一刻も早く嫌われたい

檸檬

給湯室での攻防



「付き合ってほしい」


「……無理です」


「どうして?」


「……"どうして?"」


 は、分からないの?


 決まってるじゃん…。



 好きじゃないからだよバーカ。



 * * *



 佐渡さわたり かえで(26)

 商社の受付令嬢をしている。


 そして真剣な目で言い寄ってきてるのは

 瀬島せじま みなと(28)

 会社の先輩であり、高校の先輩でもある彼は

 何故か高校時代から執拗に言い寄って来る。


 卒業して離れられたと思ったのに

 入社した商社に……彼はいた。



「…瀬島先輩ってモテないんですか?」


「ん?モテるよ」


 嫌味で吐き捨てた言葉をサラリとかわされる。


「え、じゃあなぜ私に?」


「…え、好きだからだよ」


「…は?」


 だから、なんで?



 好きと言われてこんなに腑に落ちないのは

 彼に彼女がいるのを知っているからだ。


 高校の頃から学年一可愛い人と付き合っていて

 学校中の憧れの的だった。

 だから告白された時は自然と言葉が口から出た。


 ———"は、なんで?"って。



 今だって彼に彼女がいることは同期から聞いて知っている。


 だから意味が分からない。そしてうざい。



「遊びのつもりならタチ悪いですよ、先輩…」


「遊びじゃないから大丈夫」


 なにが"大丈夫"なのか…


 月に1回、こうして呼び出されて

 不毛な時間を過ごす私の身にもなってほしい。



 彼をギロリと睨むと

 貼り付いたような爽やかな笑顔が返ってきた。


「昔からだよね、楓は」


「……名前で呼ぶな」


「じゃあなんて呼べばいい?」


「……ふつーに"佐渡さん"で」


「…その呼び方は距離があるな」


 ……いやいやいや。


 距離ありますから、元々!!



 あーうざい。うざいけど…

 誘いを断れない関係性なのもムカつく。


 先輩は彼女がいるのに告白してくるような卑怯者に加えて

 会社では若くして部長の座に就いている。

 愛想と顔が良いだけで何でも手に入って来たのだろう。


 私にとってはそれが更に嫌いを加速させた。



「もうそろそろ嫌いになってくれませんか?」


「それは無理」


 "なぜ?"と言おうとして開いた口は

 彼によって塞がれた。


「———は、」


 一時停止した私の思考回路は

 自然と動いた体によって再起動した。


 パシンッ…


 鈍い音が給湯室に響く。


「…いってぇ、」


「私に触れんなクズ」


「こんだけ言い寄ってんのに何がダメ?」


「OKもらえると思ってるのがダメ」


「あー…そう…」


 まじなんなんだ…


 重なった唇の感触を消し去る為に

 必死に拭ってさっきよりも強く睨み付けた。


「用ないならもう行っていいですか…」


「なに警戒してんの?」


「普通するでしょ」


「じゃあ、もうしないから後5分ここにいて?」


「帰ります」


 出て行こうとした私の腕を掴んだ先輩の手を

 強く振り払って給湯室を出た。



 先輩の紡ぐ言葉はガムシロップより甘く

 後味はコーヒーより苦い。


 もう一度強く唇を拭い受付へ戻った。




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