第3話
ルスランは黎彩に着いたと同時にため息を吐いた。当時はアルスカヤ親子の家しかなかったのに大きな街になっていたからだ。ルーミシエットの花は売っているだけで自生しているものは無い。周辺には切り立った崖もなく明らかに違う土地だった。それもやけに賑わっていて、ルスランはいつものように酒場で酒を煽りながら女主人に訊ねた。
「これ何の祭り?」
「ルスラン神の生誕祭よ。五百年続く由緒あるお祭り」
「ルスラン?」
「そう。年に一度ルスラン様がやって来て加護を与えて下さるって伝承よ」
突如自分の名前が出て来て目を見開いた。五百年前ならばルスランがレティシアから離れ旅に出た頃だ。レティシアには不死の化け物に見えていただろう。不死なんて化け物か、もしくは神仙だ。
「……この祭りを始めたのはレティ――アルスカヤという人じゃない?」
「そうよ。アルスカヤ卿はルスラン神と恋をしたの。でもルスラン神は出て行って、いつか戻って来てくれることを信じて生誕祭を始めたんですって」
ルスランはぐっと唇を噛んだ。そのエピソードはまるでレティシアと自分の過ごした時間と同じようで、じわりと五百年ぶりの涙が沸き上がってきた。
(レティシア……!)
女主人に見られないよう俯くと、気付いていないのか気付いていないように振る舞ってくれたのか、女主人は背を向けてあーあ、と大きなため息を吐いた。
「アルスカヤ卿ほどのイケメンをふるなんて神様の価値観分からないわ。何人も結婚を申し出てるけど全滅。私も去年アタックしたけど駄目だったわ」
「……待って。今も生きてるの? てか男なの?」
「そうよ。不死の神ですーっごいイケメン」
「それは祭りを始めたアルスカヤ卿の子孫ではなく?」
「本人よ。この街の人はずっとお顔を拝見してるもの」
かつての自分達を表すようなエピソードに心が揺れたが、女主人の語る『アルスカヤ卿』はまるでレティシアとは別人だ。別れた時は若いとは言えない年齢だったし、聡明かは分からないが財力はなかった。親子でひっそりと自給自足をしていたのだ。あれから急に金持ちになったとしても、年齢と性別は変わらない。
(レティシアじゃないのか? レフさんは若くないし……)
すっかり混乱したが、女主人は混乱している事を不思議そうに首を傾げた。
「気になるならお屋敷行ってみたら? お祭りの間は神託を頂けるわよ」
あそこよ、と女主人は窓の外を指差した。それは大通りを挟んで少し高台にある屋敷だった。
「……ご近所だね」
女主人に定価の倍を支払いアルスカヤ卿の屋敷へ向かった。神託を貰うための列ができていて、お一人様五分でお願いしますと列整理する使用人はまるでイベントスタッフのようだった。
並び始めて一時間ばかりが経過してようやくルスランの番がやって来た。中に入るとまた使用人の男が出て来て、案内されたのは書斎のような部屋だった。そして数分待つとようやく扉が開かれた。ついに、と気合いが入り立ち上がったが、すぐにルスランの身体は固まった。
「お待たせ致しました」
「……レティシア?」
「やっとですね」
「どうして……」
そこにいたのは十代のレティシアだった。最後に会った時はもう年老いていたし五百年も経てば死んでいるはずだ。それこそルスランのように不老不死にでもならない限りは。
「鸞か! お前も鸞に会ったんだな!」
「不死を与える神のことですね」
「そうだ! 俺もあいつにやられたんだ!」
ルスランはがんっと床を蹴り飛ばした。まさかレティシアまでもが同じ目に遭っているとは思ってもいなかった。きっと子供を産んで幸せに暮らして――そんなことを勝手に考えて寂しく思ったりもした。だがそうではなかったのだ。ぎりぎりと拳を震わせてレティシアの肩を強く抱いた。
「大丈夫だ! 戻してやる! 絶対に俺があいつを見付け」
「ははは!」
ルスランは真剣だったが、何故かレティシアは声を上げて笑った。笑われるようなことを言ったつもりは無かったルスランは吃驚して一歩引いた。
「……何?」
くすくすとレティシアは笑い続けた。そして笑ううちにその姿はゆらりと揺らめき、次第に見慣れた笑顔ではなくなっていった。
「遅かったな」
「鸞……!?」
そこにいたのはルスランに臨まぬ永久を植え付けた男だった。
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