ep7:置き手紙
ep7:置き手紙――これからを生きる味来へ
〈day3 / 7:00/ 言峰家・リビング〉
目覚めた場所にママの姿はなかった。いつも起こしに来る時間なのにトントンという足音もしない。リビングに降りたけど、併設されているキッチンにも、トイレにもママはいなかった。
ただ目立っていたのは、パソコンの上の紙。赤いペンで「味来へ」と書かれた紙がパソコンの上に雑にセロハンテープで貼られていた。
私がパソコンを開くと自動で電源がついた。ディスプレイに付箋がくっついている。
付箋:『パスワードは“
それに私は少し正直、むず痒かった。正直、もう泣きそうだった。昨夜あんだけ泣いたのに。でもこれから先のことは、『ママが最後の最後に私へ伝えたいこと』だから。
パソコンが立ち上がると、幼いころ、5歳くらいの私の笑顔が背景になったデスクトップ画面。そして、一番目に入るど真ん中にあったのは水色のファイル。名前を確認すると……。
『味来へ ママの手紙』
この名前のファイルを震えた手でクリックする。
すると白い紙が展開された。味来へ、から始まる最後の手紙。
「拝啓 私の愛娘――味来へ
おはよ、味来。それとも、こんばんは、かな。
味来がこれを読んでいるということは、多分私はいないと思う。じゃなきゃ、このファイルはゴミ箱行きだからね。
……お父さんがいなくなって、もう2ヶ月。そして今日の朝、目を開けたら私までいなくなっている。
まず最初に3つ謝らないといけないことがあるの。
一つ目は、最後の最後までちゃんと見て上げれなくてごめんなさい。」
――謝らないで。ママもパパも私を大事に思ってくれてた。だから……。
私の憶測通り、これはママの遺書だろう。ママの穏やかな口調をそのまま文字に起こしたような感覚。それに私はこのパソコンにママがいるかのようにどうにか笑顔を作る。でも胸はもう張り裂けそうで、生きてる心地なんてまるでしなかった。
「次に私とパパは20年前くらいからつきあって、結婚したんだけど、パパがね、『もし大学に行きたいって言ってもいいようにお金を貯めないとね』と言ったてね。それで味来をお腹に授かったのが15年前。
その空白の五年間が無かったら、こんなことにはならなかったよね。私たちの愚かな行動をどうか許して欲しい。本当にごめんなさい。」
――あんな事件、起こるなんて分かりっこないよ。私の事を思ってくれた証拠でしょ……。
私はうつむき、右手を握りしめた。私の想いに何の反応もなく淡々と手紙は続いている。私が将来、大学へいけるように、お金を貯めてくれていた。でも本当に、何でこんなことになったのだろうか……、そう虚空に包まれるたらればの話を、頭を振って振り払う。
「三つ目、実は誕生日になったら消えちゃうって知ったのは事件から一か月後かな。そのことを味来が知ってしまうことを、ずっと私自身が怖がって黙ってるなんて母親失格ね。本当にごめんなさい」
――もう謝らないで……。もう、母親失格なんて言わないで……!
心の中で私は何度も叫んでいる。もう何度も私にとっては些細なことを謝ってきて、すでに感情がぐちゃぐちゃになっいる。もう、読むすら止めたい。
ただ字面だけで、本当に暖かいママの手紙はまだ続いている。それにどこか若干安堵しながらも、鼻水や嗚咽を漏らしながら読み進めていく。
「少し寂しい話を続けちゃったね、気分転換に、『なんで味来って名前にしたか』っていう、昔話をしてみようか。
味来が生まれてからね、少し私達は少しショックだったことがあるの。それは、私が『いないいない……、ばあっ!』ってやっても全く眉一つ動かさなくてね、パパがあやしてもまるで笑っていなかった。でも、粉ミルクで作ったミルクを飲むときだけは、私達にも満面の笑みで笑ってくれたの。
だから本当なら『美しい未来が待っているように』として――
――笑顔を大事に……。これがパパとママの想い……。でも……。
その素敵な願いに私の胸が砕けたような感触に陥った。
味来:「ごめん、今の、パパとママがいない私には、できないよ……!」
私は細い声でつぶやいた。我慢してでもこぼれてしまった大粒の涙。息を整えようにも咳き込んでしまう。心の底から上げってくる感情を止めることもなく私は言葉にしてみる。
味来:「パパとママがいたから、私はいつも笑えていたんだよ……。だから、帰ってきてよ……! ドッキリでも悪い冗談でもなんでも許すから! だから、だから、帰ってきてよ!!」
か細い声で元気なく喉が痛くなるほど呟く。叫ぶほどの元気も私にはなかった。ここから私は1人で生きていく。その虚空に包まれた感覚に思わず机に突っ伏した。
いつもパパとママがいてくれたから本当に心から笑えていた。
――いつも、いつまでも見守ってくれたから……。
神に願ったって無駄だとわかってる。でも、例え奇跡でもなんでも良いから、どうか帰ってきてよ……。
「でもね、味来。多分、今これを読んでいるあなたは笑えないかもしれない。だから今笑えないなら、無理に笑わなくてもいい。泣きたいなら泣いたらいい」
この言葉、ずっと昔からママが言っていた言葉。その言葉を私は読み上げる。
味来:「でも女の子でも何度も泣いていたら、ダメよ。何度も泣いていたら私の可愛い顔が台無しになっちゃうからね」
……私は何度も何度も袖で涙をぬぐって、何回も何回も息を整えようとしてから、胸に手を当てる。
――……そうだね、そうだよね……。何度も何度も泣いたらママもパパも困っちゃうからね。
そうやって自分を鼓舞して、笑顔を作る。でもその笑顔はどこかすぐに崩れそうだ。だからといって、もうここ最近は泣きすぎだよね。だから、こっから、ちゃんと笑って、笑って……。
――ママとパパに可愛い笑顔を見せないといけないからね。
「味来は、小さいころ、本当に泣き虫さんでね、かけっこで負けたり、何か辛いことがあったらすぐ『ワーワー』泣いちゃっていたのよ、覚えているかしら。」
――うん、覚えているよ、ちょっと恥ずかしいけどね。
あの時、本当に小さい頃はいつも泣いていた。歩佳や稲葉にいたずらされたり、お漏らししちゃったり、勝負で負けた時とか無駄に負けず嫌いのくせに弱気だった。本当に私はめんどくさい子供だ。
「でも、今の味来は期末テストとか部活の吹奏楽部だってしっかりやってみせた。あんだけすぐパパとママにくっついていた子が、本当に立派になったね。
だっていつも無理して頑張って腹痛でトイレから動けなくなった日もあったし、失敗でへこんでしまった時もあったものに、いつも良く頑張ったね」
――これくらい、普通だよ。だって、みんな私以上に頑張っているからね。
――……でも、ありがと。褒めてくれて。
「味来、ここからはダメな両親から、最後のお願いがあるの」
この枕言葉のような言葉に私の笑顔は消えた。
それでもどうにか真剣に目を尖らせて、ママの置き手紙に目をやる。
「これからは味来が好きなように生きて欲しい。本当に自由に、学校に行かないで音楽の道を行くも良いし、高校大学に行っても良いし、これはやってほしくないけど自殺も私は受け入れるつもりだよ。でも、天国に行ってから軽く100年くらいお説教だけどね」
――自分のやりたいこと……。
もちろん、大好きなパパとママからのお説教は全くの御免だ。でも、今、やりたいことは分からない。今までパパとママの助けがあって決めてこれたのに……。
私は首をかしげる。少しうなってみたがやっぱり1人だと見つからない。でもさすが私のママというべきか、そんなところもお見通しのようだ。
「でももし、今、味来が、
――朝橋先生、歩佳に稲葉ちゃん……。
信頼できるみんなと一緒に生きる未来……。少し頭に浮かべてみる。
不格好に走る私を待つのはどこか丘の上の校舎。先に走っていた二人は少し大人びて、それで格好良くて、私もその場所へ……。
まるで夢のような情景。その情景から現実に戻ってみると少し胸がまた痛くなった。
「もう、こんな時間か……。まだ、書きたいことがいっぱいあるのに……。
最後に、お礼を言わせて。もしかしたら既に言ってるかもしれないけどね……。」
ママ:「また100年後、人生を謳歌してからこっちに来てね! 味来、生まれてきてくれて本当にありがとうね!」
この言葉は昨晩。言ってくれた言葉だった。でも、やっぱり、私にとって、本当に、本当に、最高の言葉だった。
味来:「私、言峰味来は、本当に、本当に、ママの子供で良かったの。ママ、産んでくれてありがとうね。それと、いつか、あと100年は言い過ぎだけど、長生きしてからそっちに行くね! ありがとう!!!」
「パパとママより」、ママの残してくれた手紙はここで終わっていた。猫の時計を見ると、もう8時を過ぎていた。
私の胸の中に空いた穴は塞がっていない。でも、穴の周りに添えてくれたこの心の温かさだけは、なんとも言えなかった。
私はママのパソコンを閉じて、また一つ、私とママとパパの為に、また一つ笑顔を作る。
味来:「いってらっしゃい、パパ、ママ」
そうやって二人に声をかける。でも返事はやっぱり、返ってこなかった。
◇ ◇ ◇
ep7:置き手紙――これからを生きる味来へ(Fin.)
ep8:生きる
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