第2話

 レティシアの元を去ってからあちこち渡り歩いた。分かったのはこの四十年の間で故郷アッシュグラウ皇国は侵略されて『イセベルグ』という国に変わってしまったことと、黄金竜を倒した偉業は物語どころか噂にすら聞かない出来事になっていたことだった。

 それからは鸞を見つけようと全国を旅して回っていた。神が統治するという国は幾つかあったがその中に鸞という統治者はいなかった。険しい崖のある場所は片っ端から行ってみたが鸞は見つからず、これ以上どうすれば良いが分からなくなっていた。


「で、人間に戻るために五百年もその神を探してると」

「そう。心当たりないかな」


 あれから世界中を旅し続け、その年月は一つの歴史書が出来上がるほどになっていた。人も国も文明も、あらゆるものが姿を変えてもはやレティシアの住んでいたあの家が何処にあったかも分からなくなってしまった。今更鸞を見つけて元の身体に戻ったとしてもする事もない。だからといって死にたいから殺す方法を探したいと思うほど人間を捨てることもできない。

 鸞を探す気力も居場所も失ったルスランがする事といえば、傭兵や力仕事で日銭を稼いで酒場で酒を飲むことと――


「何が五百年だ。そんなほらを吹く暇あるならいい加減どうにかしてくれ」


 酒場の主人が睨んだ先で女性が二人睨み合いぎゃんぎゃんと叫び揉めている。二人供ここ最近ルスランが手を出した女性だった。


「一人寝は寂しくてね」

「なら期限付けて恋人になれ。浮気だから揉めるんだ」

「さすが浮気離婚三回目は言うこと違うね。次からそうするよ」

「ったく。その五百年で拠り所の一つくらいなかったのか」

「……どうだったかな」


 ルスランの脳裏に過るのは今もレティシアの笑顔だった。愛だの恋だのを語り合ったわけではなかった。将来を約束したような事もない。五百年もすれば想い出は美化され現実とは乖離しているかもしれない。それでもあの家の場所が分からなくなったことは寂しくて、ルスランは苦笑いで酒をごくりと流し込んだ。

 しかし場所が分からないことについてはもう一つ問題があった。


(あそこは鸞がいた場所に近いはずだ。感傷に浸ってる場合じゃなかったな……)


 あの時、鸞は投げ飛ばした。瞬間移動のようなことではなく、物理的に投げられて落下した。非常識な力と距離ではあったが、見えた景色は変わっていなかった。アルスカヤ親子の家から少し離れたあたりにも崖がありその先は大きな山が聳え立っていた。間違いなくあの近辺に鸞はいたはずなのだ。

 己の馬鹿さ加減に呆れ果て再び酒を煽ると、ふと酒場に似合わない物が目に付いた。それは女同士の罵詈雑言が飛び交う中でも美しく煌めいている。ルスランは目を奪われ、よろよろとそれに手を伸ばした。それはとても美しかった。乳白色をした真ん丸の花弁は角度を変えればきらきらと輝く。


「ルーミシエット……!」

「あ? そりゃ月光花だぞ」

「月光花!? ルーミシエットだろ!」

「知らんよ。客さんに貰ったんだよ。なんでもえらい北の花で貴重らしい」

「北のどこ! どの辺! 国の名前は!」

黎彩れいさいだ。山奥で寒い。どうした急に。花愛でる趣味があったの?」

「黎彩……!」


 名前は違うけれど、それは間違いなくレティシアに教えて貰った花だった。ルスランはぐっとルーミシエットを握り飛び出した。

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