上司という名の加害者



「はい、受付の佐渡です」


『瀬島です』


「…瀬島さん、ご用件をお伺い致します」


『A会議室に来てくれない?片付けで人足りなくて』


「承知致しました。では私が1で片付けますので」


『そ?ごめんね、よろしく』



 そう電話を切ったのが今から10分前。



 *



「……なんでいるんですか」


「楓を待ってた」


 得意気に笑う瀬島さんの目の前にいる私は

 愛想笑いさえ出来ないくらい顔が引き攣っていた。



「私、1人でやるって言いましたよ」


「うん、だから片付けは1人でやって」


「…なんですか、"片付けは"って」


「ちょうど昼時だし…ランチ行かない?」


「行かない」


 秒殺で会話が終わると、少しの沈黙が流れて


「有名なイタリアンご馳走するよ」


「……」


 ダメ押しの一言も完全にスルーした私を見て

 瀬島先輩は短く溜め息をついた。


「可愛くないよね、佐渡さんって」


「ならもっと可愛い子を引っ掛けてください」


「佐渡さん以外に可愛い子なんていないよ」


「……冗談キツいですよ」


 息を吐くように嘘を吐く先輩に辟易へきえきしながら

 パタパタと動き回り、片付けていく。


 そんな私を目で追いながら、先輩は言った。


「陸とまだ会ってんの?」


 その名前を聞いて一瞬動きが止まった私を

 先輩は見逃さなかった。


「…会ってるんだ」


「……」


「あいつ元気にしてる?」


「……関係ないですよね、せんぱ…——」


「……へぇ、まだ俺のこと呼びなんだ」


 ハッ、とした。


 なにやってんだ私…

 瀬島さんと話すことが多いからって

 昔に戻った気になって…


 笑えないって。


 過去は捨てたのに———。



「…間違えちゃっただけです。それより片付け終わったので私もう行ってもいいですか?」


「うん、良いよ。ありがとう」


 頼んだのは自分のくせに

 興味なさそうに吐き捨てた瀬島さんは

 こちらを見ることもない。


「ではお先に失礼いたします」


 最後まで目が合わなくて

 茶番に付き合ってあげてるのは私の方なのに

 まるでこっちがフラれたみたいな

 虚無感が押し寄せた。


 …は、バカらしい。


 呼ばれて行かないなんて

 瀬島さんが上司である以上出来る訳ないけど

 極力関わらないようにしよう。



 そう決めてすぐのことだった。


 私用のスマホが鳴り

 ディスプレイに表示されていたのは

 "田中たなか りく"の名前。


 タイミング悪いその電話に警戒しながら出た。



「…はい」


『仕事中にごめんね、今ちょっと話せる?』


「………あぁ、うん、」


『楓さ、明日の夜空いてる?』


「……えっと、夜…?夜…なにか…」


『久しぶりに会おうってなってさ、湊と』


「……、」


 "達"って、そういうことだよね…。



 さっきの今でわざわざ陸に連絡を入れたのか。


 ……なんて趣味の悪い。


「…仕事、忙しいから…難しい……かな、」


『そうなの?体調とか大丈夫?』


 歯切れ悪く答えた私を本気で心配する純粋な陸に

 理不尽にも腹を立てながら"大丈夫"と答えると

 電話の先から聞こえたのは女性の声。


「……陸、今どこにいるの?」


『自分ん家だよ』


「1人?」


『……1人』


 あからさまな間に、呆れて笑いが込み上げた。


「…そっ、か。じゃあ私仕事戻るから、また」


『うん、分かった。またね』




「はぁ……付き合ってるって言うのかな、これ」


 電話を切って、自然と出た溜め息と本音。



 瀬島さんの甘い言葉も、陸の優しさも

 全て何にもならないだと私だけが知っている。


 高校時代からダラダラと関係を続けて、早8年くらい。


 意味があるのかな……今の関係に。



 受付へ戻った私に同じ受付嬢のさおりんが擦り寄ってきた。


「いーなぁ…お呼び出し」


「ただの雑用だよ」


「いーや、あれは愛があると見た!!」


「ないない…。高校時代の後輩だしなにかと頼みやすいだけでしょ」


「ふーん…。でもさ告白されたら付き合うでしょ?」


「ないよ、私彼氏いるし」


「えー彼氏じゃないって前は言ってたじゃん」


「やっぱり彼氏だったの」


「なんだそれ」


 今の私は昔の純粋な私とは違う。



「……あ、瀬島さん」


「……!」


「お疲れ様、さっきは片付けありがとう」


「………お疲れ様です、」


「これ、この前出張行った時に買ったんだ。好きでしょ、佐渡さん。良かったら食べて?」


「…あ、ありがとうございます」


 受け取った紙袋はずっしりと重くて

 少し中を覗くと色んなお菓子がはいっていた。


「……こんなに? 瀬島さん私の好きなもの知らないんじゃ——」


「ははっ、聞いたことないしね。全部嫌いだったら皆で分けてよ。それじゃ」


 …全部好きで、全部嫌い。


 "好きでしょ?"と聞くのに"なにが好き?"とは聞かない。

 "好きじゃない"そういうと"じゃあ好きになって"と

 自分勝手なことばかり言って、また私を困らせる。


 なにがしたいのか分からない…



 瀬島さんが手を振りながら過ぎ去った後

 さおりんはうっとりとした瞳で瀬島さんの背中を追う。


「かぁっこいい…」


「さおりんは惚れやすいよね」


「いや、あの顔面はやばいっしょ!!国宝級っしょ!!」


「でも性格適当じゃん…あまり人に興味なさげだし」


「んー確かに。ただ彼女にはすごい優しいみたいね…」


「…………へぇ、そうなんだ」


 聞きたくない、そんなこと。



 気付いたら紙袋を持つ手に力がこもっていた。

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