とでもご飯行かないよ、さすがに。役職ついてるし、それなりに距離感は保っときたいんだよね」
思ったより、ちゃんと考えてるんだ。
…なんて失礼なことを思った。
「——で? ご飯、行く?」
「いっ……かない」
「へー…そ。残念」
瀬島さんの声が…いつもより響く気がする。
ほとんど人のいない静かな社内。
エレベーターの扉が開く音すら
大きく聞こえる状況で
2人で乗り込んだエレベーターの中は…
なんか息するのさえしんどくて。
「楓…」
「……」
瀬島さんの匂いが、さっきより強く感じて。
その匂いに包まれた頃には
どちらからともなく、唇が重なっていた。
一刻も早く嫌われたい 檸檬 @usagisan0215
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