ep5:味来のスマホ
ep5:味来のスマホ
〈day2 / 17:30/ 言峰家・自室〉
家に帰るとママは夕飯の準備をしていた。私も手伝うと言ってみたが、ダメと一蹴されたため、私はとりあえず受験勉強をすることにした。腐っても受験生。体が弱くて、すぐ体を壊す分、やらないといけないのだが……。
――さっぱり頭に入らない。
どういうわけか、やはり何かがつっかえているようでうまく頭に入らないのだ。
するとトントンという階段を上がる足音。それから少しするとコンコンコンというノック。「はーい」と返す私。
ママは私の部屋の扉を開ける。右手に例の紙袋を持っていた。
ママ:「味来、ちょっといいかしら?」
味来:「大丈夫だよ、どうしたの?」
ママ:「はい、これ開けてみて」
そう手渡された紙袋に手を突っ込んでみると、そこには白い箱のようなものがあった。表紙にスマホの画像。もしかして、と思ってその箱を開ける、すると……。
味来:「これって……」
そう声を大にしてしまった。
この紙袋に入っていたのはスマホだった。本来なら高校に入ってからもらうはずだったものに、私は驚きで思考が止まっていた。
ママ:「万が一、明日から私がいなくなってもいいように、これを渡しておくね」
その言葉から連想される言葉に私は鳥肌が立った。
――違う、そうじゃない……。
私はスマホなんかいらない。ママがいてくれたらそれでいいんだから……。
ママ:「あ、でももし、私がいたら、スマホは没収するからね……」
――やだ、やめて……。
そう非常な現実にたたきつけられたような気持だった。本当はスマホをもらったことは嬉しいはずなんだ。でも、この行動はまるでママは、ママ自身が消える前提で話しているようだ。
味来:「ママ……、もしかして……、自分が消えるって知っているの?」
私は今、本当に堪えていた疑問を投げてしまった。答えが怖いから、ママもこれに答えるのは本当につらいはずだから……。
ママは困った顔をした。それでも作り笑顔で答えた。
ママ:「いや、万が一よ」
味来:「だったら、何で今日なの? まだ受験、終わってないよ、どうして、隠してることが……」
胸が痛かった。今からの答えが怖くて聞きたくない、でも聞かないと……、じゃないと……。
――私は一生後悔する気がする……
ママは目を合わせようとしなかった。でも、「もし詳しく聞きたいならこの話は一階でさせて」と低く答えた。
〈day2 / 17:30/ 言峰家・リビング〉
ママ:「消えるか消えないかの話、結論から行くけど、大丈夫?」
リビングの食卓に対面する形で私たちは座った。そして、私も覚悟を決めて大きくうなづいた。
ママ:「おそらく、私は明日の朝1時に消える」
その答えに、驚きと恐怖で私の胸が大きく揺さぶれた感触を感じた。息ができないような感覚のまま、ママはスマホを見せてきた。
SNSの書き込みをママは見せてきた。それをどうにか目をこらす。
書き込みA:「深夜1時に母が失踪した」
書き込みB:「今、ママが、消えた」
書き込みC:「なんで、母が……だれか教えてよ!」
似たような投稿が重ね重ねに起こり、最後に見せてきたのは総理大臣によるニュースだ。
総理大臣:『現在、50歳の誕生日迎えられた方が亡くなるという事件が発生しています』
このニュースを見た時に、私の心は完全に壊されていた。それじゃあ、あの事件のニュースを嫌っていたのは……。私に真実を隠すために……?
味来:「どうして、どうして言ってくれなかったの?」
唇を震わせるようにしてつぶやいた。
ママはその言葉に目を大きくした。そっと下を向き「ごめんなさい」とだけ呟く。
正直、怒りより絶望の方が大きかった。
こみあげてくる何か。怒りすら湧いてこない真っ暗な闇のようなものが覆いかぶさっていくるような。それでもどうにか残っている理性で考える。
――でも、自分がママの立場だったら……。
味来:「でも、私にそんな話、できないよね……」
もし、この話を一週間前に聞いていたなら、私はママを生かすために東奔西走してしまうだろう。そして一週間もの間、ママのことでいっぱいになって体を壊す。そこから先もママを思ってずっとずっと体を……。その未来をずっとずっと、ずっと考えてくれての判断。
だからだよね……。ママが今まで内緒にしていたのは。でも、もし、スマホの事でも気づかないで、ママが消えるとなったら……。
味来:「でも、もっと早く話して欲しかった……」
この言葉をママの反応すら見ずに捨て台詞のように吐いて、私は自分の部屋に逃げ込んだ。
〈day2 / 18:00/ 言峰家・自室〉
あと数時間でママは本当に……。残りの数時間をどうやって接しようか……。
――言葉もなくママに甘えたい。でも、1人でも生きていけることを証明しないといけない……。
根拠のない1人妄想が愚かな殻になって甘えることを躊躇ってしまう。本当は甘えたい。ずっとくっついていたい。
――だって最後なんでしょ……?
でも一人で生きていけることを話さないとママは安心できない。だから、だから……。
結局このもやもやした気持ちは晴れなかった。少しして晩御飯ができたらしくママと一緒のご飯を食べたし、ママと一緒に風呂も入ったけど、やっぱり、気持ちは晴れなかった。
◇ ◇ ◇
――もう10時か……。
学校行けるか分からないけど準備だけはしておこうとカバンを開ける。するとぐしゃぐしゃになっていた紙を手に取った。広げてみた時に、私ははっとした。
『万が一、最後になるかもしれないなら……、一緒にいてあげて欲しい』
『一人にさせるなよ』
朝橋先生と神崎君の言葉をメモした紙。それに今までの私は励まされた。この言葉をずっと信じてきた。
その時、やっとわかった気がする。モヤモヤが晴れたような、
甘えることも我慢するのでもない。ただ一緒にいるだけで、良いんだ……。
私は必死になって階段を駆け降りた。
◇ ◇ ◇
ep5:味来のスマホ (Fin.)
next ep6:はぐ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます