ep8:生きる


   ◇1ヶ月後◇


 ドンドンドンドンって階段を駆け上がっていく音が私の聴覚を刺激した。スタスタスタってガンガン来る足音。直後、激しくドアを開けるのはパパでもママでもなかった。


歩佳:「はい、起きて! 味来! 朝だよもう!」


 私は目を開けた。するとそこには茶髪のショートヘアのパジャマ姿があった。歩佳は少し険しい表情で寝起きの私を見つめてくる。


味来:「あと五時間だけ……」


 そういってもう一回布団にくるまる。それに歩佳が「長いわ!」って言いながら布団を剥ぐ。するともうまるで春というのに感じる肌寒さによって私は飛び起きた。


 「なにするのよー」と不平不満を言ってみたが歩佳は「起きろ、もう九時よ?」とかなりの眼圧で言われたかにはしょうがない。


 私は起き上がって、一つ伸びをする。その様子をどこか少しだけ頬を膨らませている立浪歩佳たつなみあゆかに私は笑顔でこう伝えた。


味来:「おはよ、歩佳ちゃん♪」




ep8:生きる――いつかあの手紙の返事を書かけるように……




〈aftere the day / 9:00/ 言峰家・味来の部屋〉


 ママが消えた日から、私の家は1人ぼっちになった。施設に入ることも考えたが、正直そこで過ごすのが怖いと思った。


 そこで親友や保護施設の職員と相談してこの言峰家をシェアハウスという形で暮らしているのを許してもらった。一応生存確認の為か、保護施設の方から電話を時々かけてもらっている。ちなみに資金面は保護施設からの補助やパパとママが残してもらったものも併せて我ながらにうまくやっていると思う。


 ところで3人の共通点は両親が亡くなったことと、親を失っている子供に対して入学費・授業料などを無料で受け入れてくれる私立東雲学園に入学ということだ。


稲葉:「遅い、味来みく歩佳あゆ、もうすぐ合格発表があるんだからね!」


 そう階段を勢いよくかけ上げって、私の部屋に凸ったのは制服姿の稲葉だった。稲葉はいつもそうだ。すごぐ生真面目で口ひとつふたつみっつ多い。


味来:「合格発表なんて、もう決まってるじゃん。だからいつ行こうと判定は変わらないから大丈夫でしょ?」


 そう言ってもう一回布団に入ると歩佳もあくびをかましながら「それもそうだね、私も寝よ」と私の布団に入りだす。


 歩佳は私を抱き枕にして瞳を閉じる。それに少し恥ずかしながらも私も瞳を閉じる。そして少し寝息を立ててみるとなんだかまた眠く……。


 その光景を見て稲葉は発狂した。


稲葉:「だから、寝るなぁ!」


 そうやって私の掛け布団をまた剥ぎ取られた。稲葉に右手首つかまれて連行されてから私はやっと自分の部屋から出た。


 私の机の隅っこには、パパとママと私の三人がこの家で最後に取った家族写真が額縁衣装で顔を出していた。



 ――行ってくるね、パパ、ママ。




〈aftere the day / 10:00/ 東雲学園・広場〉


歩佳:「名前、あるかな……」


味来:「あるよ、多分……」


稲葉:「そうよ、でも……」


3人:「不安だなぁ……」


 そういうのも無理はない。あの事件以降、高校の教師が不足していると聞く。その証拠に生徒募集をかけないで閉校や休校する学校も出て来たほどだ。さらにこの私立東雲学園はあの事件で親を失った子を対象に学費を無償化を謳ったのだ。またメンタルケアとして常駐のスクールカウンセラーを増やすなどを公表しており、倍率は破格の約5倍。他の学校もかなりの倍率にはなっていたが、ここは多い方らしい。


 生徒がまるでゴンズイ玉のように群がっている。どの子も不安そうな顔を浮かべていて、泣きだす子もいっぱいいた。その子たちが帰っていく中で私たちの番。


 心臓の音も、緊張でお腹の具合が酷かった。道中、実はトイレでコンビニ言ったのは内緒話である。でも、12131という番号を見つけた時にその音が止んだ。


歩佳・稲葉:「あった……!」


 2人がそう同時に呟くのを見て、私は本当に安堵した。


味来:「私もあったよ」


 その言葉で思わず3人で抱き着きたくなるが、場所が場所だ。「こっちにはけよう」と親指で指示した。




   ◇ ◇ ◇




 校舎横の桜は満開を迎えて、少し雨露を被って、そして綺麗に輝いていた。それは晴れ渡った佐世保市の中でも一番輝いていたのは、少女たちがその木の下で笑いあっていたからかもしれない。


 味来たちはハイタッチを交わした。笑顔の味来のカバンの中にはママが最後に買ってくれたスマホがぐっすりと眠っていた。


 


   ◇ ◇ ◇




 天国のパパとママへ



 パパ、ママ、元気にしてるかな?


 高校、受かったよ! 3人で、歩佳と稲葉と一緒に!


 

 私、高校に入ったら歩佳と稲葉の3人でアニメ映画製作をやってみたいなって思うの。作曲は吹奏楽部の私、シナリオは小説家志望の稲葉、イラストは絵が得意な歩佳で。声優とかは募集しないといけないけどね……



 パパとママがくれた笑顔。このもらった笑顔をもっと広げたい……、これが私がアニメ映画製作を決断した理由。もちろん初めてだし、良く分からないことが多いと思うけど、やるだけやってみる。



 これが信頼できる二人と一緒に決めた未来だよ。



 それじゃ、二人が呼んでいるから、またね。


 また、何かあったら、手紙を書くね。


 それじゃ、またね。



   パパとママが味来より



  ◇ ◇ ◇


 ep8:生きる――いつか笑ってあの置き手紙の返事を書けるように……(Fin.)


 title:ママの置き手紙(Fin.)

 

 ご愛読ありがとうございました。

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ママの置き手紙 鈴イレ @incompetence

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