2-5
航也への電話を終え、史生はどこか複雑な表情を浮かべていた。
航平の受賞は、嬉しい。全国で一位になったということは凄いことだし、家族として喜ばしいことだと本当に思っている。航平が富や名誉に何の興味もないからこそかえってお祝いをしてあげたいという気持ちが強くなっている。だからこうして最近友達になった航也に連絡をしたのだ。なんといっても彼の
それでも史生は自分の中になにか薄暗い気持ちが生まれているということも自覚していた。
自分は航平のように、突出した何らかの才能があるわけではないことを思う。
そして、幼い頃から抱いていた数々の不平不満を思う。
年子の弟が、物心ついたときから普通の子ができることができないことは姉としてよくわかっていた。身体は丈夫だが、なにかと面倒な目にも遭ってきた。むろん生まれたときからそうだったからそれを特別“大変”だと思ったことはない。ただ、運動会や遠足など、航平が原因でうまく事が運ばなかったことがあるのも確かであり、それについて不満を抱いていたことも事実である。
航平のことは、好きだ。それは嘘偽りない事実だ。しかし––––それとこれは別だし、それとこれは矛盾なく両立する。
ただ、もしもあの子が生まれてこなければ、いや、もしもあの子に障害がなければ、いや––––もしもあの子に、突出した絵の才能がなければ、そしたら自分はもう少し気楽に生きられていたのではないかとも思う。
自分には突出した何らかの才能はない。
それを幼い頃から比べられてきた。
『史生もなにか凄いことできたりするの?』
友達たち、周りの人たちの純粋な疑問に対し、いちいち「私は普通」と答えるのもうんざりしていた。自分にもなにか、勉強とか音楽とかスポーツとか、なにか特別できることはないだろうかと
いろいろ、面倒なことが多い人生だな、とつくづく思う。
しかしそれでもあの子の境遇に比べたらまるで大したことはない。あの子は自分になにができてなにができないのかをちゃんと把握している。その上で、できないことは史生含め周りの人たちに助けてもらうしかない。だから史生は自分にできることは自分にできる範囲で航平に尽くしてきた。その結果『史生ちゃんは普通だね』と言われるのも諦めて受け入れるしかないのもわかっている。
その度に、自分の中に“悪いもの”が
いや––––航平のことは、好きなのだ。
それは本当だ。
それでも、どうしてもこの薄暗い気持ちを止めることはできなかった。
障害のある家族を抱えていること。そしてその家族が特別な才能を持っていること。そういうことは、こういった家庭の場合、多かれ少なかれ誰もが同じような悩みを抱くのではないだろうかと思う。はっきりと“障害”と言えるものでなくとも、普通の人が普通にしていることが普通にできない家族を持っている場合、やはり本人はもとい家族全員が苦労することになるはずだった。もちろん史生は仕事柄そういった家族と普段密接に関わっている。そしてそれについては非常に客観的なスタンスで臨むことができている。
しかし自分の家族がそう、というのは、やはり話が別なのだ。
福祉の仕事に就いたのはむろん航平の影響だった。障害のある兄弟のいる者として自分も世の中になにかできることがあるはずだということは高校生のときから思っていた。そして実際に社会福祉士と精神保健福祉士の資格を得て、地域活動支援センターに就職し、いまでは充実したやりがいのある日々を送っている。
航平のおかげといえばそうなのだろう。
いまの穏やかな日々があるのはあの子がいてからこそ。
だからあの子が弟で本当によかったと思っている。
それでもどうしてもと思う。
もしもあの子に障害がなければ。
もしもあの子に特別な才能がなければ。
そうしたら自分はもうちょっと気楽に生きられていたのではないか。
……史生は生まれたときから複雑な気持ちが常にあった。それは三十二歳のいち社会人になってからもずっと続いている。
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