第4話
鸞はにこりと微笑んだ。レティシアのような愛らしい微笑みではなく、神を名乗るにふさわしく迫力があり神々しくもある。
「レティシアは存在しない。あれは私だ」
「は?」
「私だ」
「……レフさんは」
「使用人だ。ここへ案内した男がいただろう」
長蛇の列を経てこの部屋まで連れて来てくれた使用人を思い出す。はっきり見たわけでは無かったが、言われて見ればレフを若くしたような顔立ちだ。
最後に見たレティシアの恐怖に歪んだ顔を忘れたことはなかった。悪いことをしたと悔み、拒絶されたことに傷付きもした。そう思ったのは共に過ごしたわずかな時が楽しかったからだ。けれどこの男はそれをほくそ笑んでいたのだ。
鸞はくすくすと笑っていた。人に不死を与えるほどの男がこんなことの何が面白いというのか。ルスランは恥ずかしさと悔しさで鸞に飛び掛かった。
「元の身体に戻せ!」
「俺が憎いか」
「感謝されるとでも思ってたのか」
「いいや」
「俺に何の恨みがある」
「永久を超えるのは憎しみだけだ」
「何言――っん!?」
鸞はルスランの顎をするりと掴んだ。そして五百年前と同じように引っ張られ、五百年前と同じように唇が重ねられた。
怒りに恥ずかしさに悔しさに、様々な感情で混乱していたルスランは何が起きたか頭が追いつかなかった。数秒の間そうしていると、ゆっくりと唇を離したのは鸞の方からだった。
「殴らないのか」
「あ!? いやあんたなんなの!?」
「永久は孤独。孤独は忘却。愛を育んでも人は忘れる。だが憎しみは消えない」
「は? 何だって?」
唐突に格好良さげな台詞を言われて混乱した感情は唐突に冷静になった。しかし神だというこの男に親近感が沸いた。何故ならその表情はやけに寂しそうで、有象無象と同じような顔だったからだ。
「永久の中で俺に向かってきたのはお前だけだった」
鸞は何かを呑み込むように俯き口を閉ざした。それはレティシアが見せた表情と同じだった。
(さてはこいつ)
はあ、とルスランは鸞を掴んだままだった手を離してがしがしと頭を掻いた。
「俺を元に戻す気は?」
「ない」
「戻す方法は?」
「あるが教えてやらん」
鸞はぷいっと顔を背けた。それはまるで拗ねた子供をのようで、怒りをぶつけるのも馬鹿らしくなるほどだった。
「……あんた結構馬鹿だね」
「何――っ!」
ルスランは鸞の顔を掴んで引き寄せた。勢いが付きすぎてわずかに位置はズレてしまったが唇が触れた。鸞は切れ長の目を見開いて、唇が離れてもぽかんと口を開けたままだった。
「そういう時は素直に『寂しいから側にいて』って言いなよ。そうすれば元に戻るまでの間くらい一緒にいてやってもいい」
「……最期までじゃないのか」
「神の最期っていつさ。それに遊びは期限を付けろって浮気離婚三回男の教えなんだ」
「何だそれは」
「最期が欲しいならこれが最後の出会いになる努力をしろってこと」
鸞はまだ目を丸くしていた。あれほどの美貌を作っていた顔とは思えない。何か言いたげに口をぷるぷるさせているが、ルスランはにやりと笑い背を向けた。
「さーて。じゃあ逃げようかな」
「何?」
「元に戻す気ないんだろ? なら俺は俺で戻る方法探さないと」
「傍にいてくれるんじゃないのか」
「あんたが勝手に傍にいる分には構わないよ」
ルスランは鞄を持ち直して扉を開けた。すたすたと廊下に出て振り返ると鸞はきゅっと袖を掴んでいる。
「それ癖?」
「……こっちの姿が良いか」
鸞はゆらりと姿をレティシアに変えた。これが良いと本気でやっているのかと思うとそれはそれで面白い。
「好きにしなよ。どっちもあんただろ」
「だがこの身体なら子を成すこともできるぞ」
「は!? 作らないよ! あんた男だろ!」
「俺の種族に生別の概念はない」
「俺はあるんだよ!」
「なら鸞の姿で作るか」
「余計作らないっての! つーかあんたと子作りしないから!」
そんな言い争いをしていたせいか、翌日にはルスランが噂の神だというのが知れ渡っていた。不老不死を恐ろしく思わない黎彩の人々は歓迎ムードで祭りを延長し、来年からは結婚記念日になるのかという噂が一気に広がった。定住する気はなかったが、次々に押し寄せる参拝客が途絶えるまでに三日を要した。それが終わった頃には屋敷にルスランの部屋も用意されていたのだった。
永久の最期を夢見る君と 蒼衣ユイ @sahen
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