第3話 思考停止
家の中にある囲炉裏が何んとも味わい深い。
灰の中に埋まっている炭を取り出した老人は慣れた手つきで炭に火を起こした。
「とりあえず風呂沸かしてやっからそこで待っとけやな」
老人はそういい残すと家の奥に消えていった。
囲炉裏からユタリと煙が立ち上る。
時折“パチパチ”と炭の弾ける音が心地よい。
時間の経過も忘れ天高く登る煙を眺めていると老人が呼ぶ声がしたので立ち上がった。
声がした方を頼りにいそいそと向かうと釜のお風呂が姿を現した。
「熱かったら横の水で薄めて入りなや」
風呂場に付いている小窓から老人がひょいと顔を覗かせて言った。
「タオルはそこの使え」
無造作に置いてあるタオルに目をやった。
グチャっと無造作に置いてあったタオルを恐る恐る指でつまみそーっと匂いを嗅いだ。
ほのかにいい香りが鼻腔に広がる。
「お爺さん疑ってごめん」
小声で謝罪してそそくさと服を脱ぎ、熱々の釜に水を差しながら適温に調整して中へ入る。
釜の淵から溢れ出したお湯が滝の様に流れ出た。
思わず同時に声も出る。
さっぱりした後囲炉裏へ戻ると美味しそうな匂いが部屋中に充満していた。
「おう、丁度できたでな。そこ座れや」
ぐつぐつと音を立てて鍋が煮えていた。
「今日は牡丹じゃ。味わって食え」
老人はささっと器にとりわけ、ワタルに手渡す。
立ち上る湯気と同時に濃厚な旨味成分の香りが鼻腔を刺激する。まるでスイッチが入ったかの様にお腹が音を立てる。
頂きますも言うことを忘れ無心で掻き込んだ。
満腹になった時、ようやく理性を取り戻した。
「あっ、すいません。もう腹減っててきがついたら...... 」
「おう、気にすんじゃねぇ。それでだな......」
老人の話を要約するなら、最寄りの都市部までは歩いても数日かかるらしく、熊も出るそうだ。往来は馬車が1週間毎に来るのでもし町へ行きたければ来週まで待つしかない。
その間の食と住は提供する代わりに労働という対価を払えとのことだった。
「願ってもいません。是非お願いします」
それから奇妙な農業ライフが続いた。
一日、二日、三日と時間が経つにつれて少しづつ体も慣れて来た様で筋肉痛は治って来た。
毎日穏やかな日々が続く。もし生まれ変わったらこんなスローライフも良いなとワタルは感じていた。
少し懸念があるとするなら毎日のように地震が数回起こる事だ。日を増す毎に揺れが大きくなっている気がする。
関東大震災の前兆か? なんて思慮を巡らせるも答えなんて出るはずも無く遂に最終日となった。
「シゲ爺さん。馬車は明日来るんだよね? 」
「おうそうじゃ」
「そっか。この1週間楽しかったよ」
「はん。こっちは飯代がかかってしょうがないわ」
老人はそういうと鼻をポリポリとかいた。
「そういえばあの山の頂上らしき場所で目が覚めた時もこのぐらいの時間だったかな? 」
そんな事を口に出した瞬間。まるでタイミングを合わせたかのように地震が起こる。
それも過去最大。いや人生最大だ。
立ち上がっている事はできない。
四つん這いになりながら地震の揺れが治るのを待った。
しかし一向に収まらない。それどころかどんどん強くなる。
その時だった。遠くの方で赤い火柱が上がったと思ったらキノコ雲が姿を現した。
「......ふんか......だって」
ワタルはその光景に絶句した。近くでも“ゴゴゴゴ”と何かが転がる音や“バキバキ”と樹木が倒壊する音が響き渡る。
「やばい! シゲ爺、逃げよう」
そう良い終わる前にシゲ爺は巨石の下敷きになった。
脳の処理が追いつかない。
岩の下から赤黒い液体が湧水のように流れ出た。
思わず手を伸ばした次の瞬間。
ワタルは土石流に飲み込まれた。
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