第6話 触れた指先から熱をもつ♡

タクシーに乗って、俺は山本総合病院にやってきた。

亜美は、先に彼女の所に行ってから来ると言っていた。

この辺りで、一番大きな病院はここだけだった。


「一真、来てくれたんだな」

「あぁ。真理は、大丈夫なのか?」

「今は、落ち着いてるみたいだ。発見が早かったからよかったって言われた」

「そうか。よかったよ」

「一真、さっきの話考えてくれたか?」

「馬鹿言うなよ。俺は、無理だよ」

「そんな事言うなよ。真理は、一真が好きなんだよ!だから、こんな事したんだよ」

「はあ?正気か?もっと、真理の事を信じてやれよ」

「信じれるわけないだろ。真理は、一真を愛してるんだよ」

「ふざけんなよ!拓生」


俺は、拓生の襟を掴んだ。


「殴ればいいだろ?」


殴れないのわかって言ってるのか?拓生……。


「もう、いいよ」


俺は、拓生から手を離す。


「頼むよ。頼むから、真理を……」


拓生は、俺の手を握りしめてくる。

ドクドクと痛みなのかトキメキなのかわからないほど、心臓が悲鳴をあげる。


「離せよ」

「お願いだよ。一真……」

「無理だって言ってるだろ」

「何でだよ。真理より、奥さんが大事だって言うのか?」

「当たり前だろ。俺は、結婚してんだよ」

「じゃあ、真理の気持ちはどうなるんだよ」

「気持ちって何だよ。意味わかんない事言うなよ」

「これだよ、これ」


拓生は、俺から手を離し。

スーツのポケットから、何かを取り出した。


「中身は読んでない。だけど、ここにハッキリ書いてある。愛しする一真へって……」

「見せてくれ」


拓生は、俺に手紙を渡してくれる。

まさか、まだ……。

真理は、俺を諦めたものだと思っていた。


「ごめん。中身は……」

「わかってるよ。飲み物買ってくる」


肩を落としながら拓生は歩いて行く。

俺は、長椅子に腰かけて手紙を開いた。


【愛する一真へ】

どうして?一真は、あの日私に言ったよね?特定の誰かをこれから先も作らないって……。

その言葉の意味を私は知っていたよ。

ずっと一緒にいたからわかってた。

一真が拓生を愛してる事……。

だけど、どうして?

どうして、彼女といるの?

あの女より私が劣ってる理由は何?

あの女は、どうして一真とキスが出来るの?

もしかして、あの女とはしたの?

私が拓生を愛していない事、一真は気づいてるでしょ?

一真と一生いる方法は、これしかなかった。

だから、結婚までしたの。

なのに、どうして……。

一真まで、結婚するのよ!!

誰でもいいなら、私で良かったじゃない。

あの女より、私の方が一真を愛してる。

一真をわかってる。

一真に愛されない私なんかいらない。


「一真……」


拓生の声が聞こえて、俺は慌てて手紙を封筒にしまった。

まだ、続きは読めていなかった。


「真理は、一真を愛してるって書いてただろ?」

「まさか。そんなわけないだろ」

「じゃあ、何て書いてあったんだよ」

「それは、言えない。真理が目を覚ましてないから……」

「一真……。真理を一度でいいから抱いてやってくれよ。そしたら、真理だって一真を諦められるだろ?」

「出来ないよ……。俺は、真理とは……」

「そうならないのか?じゃあ、俺が見といてやるよ!見られてる方がいいんだろ?じゃなきゃ、無理なんだろ?」

「そんなわけないだろ。拓生……」

「じゃあ、何で。出来ないんだよ」


お前が好きだからだよって言えたら、どれだけ楽だろうか……。


「しようとしたら、出来なくなるんだ。真理だけじゃない……。妻にもそうだから……。医者が言うには、トラウマじゃないかってさ。だから、出来ないんだよ」

「だったら、俺が治してやる。俺としてから、真理とするってのはどうだ?それか、三人でさ……」

「拓生。真理が死のうとしたからって考え方がおかしすぎるよ。そんな事しても、真理が喜ぶわけないだろ」

「わからないだろ?一真……」


拓生は、俺に無理矢理キスをしてくる。

両手を握られて、抵抗出来ないようにさせられる。


「やめ……やめろ……」


唇が離れた瞬間にかろうじて声を出せた。

ここまでしても、真理を愛してるんだな……拓生。

触れた指先がどんどん熱を持っていく。

身体中から痛みを感じる。

どれ程頑張っても、俺は真理にはなれない。

こんなキスをしたって、拓生は俺を愛してくれない。

涙が頬を流れていくのを感じる。


「ご、ごめん。一真……」


拓生の頬に涙が触れたのか、ようやく冷静になってくれた。


「いや、大丈夫だから……」

「男とキスするなんて嫌だよな。俺、無神経だった。本当にごめん。だけど、真理を失いたくなくて……」

「本当の気持ちをちゃんと話す方がいいんじゃないか?ごめん。ちょっと外の空気吸ってくる」


俺は、拓生を置いて歩く。

今は、拓生の傍にいたくない。

付き合ったのを聞いて傷ついて、結婚した日にまた傷ついて……。

そんな傷よりも今の傷の方が重くて痛い。


「一真……。彼女、大丈夫だった?」

「うん。そっちは?」

「飛び降りたっていうから、かなりの高さを想像してたんだけど。2階からだったみたいで。植え込みに落ちたから……骨折だけですんだみたい」

「彼女は?」

「付き添ってる。ただ、優君からの手紙がヤバかった。僕への恨みだったよ。何で、結婚したんだ?相手は俺でよかっただろう?とかって走り書きされてた。そっちは……」


俺は、亜美に話をする。


「一真……辛いな。苦しいな……。僕もそれを半分持つよ。だから、いっぱい泣きな」

「亜美……ありがとう。あーー、あーー」


亜美は、抱き締めて背中を優しく擦ってくれる。

亜美が優しく撫でる度に、俺の痛みや悲しみが消えていく。


やっぱり、今の俺には亜美が必要で。

亜美じゃなきゃ……この痛みも傷も拭えない。


「一真……帰ろう」

「いいのか?」

「夫婦の事は、夫婦で解決しなきゃだろ?僕達だって夫婦なんだから……」


亜美が俺の手を強く握りしめてくれる。

触れ合う指先は、痛みを癒すように穏やかな暖かさで包み込んでくれる。

亜美のいう通りだ。

俺達は、夫婦なんだから……。


俺は、この手を一生離さない。

愛してるって言葉ではおさまりきらないぐらいの関係。

この先、きっと亜美のような人には出会えないのはわかっている。

だからこそ、大切にしたい。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る