2-5

森での実施講義が終わり、エルムさんの指導も相まって有意義な時間を過ごせた。

これで野宿する時に、フェルにもちゃんと手伝ってもらえそうだし、食事当番の時にフェルにも遠慮なく頼める。

食事量の計算さえ出来ていれば、正直フェルの手料理が一番美味いから結構楽しみなんだ。

あとは残りの2日間は洞窟の実施訓練で依頼を受けることになる。

依頼内容は鉱石の採取か、魔物討伐を選べ、今回は二人と相談して鉱石の採取を選んだ。

「・・・本当に討伐じゃなくて良いのか?」

「ああ、俺たちは何度か実践はしてるしな・・・」

プロのもとに行える戦闘訓練がどれだけ重要かは、ガッツさんに指導してもらった俺が誰よりも身に染みて分かっている。その機会を新人たちから奪うわけにもいかない。それに・・・

「俺たちも対人相手に訓練しそうだしな・・・」

「ええ、本当に嫌になっちゃう。ごめんなさいね」

洞窟に入ってから感じる視線にエルムさんは申し訳なさそうな顔され、俺は慌てて首を横に振る。おそらく視線の正体はエルムさんを狙った盗賊か奴隷商人なんだろう。フェルを狙っている可能性もあるけど・・・

「エルムさんの所為じゃないって」

「・・・・うん。テオが可愛いから仕方ない」

「いや、狙われるなら俺よりもお前だと思うぞ?」

フェルは相変わらずの平常運転だが、珍しく少しだけピリピリしている気がする。

こいつも仲間のエルムさんが狙われていると知って、怒っているんだと思ったらなんだか少しだけ嬉しくなった。

「人気のない所まで誘導して、一気に叩くか」

「それがいいね。ほかの新人の子を巻き込むのも可哀そうだし」

「・・・・人気のない所でテオといちゃいちゃ」

「しないからな?」

「状況を考えなさいね?」

「・・・・はい」

しょんぼりするフェルが、ちょっとだけ可愛かった。



洞窟に入ってから、すぐに違和感に気づいた

今回の講義は洞窟の奥までは行かず、中間地点にある結界よりも少しだけ入り口寄りの場所で行うのだが、洞窟の奥から発せられる魔物の気配はどう見ても新人が相手に出来る魔物のレベルを超えている。

結界があるから、こちら側には来れないという事なのか、それとも亜種が生まれただけなのか、どちらにしても厄介ごとに臭いがプンプン・・・・ああ、厄介ごと確定だ。

「フェル、そっちの方は依頼品あったか~?」

「・・・いや、こっちにはないな」

「こっちもないわ!!」

「ぐあああぁあっ!!!」

「「っ!?」」

周囲を警戒しながら探索する二人を尻目に、魔物の気配は近づいてきて、同時に悲鳴が上がる。

二人は顔を見合わせると、悲鳴がした方に走り出してしまい、僕も仕方なく後に続く。

「グウウゥゥ!!」

「なっ、ブラックベアー・・・?」

「うそっ、なんでBランクの魔物がこんな所にいるの!?」

魔物は口元を血で赤く染め、こちらに勢いよく駆けてくる。

先に正気に戻ったエルムは弓を構え、魔物の眉間を打ち抜こうと矢を射るが地面を四本足で強く蹴って上に跳んだ魔物はあっさりと矢を躱し、お返しとばかりに口から吐き出される火球を二人は慌てて横に跳んで避ける。

エルムのほうは流石というべきか、避けた際にも牽制とばかりに数本の矢を魔物に放つが、無理な姿勢から打った矢は威力が半減しており、毛皮に軽く刺さっただけですぐに抜けてしまう。

「風刃!!」

テオも同じように斬撃を飛ばして遠距離からの攻撃をするが、分厚い毛皮で覆われた魔物は身震いするだけで風の刃も簡単に弾き飛ばしてしまう。二人とも対峙した事で力の差は既に理解しているようで、接近戦をする気はないようだ。

ブラックベアー、夜の暗殺者と呼ばれ、名の通りに全身に覆われた黒い毛皮を闇と同化させ、音もなく獲物に近づき、持ち前の怪力で食い殺す事で有名だ。ボブゴブリンと比べれば天と地ほどの実力差がある。ゲームでも中盤以降に出てくる敵の筈なのだが・・・・

「くそっ、エルムさん、なにか有効な魔法とかないか!?」

「無理!! あいつに通用する魔法ってなると洞窟が持たない!!」

ちなみに僕も同じなので観戦に徹している。いざとなったら二人を抱えて脱出するつもりだ。

「外におびき出そうにも周りの冒険者たちが危険だし・・・厄介だね」

「せめて有効打があれば・・・」

二人は魔物と距離を取りながら何とか打開策を見出そうとしているが、良い案が浮かばないようだ。

「・・・・テオ、テオの魔法なら通じるんじゃないか?」

「何言ってんだよ!!俺は魔法使えないって言っただろ!?」

「そっか、勇者になったなら使えるよ!!」

僕の言葉にエルムも弓矢で魔物を威嚇しながら声を上げ、テオは驚いた顔をしたまま風の斬撃を何発も魔物の足元に打ち込み、地面がえぐれて飛び散った土が魔物の視界を遮る。

「ほ、本当に俺、魔法使えるのか!?すっげぇ!!」

「感動してないで、早く魔法!!」

前は勇者覚醒で無意識に使っていたし、その後に気絶したから覚えてないんだろう。

無意識でも周りに被害が出ないようにする辺りがテオらしくて可愛い。

「でも、魔法だと洞窟崩れるんじゃ・・・」

「勇者の魔法は単体ならターゲットだけを攻撃できる魔法もあるんだよ!!」

流石エルフだけあり、勇者の魔法にも詳しいようで助かる。

ちなみにゲームだと勇者の魔法は全体攻撃を先に覚えてくれて重宝するのだが、ガガルとの戦闘でも言ったように周りへの被害が出て使えない場面も多々あったりする。妙なところでメタに拘るスタッフからの愛というやつだろうか?

「お、おう!!・・・・・・・魔法って、どう使えばいいんだ?」」

「ええぇぇ!?」

きょとんっとするテオにエルムも悲鳴を上げる。今まで騎士として剣術ばっかりやってたんだから、まあ、使えると言われて使おうとしても急に使える物でもないから仕方ない。可愛いテオは悪くない。

「・・・・僕が時間を稼ぐから、エルムはテオに魔法を教えてあげて」

「えっ、ちょっ!?」

やることが決まったのなら、僕としても多少は手助けをしようと魔物の前に立ち、振り下ろされる爪の攻撃を寸前の所で躱す作業を開始した。



時間稼ぎを買って出てくれたフェルに、ボクは急いでテオの傍に駆け付けて、その手を握りしめる。

「ふぇ!?ええぇ!?」

「いい、目を閉じて集中して」

「お、おう・・・んっ・・・身体中が暖かい?」

「そう、今テオの中にボクの魔力を流し込んでるの・・・分かる?」

「うん・・・・すっげぇ暖かい・・なんかフェルに抱っこされてる時みたいだ・・・」

そこは聞かなかったことにして、手に魔力を集中させる。

本当なら魔力操作とかの基礎から教えるべきなんだろうけど、今は緊急事態だ。

「今度は手が熱くなってきた」

「ボクの魔力をテオの手に集中させてるんだ。頭の中でアイツを倒せる魔法を想像して、思い浮かんだ言葉をアイツに向かってぶつけるんだ」

「言葉に・・・・?」

他人に魔法を使わせるために魔力は、自分で使うよりも数倍の魔力を必要とするから身体中の脱力感が襲ってくる。

ほとんどの魔力をテオの手に送り込んだ所で、ボクは手を放して、その場に座り込む。

「エルム!?」

「ははっ・・・初めて呼び捨てで呼んでくれたね・・・ちょっと疲れただけだから・・それより・・」

「ああ」

テオはブラックベアーに手を翳し、力ある言葉を口にする。

「降御雷」

ピシャーン!!!!!

その瞬間、テオの勇者の証が眩い光を放ち、轟音と共に手から出た雷がブラックベアーの身体を直撃する。

直撃した雷が身体を貫くことはなく、何度もブラックベアーの中で放電を繰り返し・・・・

「グオオオオォォ!!!!グオォ・・・・」

ドスーン!!

放電して光っていたブラックベアーは、やがて真っ黒になると焦げ臭くなって地面に倒れ伏した。

「しびびびび!!」

ついでに余波の雷がフェルの身体も一緒に貫いてしまい、そのまま地面に倒れ伏した。

その光景にボクとテオは同時に青い顔になる。

「「フェル!?」」

ボクも座っている訳にはいかず、慌ててフェルの傍に駆け寄るとフェルは何食わぬ顔で起き上がる

「・・・・テオの事を考えてたら身体に電流が奔ったような感覚・・これはテオに恋したのか・・?」

「は、ははっ、いや、それ本当に奔ったんだぞ?」

「よ、よかったぁ・・・無事だったん・・・だね・・・?」

余裕を取り戻したボクだったが、テオの方を見て再び固まってしまう。

「エルム、どうしたんだ?」

「・・・・テオ、大胆で可愛い。エロい

「は?」

テオのズボンは勇者の証を力を放出した余波で吹き飛んでおり、その・・・完全に晒されていた。

「う、うわああぁぁぁ!!!」

それに気づいたテオは、顔を真っ赤になりながら悲鳴を上げ、今度こそ勇者の証と男の子の証を同時に見てしまったボクは、疲労感も相まってその場で意識を失った。

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