第3話 非常識の矛盾

 三浦刑事は、元々勧善懲悪から

「警察官になりたい」

 と思っていたのだが、動機に、

「俺の方がいかにも勧善懲悪なんだ」

 というやつがいると、自分を表に出すことをためらうのだった。

「お前なんかに負けるものか」

 という態度が露骨に見えてくる。

 そんな態度を表に出されると、それこそ、

「勧善懲悪」

 という意識が恥ずかしいものだとしか思えなくなるのだった。

 そもそも、

「勧善懲悪とは何か?」

 ということから始まり、勧善懲悪というものを意識してしまうと、

「自分までもが同じだと思われてしまい、恥ずかしい」

 と考えるのだ。

 つまり、変な競争意識は、まわりを不快な思いに陥らせることになり、自分もその一端を担っていることが、恥ずかしいということである。

 そんな自分が恥ずかしいと思うことは、まわりにも分かるというもので、

「そんな意識をまわりに抱かせる」

 ということを、決してしたくないと思うのだった。

 ただ、

「俺も、昔の刑事ドラマは、よく見たりしたものだ」

 と、刑事ドラマ専門チャンネルを衛星放送による、有料番組として、月契約で見ていたものだった。

「昭和の刑事ドラマ」

 は、確かに、途中でアクションものに変化していったが、それは、きっと、まわりの岡野ジャンルのドラマの傾向に影響していたのだろう。

 根性、熱血というものが、涙を誘うような時代があり、同じ時期の双璧として、アットホームな、過程を描いたホームドラマなどがあった。

 その名残を残しているのが、ある国営放送まがいの、

「受信料」

 などという名目の金を徴収している放送局が押送している朝のドラマなどが、唯一残っているといってもいいだろう。

 民放ではあるが、逆にアニメなどが、昭和の昔を描いた作品が、今でも放送されているというのは、皮肉なことであろうか?

 昭和の刑事ものの中で、ヒューマンドラマとして、長年の人気をはくし、今でも、伝説という意味での敬意を表しているというべきか、親しみを込めた意味で、登場人物の物まねをしている人もいたりする、

 ただ、さすがにもう最近では、そのドラマの存在すら知らない世代になってきたので、めっきり見ることはなくなったが、

「ひょっとすると、昭和世代の人が多く訪れる、スナックなどで、営業のような形でやっているのではないか?」

 と思えてきたが、

 そんな営業すらも、昭和の遺産のようなものであり、そんなことをする人がいるとは思えない時代になっていた。

「何か寂しいな」

 と思っている昭和世代の大人もいるのではないか?

 そう思うと、

「いつの間にか、大人になってから、あっという間に中年から初老になってくるのではないか?」

 と思うと、背筋にゾッとしたものを感じた、三浦刑事だった。

 二人はまだ、刑事になりたての頃の事件で、

「なんだか、昭和の臭いのする事件だな」

 と、ボソッと、呟いた先輩刑事がいた。

 自分ももう一人の刑事も、まだまだ新人だったし、若さからも、

「昭和と言われてもな」

 と感じたが、それは一瞬だけのことで、三浦刑事は、その思いをずっと持っていた。

 しかし、もう一人の新人刑事の方は、

「おお、昭和の臭いのある事件か」

 ということで、俄然、事件に興味が湧いてきて、ある意味、

「一人ではしゃいでいる」

 といってもいいのではないだろうか?

 その時の事件がどのようなものだったのかというと、事件としては、本当に残虐なもので、

「昭和の事件だ」

 といってワクワクなどするのは不謹慎な事件であった。

「ある老夫婦の家に入った強盗が、老夫婦を脅して金を出させ、そのまま二人を殺害し、逃亡する」

 という、実に極悪非道な犯罪だったのだ。

 この時の事件では、すでに犯人が分かっており、親と対立した長男が、家を飛び出し、いろいろ彷徨い歩いているうちに、金がなくなり、サラ金に手を出してしまったことで招いた事件だった。

 そもそも、この男がサラ金に手を出すまで落ちてしまったというのも、その裏には、ある組織による、組織ぐるみのカラクリがあったのだ。

 実にこれが昭和であれば、

「引っかかる方も悪い」

 と言われる事件であり、ドラマとしても、ベタな展開になってしまい、そのリアルさが、昭和を醸し出しているような話であっただろう。

 そこには、一人寂しく彷徨っていた男に対し、巧みに声をかけ、

「金なら心配するな」

 といって、スナックや、高級クラブ、さらには、ピンサロのような店を毎晩のようにその男は豪遊に連れていった。

 これだけで、普通なら、

「なんとベタな」

 と少しでも考えるのだろうが、この男は、どこか抜けているところがあり、いわゆる、

「頭のネジが一本どこかに抜けてしまった」

 といっても過言ではないようだった。

 だいたい、親と喧嘩して、意地から、

「家に帰るようなことはしない」

 と思っているこんな男を、そそのかすように近づき、さらに、豪遊を繰り返すなど、

「まるで絵に描いたような展開」

 と言えるのではないだろうか。

 こんなストーリーであれば、次がどのような展開になるかということは、目に見えて明らかだといえるのではないか。

 そう、つまり、ここから先は、

「色仕掛け」

 だったのだ。

 豪遊に明け暮れて、いろいろな意味で、神経がマヒしてしまっている男に、女をあてがってしまうのは、もう鉄板であった。

 ギャンブルにうつつを抜かし、さらに、酒と女、こんなことをしていれば、金など、あっという間になくなるというものだった。

 友達を装って近づいてきた男が、最初に、

「いいからいいから、今日は俺が」

 といって、最初の頃はずっと払ってくれていたので、その後の豪遊も、当然彼が払ってくれるものだと思い込んでいた。

 そうは問屋が卸すはずがない。

 途中から、その男の分まで、払わされることになっているなど、想像もしていない。

 完全に自分は、

「VIP待遇を受けるのは当たり前の存在なのだ」

 と思い込んでいた。

 自分で金を払うわけではなく、自分をおだてるような言い方をする男が隣にいるということは、それが役得であるということから、次第に、

「俺は、王様なんだ」

 と-いう、普通の神経なら、考えられないような発想になるよう、男にうまく誘導されたのだった。

 世の中には、普通ならしないと思えるようなことをするバカ者がいるものだ。

 三浦刑事が、まだ学生の頃、彼は歴史的なものが好きで、名所旧跡など見て歩くことが好きだった。

 特に、お城などは結構好きであり、

「お城というと天守があるものだ」

 とそれまで思っていたことが恥ずかしくなるほど、陶酔していたといってもいいかも知れない。

「お城というのは、昔の最盛期には、3万ほどあったらしいぞ」

 と、同じ趣味の友達から言われたことがあった。

 その頃はまだ、

「お城というと天守」

 ということをいっていた頃で、知識も中途半端にしかなかった。

 もっとも、歴史というものは、

「掘り下げれば掘り下げるほど、奥が深く、なかなか底が見えてくるものではない」

 というものであり、

「中途半端」

 という言葉が、どこまで中途半端だといえるのか、考えさせられるのであった。

 そんな中において、

「天守閣というやつは、本当の歴史通ではない」

 とまでいうやつだった。

 実際に、自分も勉強してみると、

「そいつの気持ちもよく分かる」

 というようなもので、

「城を回ってみれば、その素晴らしさが分かる」

 ということで、よく一緒にそいつと回ったものだった。

 そのうちに、彼の学業が忙しくなり、彼の精神を受け継いだというのは大げさだが、同じ考えを元に、自分も、

「城を巡ってみよう」

 と考えるようになっていたのだ。

「そもそも、コンビニの数よりも、よっぽど多い数の城なので、どこを回るか、漠然とではなく、計画を断てておかなければいけない」

 と思うのだった。

 回る城が決まってくると、それに合わせて計画するようになった。

 そんな中で、あれは、一人で回るようになって、ひと月くらいが過ぎた頃だったか、回ってみることに、すでに慣れてきた頃のことだった。

 あれは、日帰りでいけるところだったのだが、今は天守が残っていない城で、天守台は存在しているが、ウワサとしては、

「天守はなかった」

 という話もあった、

 しかし、近年の研究では、

「この地方でも最大級で、全国的にもひけを取らない立派な天守が聳えていた」

 という話もあるくらいである。

 ただ、行ってみると、ほとんどの建物は残っていない。

「櫓が二つに、御門が二つ。あとは、石垣と、城跡としての丘のような状態が残っているだけだ」

 というところだった。

 中には、資料館のようなところが作られていて、そこで、

「御城印」

 を購入し、ビデオのようなものを見たのだった。

 その城の天守の復興、あるいは、模擬天守などの復元は、行わないように、管理している市が決定したということであり、城ファンとしては、寂しい限りであった。

 とりあえず、残っている数少ない建造物の中の、櫓と御門が隣接しているところにいってみることにした。

 そこには、

「想像していたよりも小さいかな?」

 と思う門があったのだが、それは勝手な思い込みであり、重要文化財であることに変わりはないのだから、

「敬意を表して拝観しないといけない」

 と思うのだった。

 ゆっくりと歩いていると、そこに見えてきた門を、写メとして納めていると、観光客の一人と思しき人がやってきて、

「こんにちは」

 といって頭を下げると、相手も、同じリアクションでニコニコしながら、答えてくれたのだ。

「登山と同じ感覚だよな」

 と中学の頃、ハマってよく登山に行ったのを思い出していた。

 城は、さすがに登山と比べれば楽なのだろうが、基本的に城の通路、特に段になっているところは、歩きにくいものだと相場が決まっている。

 なぜなら、城というのは、元々、

「戦うための要塞」

 であるということだ。

 城は攻められれば、籠城するというのが基本で、相手が大軍で押し寄せてきた場合、いかに近寄らせないか。そして、そんな中でも途中を突破してくる兵を減らすことができるかということで決まってくる。

 もちろん、城を昇っていく途中において、足場を不安定にしておけば、正面だけに気を取られるわけにはいかず、足元にも気を付けなければいけないのであれば、相手が足元を注意している間に正面から、鉄砲や矢で攻撃すれば、ひとたまりもないというものだ。

 さらに、段も不規則に、そして、道も蛇行させて作っておけば、天守までが最長不倒距離となって、兵に襲い掛かってくるというものである。

 それが、今の時代の観光客にも影響し、結構、

「城を見るのも、疲れるものだ」

 と感じさせるものなのだろう。

 寺や神社は、基本的に攻撃されることはあまり考えなくてもいいが、城はそうもいかない。

「戦うための、要塞」

 というのが、城なのだ。

 だから、頑丈にも作ってある。

 今の近代建築でも、築50年というと、老朽化で、取り壊しの対象になるのだろうが、今から500年近くも経っている、当時の土木技術の城が、現存しているのだから、何とも信じられない思いだといってもいいのではないだろうか?

 さて、そんな城を回ってきた時、三浦刑事は、信じられない光景を見たのである。

「ここは城だぞ」

 と叫びたくなるものであり、そのような行動は、その場所が城であろうがなかろうが、他の場所でもありえることではないのだった。

 最初の観光客を背中で見送る形で、その人たちが、角を曲がって、背中の視界から消えてしまったその時、今度はまた門の向こうから、観光客なのか、一人の少し若い男がやってきた。

 年齢的には、20代後半から、30代前半と言ったところであろうか、当時の三浦からすれば、少々年上で、今だったら、

「同年代くらいではないか?」

 と感じることだろう。

 その男は、スマホを見ながら歩いていた。

 今から、4年くらい前なので、当然、皆がスマホを持っていても不思議のない時代である。

 その男は、城の門にもたれかかる形で、スマホの画面に集中していたが、次の瞬間、目を疑う信じられない光景が、飛び込んできたのだった。

 男はおもむろに、ポケットから、小さな箱のようなものを取り出した。それが何かはすぐに分かった。

 男は、その箱を軽く振るようにして、中から少し太い白い棒状のようなものを取り出した。

 そして、胸ポケットから、別の小さな手のひらサイズのものを手にして、最初に取り出した白い棒状のものを口にくわえて、手のひらサイズのものに、口ごと近づけていった。

「シュッ」

 という、摩擦音が聞こえてきたと思うと、もうその時点で男が何をしているのかなど、一目瞭然だといってもいい。

 そう、その男は、何と、タバコに火をつけて、吸い始めたのだ。

 当時は、まだ、

「受動喫煙防止法」

 なるものは発令されていないので、そこまで我慢する必要はないはずだった。資料館には喫煙室というものが備え付けられているので、別にそこまで我慢すればいいだけのことだったはずだ。

「それすら我慢できないというのか?」

 と思うと、

「そんなやつが、最初からタバコなんか吸わなければいいんだ」

 と思うのも、無理のないことであろう。

 さすがにこれは、

「勧善懲悪」

 の人間でなくとも、これが、許される行為ではないことくらいは、容易に分かることであろう。

 いろいろ不思議に感じることもあった。

「自分が、そばで見ているのに、隠れようとか、見えないように、後ろを向こうという様子もないし、逃げ出す様子もない」

 ということは、自分が悪いことをしているという意識がまったくないということになるのだろう。

 その時、

「証拠になる」

 と思って、三浦は写メを撮った。

 普通なら、肖像権云々の問題があるので、文句を言われても仕方のないことであるが、相手は、文句をいっても、やっていることが、

「言い訳のできない大罪」

 ということなので、こちらに文句を言える立場ではないだろう。

 ただし、それも、

「自分が悪いことをしている」

 という意識があってのことである。

 悪びれもなくタバコに火をつけ、こちらに人がいるのを分かっているのだから、逃げもしないということは、自分が悪いことをしているという意識がないのだろう。

「だったら肖像権について、自分の権利を主張してもいいはずだ。それを言えないということは、時分が悪いことをしているという自覚がある」

 ということだ。

 これが一番の矛盾であり、常識人としては、理解に苦しむところであった。

 そんな世の中において、

「非常識な男には、矛盾が付きまとうおのだ」

 ということを、三浦刑事は、身に染みて感じるようになった。

 その時の写真は、最初こそ、勧善懲悪の気持ちが強く、

「警察に届けるのが一番だ」

 と思っていたが、

「警察というところが、何か起きないと、絶対に動かないところだ」

 ということを分かっているので、

「わざわざ、イラっとくるような行動を取るのはやめておこう」

 と感じた。

 自分で、自分の首を絞めるようなもので、せっかく警察に入って、勧善懲悪を実践しようと思っている気持ちを台無しにしてしまいそうで、それだけはよしたかったのだった。

 そこで考えたのは、管轄である、F市にある、

「経済観光文化局」

 というところが管轄しているということだったので、その旨を伝えて、証拠の写真も、提出してきた。

 ただ、ここが本当に何かの行動を起こしてくれるかということは分からない。

 何といっても、写真を提出したのは、ただの学生であり、趣味の範囲で散策中に見かけただけのことだったのだ。

 一応、口では、

「通報ありがとうございます。こちらでも調査し、善処します」

 ということであったが、

「実際に何を調査するのか?」

 あるいは、

「善処って一体何なのか?」

 ということが分からないだけに、何とも言えないことであろう。

 それでも、

「自分の気持ちが一件落着」

 とでもいえばいいのか、

「いいことをした」

 という、

「一日一善」

 という感覚での自己満足に浸るしかないだろう。

 それから、数年が経ったが、本当に市の文化局が、ちゃんと対応してくれているのかどうか分からない。

 ただ一つ気になるところは、実はその門というのは、今から20年くらい前に、不審火で燃えているのだ。

「もし、もう一度火がついて、燃えてしまったら、もう二度と再建されることはないだろう」

 と感じることであった。

 なぜなら、

「天守の再建は、資料が少なすぎるので、断念する」

 ということを決定した市なのだ。

 いくら重要文化財とはいえ、何度も燃やされる建物に、そう何度も市の金を使って、再建することはしないだろう。

 もちろん、

「うちの企業が、いくらか融資をします」

 というところがいくつかでも出てくれば、市の方としても、

「いや、再建をしないという意見が多い」

 ということで、むげに突っぱねるようなことはできないに違いない。

 そういう意味で、もし、門が燃えてしまっていたら、さらに、再建に金を出してくれるような企業が現れなければ、

「焼失済み」

 ということで、

「城址」

 という中に組み込まれるに違いない。

 ただ、一度燃えたということで、再度火災が起こったということであれば、市に対する風当たりは強いことだろう。

「一度燃えているのに、まったく市はそれ以降、不審火の対策を取っていなかったということになる」

 という非難は免れないはずだ。

 だからこそ、

「再建しないというのは、金銭的なもの以上の問題があるのではないか?」

 と言えるかも知れない。

 その思いがあったからこそ、一度目は再建したのではないか。二度目で再建しないということになると、市長に対しての風当たりは尋常ではないかも知れない。

「市長は分かっているのだろうか?」

 と言われるに違いない。

 市長がどのような市長なのか、正直なところ分からないが、

「天守を再建しない」

 という時点で、

「この市長は、重要文化財や、観光に関して、金儲けにでもならないことには、一切興味がないということなんだろうな?」

 ということが分かるというものだ。

 当然、民間団体にも、

「文化財保護団体」

 なるものが、いくつか存在するだろう。観光案内などもそうであろうし、彼らとしては、いってみれば、

「生活の糧」

 なのである。

 それを、

「市にとって、利益にならない」

 ということで、すぐに、断念してもいいのだろうか?

 ボランティア団体などを含めると、いろいろたくさんの集団が存在することは否めないだろう。

 それを思うと、

「市長というものも、しっかり選ばないと、市に近い仕事をしている人間にとっては、死活問題だ」

 ということになるだろう。

 そういう意味では、

「今の市長は、市長としての資質が疑われる」

 という意見の方が、圧倒的に多いようだった。

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