4-2
病院を終え、薬局で薬をもらい、一志はそのままセンターに向かうことにした。今日も主治医の先生はいい人で薬剤師は無能だった。それはもうこの病院に通うようになってから続いている相変わらずの日常風景だった。
薬剤師の女性とは最近ではもう薬に関する話しかしない。向こうからなにか話題を吹っかけられたとしても軽くいなすということができるようになっている。
数年前までは大変だった。一志が家族に抱いているちょっとした愚痴を彼女に話しても、彼女はあくまでも親は正しい存在なので米原くんの考えが間違っている、でもそれはあなたが病気だから仕方がない、という無神経な発言を繰り返す一方だった。学習能力のない自分も大概だが、そもそも彼女から話題を振られている以上返事をしないわけにはいかない。何年も何年もそんな日々が続き、それで薬局を変えてしまおうかといつも何度となく思っていたが、なんといっても病院の一階にその薬局があるから便利なことこの上なかったし、障害者自立支援の書類をいちいち書き直すのが面倒だったし、それに事務の女の子とは相性がよかったためにこのままここに通い続けることになんとなくしていた。
その事務員もとっくに寿退社したので、一志としてはもうここにこだわる必要もない、多少の手間をかけてでも薬局を変えていいのではないかというテンションになった頃、それでかえってその薬剤師を諦められるようになったのはよかったと思う。やっぱり、諦めなければいけないことは諦めなければいけないよな、と思う。いまとなっては彼女に対しては事務的対応に専念することにしており、それからはだいぶ楽になった。
自転車を漕ぎながら一志は我田引水という四字熟語についてもう少し考えてみた。例えばセンターの友達である
やはり相性の問題ということなのかなあ、と思う。あの薬剤師は単純にはいい人だと思う。しかしどうしても噛み合わない。これまでは日々付き合う相手としてなんとかして噛み合わせたいと思っていたが、結局、叶わなかった。それもこれも単に相性が悪い以上仕方がないというだけのことなのかもしれない。やっぱり、物事、諦めが肝心だとそう思う。少なくとも自分は彼女を諦めなければ彼女とうまくやっていくことはできなかったのだから。
そう、うまくやっていくために諦めるしかないということもあるのだ、と思う。そして厄介ごとから解放された以上、それは悩ましいことではなかった。例えばこのことを“物語”にして彼女が読んだとしても、彼女は自分を
「こんにちはー。米原でーす」
と挨拶をしながら一志はセンターにやってきた。フロアに進むと、そこに友達であり仲間である直亮と
「お疲れー」
「お疲れー」
と三人で言い合い、一志は椅子に座る。
「いつものことだけど、いつもいるね。二人とも」
「まあね。ここ、居心地いいっすもん」と、丈は笑いながら答えた。「オレたちの居場所だ」
「そうだね」
「病院?」
と、直亮が
「これもいつものことなり」
「海川さんはいないけどね」
ああ、と、一志は
「弟さんが事故死して、
「絵描きの弟さんね。こないだ全国コンクールで賞を取ったばっかりなのにね」
「意気消沈してるんだろうな」と、丈は心配そうに言った。「早く帰ってきてほしいよ」
「だね。ところで丈ちゃん、音楽の方はどう?」
「バッチリ。スクールでバッチリ習ってるし。一志さんは、小説はどうすか」
「昨日はPV数七十いったよ」
「すげー。お互い頑張ろ」
「お互い頑張りましょう」
「流行りに乗らないと音楽も小説も売れないよ」
と、空気を壊して直亮はそう言った。だが二人はなにも気にしない。そのまま一志はいつものように答えた。
「流行りは自分の方が作らないと。少なくともクリエイターとしてそれぐらいの気概は持っていたいよね」
「売れれば言っていいセリフだけどね」
「そうだね。そんなわけでずっと毎日アップしてるよ」
「
「まあね。でもまあ、五十歳になってから小説家デビューした人もいるしね」
「そういう人はずっと活動し続けてきたわけでしょ」
「そうだと思うよ。まあ、読んでくれている人たちがいるから、その人たちのためにしっかり完結させるのがいまの目標かな」
自分がさっきからひたすら折れ続けていることなど直亮にはまるでわからないだろうな、一志は思う。だが気分は別に悪くない。いつものことだからというのもあるが、一志は単純に直亮のことが好きだったからだ。
「丈ちゃんはどうだね」と、一志は丈に話題を振った。「夢を追ってるかね」
「もちろん。オレは絶対にミュージシャンになってみせるよ。夢見てるんですから」
「丈くんももう三十八歳なんだから諦めも肝心だよ」
「諦めんよ」
「まあ好きにすればいいけどね」
「好きにする」
ふふ、と直亮は微笑んだ。
直亮と丈はもう十年来の付き合いで、直亮の方が遥かに年が上だったが丈は彼に対してタメ口で話をしている。それだけ安心しているということだな、と、自分に対してもときどきタメ口になることから自分も彼を安心させられているのかなと思ったら嬉しくなった。
「まあ丈ちゃん、あれだよ。所詮、家族とか親戚とか、周囲の人間に理解などされないのだという絶望がクリエイターには必要だよ」
「だよね。わかる」
「お互い頑張ろう」
「頑張りましょう」と言って、一志はさっき買ってきたアイスを取り出した。「では僕は糖分を脳に入れなければ」
「召し上がれ」
二人が同時にそう言ったので、一志は笑ってしまった。
ここが自分たちの居場所。居心地のいいサードプレイスだった。
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