彼氏の定義とは



「———…え?」


 ハッキリと聞こえた言葉を聞き返したのは

 私の中で"彼氏"という定義が曖昧だったからだ。



「だから、俺たち別れよう」


「……」


 休みの日のお昼時。


 キラキラ女子がインスタ映えするお店でカフェをする中

 その場に似つかわしくない私と陸の別れ話。


 ……てか、付き合ってたのか



「高校時代もそうだけど、今だに同じ会社とかありえねぇ…」


「え…今更?」


「俺はずっと嫌だったんだよ。お前の側に湊がいんの」


 どの口が言ってんだ。自分も浮気してるくせに。


「てか付き合ってた?私達。連絡だってしない時のが多いし、時間つくってまで会おうってならないし…都合良い時に彼氏いるって陸を使ってただけで、本当に彼氏とは思ってなかったよ?」


「……なんだそれ、」


「陸だってそうでしょ?」


 高校時代から陸に好意を抱いたことは一度だってなかった。


 それでも付き合っていたのは

 瀬島先輩の近くに理由なくいれるから…ただそれだけ。


 だから浮気されてても何も心は痛まなかった。


「……楓って性格キツいよな。昔はそんなんじゃなかったのに」


「陸と瀬島さんと一緒にいたら性格も歪むよ」


は純粋なままだけどな」


 …紗奈、山越やまごえ 紗奈さな


 瀬島さんの高校時代の美人の彼女。


 今では別れているが

 瀬島さんの付き合う女性は紗奈さんが基盤だ。


 綺麗で儚くて素直で純粋で笑顔が絶えない、そんな人。


 私みたいに嫌味なんか言うことは絶対ないし

 喧嘩する理由はいつだって"不満を言わない"から。



「……。お前、湊のこと好きなの?」


「……は?」


「紗奈の名前出した途端、怖い顔したから…」


「…好きじゃないよ、あんな人」


 "好きじゃない"と口から出た瞬間

 好きと心が泣いている。



 私が好きと言っても彼女と別れない最低男は

 私が確実に断ってくると分かっているから

 愛の言葉を口にする。


 卑怯者で最低などうしようもないクズ。



「…可愛くねぇな」


「もう話終わりなら行っていい?」


「……あぁ、良いよ」


「じゃあ…」


 椅子を引いて立ち上がった私に

 座ったままの陸は頬杖をつきながら言った。


「湊、性格は別として顔だけなら楓が一番好みの顔らしいよ」


「……何、言ってんの?」


「学生時代言ってた」


 最後の最後にどういうつもり…?


 放心状態の私を見て

 陸は吹き出したように笑った。


「楓とは長かったし、俺からの最後のプレゼント」


「……いらないし」


「良いじゃん、素直に喜んどけよ」


 素直に喜べないくらいまで成長してしまった私は

 表情を崩すことなく陸へ別れの言葉を告げた。


 お互いに

 人生で引っ掛かることもない浅い恋愛が終わった。



 *



 カフェを出た私は自然とスマホを手にしていて

 躊躇なく、さおりんに電話を掛ける。


「あ、もしもし さおりん?彼氏と別れたー」


『…え?!』


「なんか飲み会セッティングしてほしい」


『…いや、え、大丈夫?!』


「大丈夫大丈夫」


『ヤケになってない?』


「なってないよー」


 ヤケになってるけど

 今の出来事でなった訳じゃない。


 ずっと前からずっとヤケだ。



 まるで自分が自分じゃないみたいに

 物事を切り捨て、切り替えることが出来る。


 きっと瀬島さんもそんな感じなんだろう。


 大して執着心のないものを沢山手に入れて

 自分自身は傷付かぬように高みの見物。

 手に入れたものが壊れようがお構いなしで

 ゲームをするかのように選択肢を選んで

 お話しを進めていくだけ。


 ムカつくくらいイージーゲーム。


 そしてそんな私はきっとマリオでいうとこの

 クッパではなく、ノコノコレベルで…——。




 * * *



「え、みんなめちゃくちゃ可愛い!!」


「私と楓は同じ会社で、この子は不動産の営業やってるの」


「彼氏いないとか周りの奴見る目ないなー」


 普段、瀬島さんと対峙してる私からしたら彼等はノコノコレベル。


 堕とすのなんかなんてことない。



「楓ちゃん、めちゃモテるでしょ!!」


「全然モテないですよ」


「いや俺の会社にこんな可愛い子いないもん!!」


「ふふっ…ありがとうございます」


 よそ行きの自分を演じて飲み会に参加して1時間。



 一時休戦してさおりんと向かったトイレでは

 勝手な見解を元に寸評が行われていた。


「どー?」


「んー…タイプはいないかな…」


「みんなスペックは高いけどね」


「優しいしね」


「楓は普段瀬島さんとかで目が肥えてるから」


「…瀬島さんなんかよりずっと素敵だけど」


「ただ興味ないでしょ?」


 鏡越しに聞いてきたさおりんに小さく頷いた。


「だーよーねぇぇ…難しいなぁ…!!」


「ごめんね、さおりん…私好みって好みがなくて…」


「え、瀬島さんじゃないの?」


「え…いや、そんな訳…」


「いつもあんなに熱視線向けてるのに?」


「……」


 ……え、私ってそういう風に見られてたの?


 それは、なんか……やばくない?


「まぁ、どーせ彼氏いないしワンナイトでも楽しむかー!!」


 メイクポーチを閉め

 気合い十分のさおりんの背中に複雑な表情のまま着いていく。



 側から見たら、私って瀬島先輩のことそんなに見てたんだ。

 という信じたくもない現実が私の頭の中で渦巻いている。



 なんとかしないと…



 気合いを入れ直し再び席へ戻ると

 私の向かいに座っていたノコノコAが急に手を上げた。


「あ、こっちこっちー!!」


「え、なに?」


「ごめん、近くで知り合いが呑んでるっつーから呼んじゃった」


 ノコノコが何人来たって何も動じない。


 気にせずお酒のグラスを傾けていると


「急に来てすみません」


 聞き覚えのある声がして…

 パッと正面を見ると、そいつと目が合った。



「———…クッパだ…」


「え、クッパ?」


「…??!!? あ、いや…」


 私の目の前に

 涼しい顔して座ったラスボスの瀬島さんの頬は

 少し赤く染まっていた。


「……呑んでたんですか…?」


「うん、取引先とね」


「………というか、なんでここに…」


「呼ばれたの」


 …へー。


 彼女いるのに呼ばれたらホイホイ来るってか。


「……暇なんですね」


「そう、暇。構ってくれる?」


 ……また、そうやって…


「他当たってください」


 瀬島さんと話しても何もいいことない。


 そもそも瀬島さんが来た時点で

 他の男性に勝ち目ないし

 なんで呼ばれたのかも分からないし…



 "ごめん、急用出来たから帰るね"

 そう、さおりんへ連絡を入れると何かを悟ったさおりんは

 私の方を見て頷いた。


「…すいません、私急用が出来てしまって」


「えー!!帰っちゃうの?」


「すみません…」


「じゃあ、連絡先教えて?」


「……え」


「今度また会おうよ。2人でも皆んなでも良いし」


 嬉しくないけど、教えるべき?


 断ったらなんかすごい高飛車な女みたいだし

 連絡先くらい良いかな、別に。



 悩みながらスマホを取り出した私は

 瀬島さんと目が合った。



「……」


 な……に。


 なんでそんな目で見てるの…?



「良い?交換」


「……あ、っと、はい…」


 瀬島さんに見られながら連絡先を交換するのは

 浮気してるとかじゃないのにしてるみたいな

 そんな気持ちで…


 少し手が震えた。



「…あ、じゃあ…帰ります」


「うん、またね!!連絡する」


 しなくて良いよって思ったのは内緒にしとこう。



 飲み会会場である飲食店を出て

 帰る為にタクシー乗り場へ向かう。


 あーあそこのお店の海老のフリット

 ちょー美味しかったなぁ。

 今度一人で行ってみようかな…


 カウンター席あったっけ———…



「なんで帰ってんの…っ」


「……は、」


 急に腕を掴まれて

 振り向けば息を切らす瀬島さんの姿。


 状況が飲み込めなくてただ見つめるだけの私に

 瀬島さんは呆れながら俯いた。


「俺なんの為に行ったと思ってんの…」


「……え、なんの為?」


「…楓がいるって聞いたから行ったんじゃん」


「…」


 2人の時だけ下の名前を呼ぶ、ずるい人。


「……嘘。女の子漁りにでしょ…」


「漁る必要ないでしょ、彼女いんのに」


「なら私がいるからって来る必要ないじゃん…」


「楓は別でしょ」


 ……別か。


 特別って、そう言われたかったな。



 掴まれていた腕を振り払い

 手を挙げてタクシーを停めた。


「もう帰るから。後は楽しんで」


「なんで、飲み直そうよ」


「…瀬島さんの家なら良いよ」


「……それは無理」


「うん、知ってる」


 知ってて言ってる。


 だって家には彼女がいるから。



 あーバカバカしい。



 瀬島さんを残して、タクシーへ乗り込んだ。



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