第二章『二回目の失敗』

「お兄ちゃん、うるさい。止めて」

 ピリリ…ピリリ…と、朝起きるには頼りない目覚まし時計の電子音に重なって、女の子の声が聴こえた。

 誰かが僕の布団を叩いた。

「お兄ちゃん、お願い…、眠っていたいの」

ピリリ…ピリリ…と、潜り込んだ布団の外で、目覚まし時計は鳴り続ける。

「お兄ちゃん、止めるよ? 止めて良いのよね?」

 そこでようやく、僕は何かがおかしいことに気づいた。

「お兄ちゃん…?」

 その言葉に、まるで冷水を掛けられたように眠気が吹き飛び、肉体と意識が接続した。

 母に抱かれているような温もりを持った布団を蹴りつけ、勢いよく上体を起こす。冷え切った空気を吸い込み、脳に酸素を取り込みつつ横を見ると、そこには中学生くらいの女の子が立っていた。

 寝間着姿で、外れたボタンの隙間からは白いブラジャーが見える。

 女の子はぼさぼさの髪を掻き毟り、寝不足と不機嫌さを足したような目で僕を睨んだ。

「目覚まし、止めるよ?」

 そう言ってから、机の上で鳴りっぱなしになっている時計のアラームを切る。

「学校、あるんでしょう? 行ってらっしゃい」

 女の子は疲れ切った声で言うと、僕の横に敷いていた布団にもぐり込もうとする。

その腕を、僕は掴んでいた。

 女の子が、怪訝な顔で僕を見る。

「なに?」

「お前、真子か?」

「は?」女の子の眉間に皺が寄った。「何言ってんの? そうに決まっているじゃない…」

「…そうだよな」

「まだ寝ぼけてんのね」

 妹の真子は、僕の手を払いのけると、布団に潜り込んだ。すぐに寝息が聞こえ始める。

 僕は目を擦り、上下する布団を凝視した。それから、放り出された僕の布団に触れ、体温が残っていることを確かめる。

 上を見ると、見慣れたアパートの天井ではなく、木組みの天井があった。

 右手で、左の親指を抓ってみた。足のつま先を抓る。思い切って、頬を叩く。

 ぴしゃりと乾いた音がして、痺れるような痛みが全身を巡った。

「………うそだろ」

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