ep2:味来の悩み

ep2:味来の悩み




〈day1 /11:45 /佐世保南東中学校・保健室〉


朝橋先生:「お母さんが亡くなる?」


 そう朝橋先生は確認する。それにゆっくりうなづく私。私は出来る限り真剣な目でこの言葉を尋ねた。


味来:「先生もご存じですよね、エラン・ヴィタールの話」




 ……この事件は今から約3ヶ月前の話だ。11月19日12時03分32秒。この時刻を境に世界中の50歳以上の方が一人残らず失踪した。文字通り一人残らず。だから今生きている人は49歳以下。日本の人口も半分以上の人が消滅。


 日本に限った話になれば政治家の消失、農林水産業の人手不足、激減する税収、世界市場の混乱によって食料の高騰……。あらゆる方面から世界中を絶望に追いやった。


 もっと身近な話なら、私の知る限りこの学校にも18人、この事件で両親が消えたという友達をみてきた。また、親友の二人、稲葉いなば歩佳あゆかの二人もその一人だった。彼女たちは市の児童保護施設に入ったが学校には顔を出して、今日も何食わぬ顔を見せている。


 だが、親を失った子供の中にはそのまま自殺までした子も少なくないと聞く。スマホをもっていないが故に、友達の噂やニュースで得た知識でしかその話を聞いていないのだ。


 また私も私のママは、パパをこの事件で失ったため、この話がかなり苦手。故にあまり私もこの事件についてのニュースを目にできていないのだ。




朝橋先生:「もちろん、知ってるわよ」


 朝橋先生は大きくうなづいた。それを確認して私は話を続ける。


味来:「私、あの事件でお父さんを失いました。そのことすらまだ正直受け入れていないんですけど……」


 私は上がってくる感情のままにこう伝えた。



味来:「お母さん、明日、50なんです……」



 このことはいつも飄々としている朝橋先生すら「え……」と思わず声を上げた。


味来:「それで、私、母が50歳になって、もしお母さんが消えたらと思うと、本当に心配で……、心配で……」


 この言葉の後、私は気づいていたら涙が出ていたことに気づいた。両目から滴っているものに気づいたら声がこれ以上でなくてなった……。


朝橋先生:「……言峰さん」


 朝橋先生が優しく声をかけてくれた。ゆっくりとした口調で、背中を触ってくれた。耳元で先生の息に似た声が聞こえる。


朝橋先生:「好きなだけ泣いていいよ、私はいくらでもいつまでもそばにいるからね」


 私は小さくうなづくことしかできなかった……。


 やはり話し出すと涙が止まらなかった。まるで心が落ち込んでしまったようだ。


朝橋先生:「今日と明日はお母さんに甘えておいてね。万が一、最後になるかもしれないなら……、一緒にいてあげて欲しい、と私は思うよ」


 そう朝橋先生の声が優しく頭の中で響ていた。


 その後、私は先生の勧めで早退することになった。保健室の帰り際に神崎が、「一人にさせるなよ」と一言もらってはっとしたことだけ覚えている。




〈day1 /13:00 / 言峰家〉


味来:「ただいま」


 私は誰もいない部屋に向かって挨拶をした。前まで早退したと聞いたら飛んで家に帰ってくるお母さんだったけど、今日は仕事が忙しくて早めに帰れないらしい。お花屋さんを営んでいるけど、お墓にお供えする花が売れすぎて忙しそうだ。いつも家に帰ると少し疲れた顔を浮かべていたのだ。



朝橋先生:『万が一、最後になるかもしれないなら……、一緒にいてあげて欲しい』


神崎:『一人にさせるなよ』



 この二つの言葉がもしかしたら一番欲しかった言葉だったと思う。だからこの言葉をちぎったノートに書いた。


 ――絶対に忘れないように、今はこの言葉にすがるために……。


 でも状況は何も変わっていない。ママは仕事。一緒なんてできない。それに『スマホは高校生から』ってお母さんに言われているから少し暇だ。


 持って帰ったお弁当でも食べてみようか……。


 でもお腹が痛い。薬だけ飲んであとは……。


 勉強もなんか違う気がする。多分、何もしたくない……。


 私はリビングのソファーに横になった。昼ということもあってカーテンでも遮れ切れない日光に苛まれながら私は瞳を閉じた。


 その時は、奇跡的にも何も考えれず眠ることができた……。


   ◇ ◇ ◇


ep2:味来の悩み(Fin.)


next ep3:甘え方

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