⑤
その度に、「自分は女の子一人も助けられない醜い人間だ」と痛感した。
何をするにしても、自信が持てなくなった。勉強も、運動も、最初は頑張るのだけれど、ふとした時に、「でも僕って、人の命を救えない無能だからな…」と思い、バカバカしくなってやめた。女の子の死にかこつけて怠惰を貪っているわけじゃない…。あの時見た人間の汚い部分が、物理的に、僕の足首を掴んでいるような気がしてならなかった。
そして、ふと思う。
あの時、女の子を助けていれば、僕の人生はもう少し変わっていたのだろうか? と。
あの時女の子を助けていれば、僕は「人命を救った英雄」として、周りから羨望の眼差しを向けられることだろう。そうすれば、もう少し自分に自信を持つことができたのかもしれない。勉強も、運動も、何もかも、最後は失敗に終わろうとも、強い意思でやり通せたかもしれない。
「人間を尊敬していたい」なんて言っておいて、「英雄視されたい」なんて浅ましい願望を持っているなんて、矛盾していることを指摘されるのはわかっている
語弊の無いように言えば、僕は「人間を尊敬している」のではなく、「人間を尊敬していたい」のだ。完璧な人間なんていない。どんなにかっこいい男でも排便をするし、どれだけ美しい女性にだって恥部は存在する。
はっきり言ってしまえばつまり、僕は「人間の醜い部分から目を逸らしていたい」のだ。
例え、「英雄視されたい」という邪な願望を纏っていたとしても、あの時、僕が女の子を助けてさえいれば、女の子が腸をぶちまけることもなかった。トラックの運転手が自暴自棄になって、暴言を吐くことも無かった。野次馬たちが死体にスマホを向けることも無かった。
少し速く走って、女の袖を掴むだけ。
その簡単なことさえできていれば…。袖さえ掴んでいれば…。間に合わなくとも、大きな声で呼びかけていれば。助けられていれば…。あの場で、人間の醜さが露呈することなく、すべてが美しく収まっていたはずなのに…。
きっと、その記憶は、つまらない人生を送る僕の、立派な「生きた証」になったのではないだろうか? って…。
その後悔が、人間の醜い部分とともに、僕の網膜に焼き付いていた。
長々と語ったが、あの出来事が、僕の人生の分岐点だった。もともと最悪だった僕の人生を、さらに最悪なものへと変える決定打となった。
やり直したい。やり直したい。やり直したい。やり直したい…。
「やり直して、見るかい?」
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