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「まあ僕も、やんややんやで頑張ってます」

「素晴らしいです」

 にこにこと笑いながら軽く手を叩く川上佐都紀かわかみさときに一志も満更ではない。それだって福祉士としての業務の一環といえばそれまでなのだろうが、しかし一志は史生のことも佐都紀のことも大好きだった。仕事である、ということをほとんど意識させないのもこの二人がプロだからなのだろうと思う。

 佐都紀もこの地域活動支援センターの職員であり、日頃から一志たちの支援をしている。“支援”と言っても主として話し相手になるということが彼らの仕事である。そしてそれが功を奏しているからこそ、自分も直亮もここに入り浸っているわけである、と一志は思う。

「サティも日々頑張っていて」サティというのは一志がつけた佐都紀のあだ名である。ちなみにこの名で彼をそう呼ぶのは一志だけである。「素晴らしいことよ」

「どうもありがとうございます」

 と、佐都紀は頭を下げる。

「やっぱり家族のためにっていうのが頑張れるポイントなんですかねぇ」

 という一志の言葉に、佐都紀は頷く。

「まあ、それは大きいですよね」

「家族仲良しというのは憧れるところだ」

 ふと逡巡し、佐都紀は“仕事モード”に入る。

「米原さんは」

「僕はもう、諦めちゃってるので」

「諦めてみて、どうですか」

「最高」

「よかったですねぇ」

 そう言われて、一志はにこにこと笑う。

「ついにお金がなくなって生活保護の申請に行ったんですよね」

「そうでしたね」

「ネットで、水際みずぎわ大作戦の話をすごい聞いてたから、すごい警戒しながら行ったんですよね」

「準備は大切ですね」

「そしたらその担当してくれた職員のあんちゃんが、わかりやすく説明してくれて。そしてすごいじっくり僕の話を聞いてくれて」

「よかったですね」

「それでちょっと、考え直して、もうちょっと頑張ってみようと。働いてみようと。で、そのままハローワーク行って、スーパーの仕事に受かり」

「ふむふむ」

「結構、助けてって言えば人って助けてくれるんだなって思って」

「わかります」

「家族親戚は助けてって言っちゃいけない人たちだったんだなと」

「能力がなかった、と」

「助けは助けてくれる人に求めなきゃダメってことだよね。サティにしろ海川さんにしろ」

「ありがとうございます」

 と、佐都紀は深く頭を下げた。

「でさ」

「何でしょう」

 というわけでこの二人は別の話題を始めるのだが、しかし一志は頭の片隅でちょっと思う。

 助けは助けてくれる人に求めなきゃダメ。

 本当にそう思うのだ。

 家族親戚は誰も自分のことを助けてくれなかったな、ということを一志は思う。

 それは確かに、遺産を使い果たし、まるっきり金がなくなったときに借金をさせてくれたのは数名の親戚であり姉と弟ではあったのだが、つまり、絶体絶命にならなければ助けてくれることはない。

 昔からいつもそうだった。

 絶体絶命になったのではないかという思いが絶え間なく一志の心にはあった。

『バイトで辛くて』

『誠実に、愛想よく、礼儀正しく対応すれば相手もわかってくれるよ』

 以前、叔母とした会話を思い出すと、もしかしたらこの叔母はお嬢様育ちなのではないかと一志はなかなか疑問に思うところであった。母の妹であるわけだから当然田舎育ちなのだが、しかしそれにしても職場の人間関係の辛さを“誠実な対応”で解決できると思っているとは、少なくとも職場の人間関係において苦労したことのない人生を彼女は送ってきたのだろうと一志は何となくそう思うのだ。

 本当のところはどうかわからないけれど。

 あるいは、人並みに苦労はしてきたのかもしれない。

 だが、一志に対しては対応しか、しない。

 自分が誠実に、愛想よく、礼儀正しく対応と思っていなければこの発言は出てこないだろうと思う。米原一志という甥はそんなに無礼な人間にあなたには見えているのだろうかと思う。そして実際その通りなのだろう。だからこそ一志が思うことは、“何でまたそんなに僕のせいにしたがるのかわからない”ということだった。

 みんなそうだった。

 全員ではないにしろ——親、姉弟、親戚たちは、軒並みそうだった。

 幼い頃から——それは中学校を不登校になってから、ずっとそうだった。

 それは“共通の敵”を求めた結果なのだろうかと一志は思う。

(僕はここに社会の縮図しゅくずを見る)

 和気藹々と会話をする佐都紀と一緒に過ごす時間が一志には楽しかった。

 とても居心地の良い場所だった。

 地域活動支援センター。

 それは逃げや、あるいは甘えなのかもしれない。

 だが“自分を受け入れてくれる”という体験は日常生活そのものに影響するし、たとえそれが仕事上のものであっても貴重なことだ。

 なぜなら、他人に受け入れられるという経験をしたことが、そもそもないのだから。

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