1-5

本国の宿舎に戻ったテオと僕は一緒に布団で横になっていた。

元々遠征後は休暇の予定ではあったが、精鋭の一人が魔物化した事への対応と見習い騎士たちのメンタルケアで、予定よりも長い休暇になるらしい。それに、ガッツが魔物化したことが、テオには相当に応えてしまっている。

「フェル、わりぃ・・・」

「・・・いや、役得だ」

背中を優しく撫でるとテオは僕の胸に顔を埋めながら甘えてきて、それが非常に可愛らしくて堪らない。

でも、流石に手を出せる空気ではないし、今はしばらく我慢するとしよう。

それにしても、一体いつ教えれば良いのかなぁ。

「ガッツさんってさ、俺がこの宿舎に泊まり込んでから、ずっと面倒見てくれた人なんだ・・・ぐずんっ・・」

ポツポツと思い出話を語り始めるテオに、僕はいよいよもって伝えるタイミングを逃していった。

数十分後・・・

「ええぇ!?す、救える方法があるのか!?」

「・・・・そりゃ、憑依されてるだけだし、憑依を解けば人間に戻るよ」

「そそそっ、そういうことはもっと早く言えよ!?」

「・・・泣いてるテオもとても可愛かった」

「うわあぁぁ!!い、言うなよッ、馬鹿ぁ!!」

顔を真っ赤にして怒ってくるテオに癒やされながら、勇者としての力を高めていくことが大切だという事も伝えておいた。それに俄然やる気を出すテオを眺めていると・・・

「テオ、少し良いか?」

「え? あっ、た、隊長!?お、お疲れ様です!!」

部屋に入ってきた隊長にテオは慌てたように敬礼し、僕もそれに習って敬礼する。

一瞬だけ、隊長は僕に視線を向けてくるが、すぐにテオに視線を戻す。

「非番の日に悪いな。実は・・・」

そして、テオが来週に王族にいる王城で勇者としての確認と勇者降臨を祝って祝賀会をされるという説明を受けた。



隊長からの説明を受けた俺は頭の中がパンクしそうになっていた。

いつかは騎士として、国王様から勲章を授与されるとか言う夢を見なかったわけでは無いが、それが来週に叶うとか急に言われても、今はガッツさんを助けられると言うことを聞いただけでいっぱいいっぱいだ。

それに・・・

「え゛っ、勇者の証を大勢の前で見せるって事・・・・ですか?」

「ああ、そういう予定になってるんだが、どうしたんだ?」

不思議がる隊長に俺は頭の中が真っ白になる。トイレとかでこっそり確認したのだが、勇者の紋章は足の付け根。しかもナニの真横に出ており、これを見せるって事は当然真横にあるナニも一緒に見せるということになる。

「じ、実は・・・・」

俺の説明に隊長の非常に気の毒そうな顔をしてくれるが、すでに決まってしまっている事であり、王族の決定を覆す事は出来ないと言われてしまった。まさか、王族の皆様方も証の場所を知るよしも無いわけなんけど、大勢の貴族たちの前でなんて、不敬罪にならないかが心配だ。

「・・・・皆の前で」

「い、言うなよぉ・・・うぅ・・」

「恥ずかしがっているところ申し訳ないが・・・そんな余裕もないと思うぞ?」

「え?」

隊長は小さく咳払いをすると、これから俺が最低限必要になるものを説明してくれる。

・王族に対する礼儀作法

・騎士としての礼儀作法

・食事マナー

・ダンスの練習

・貴族たちの囲い込みによる勧誘に対する断りの入れ方等々・・・

・何よりも言葉遣い

「ちょっ、ま、待ってください!!そんなにいっぱい覚えきれる自信ないです!?」

「いいや、嫌でも覚えてもらうぞ。お前の行動が引いては軍の評価にもかかわるわけだからな・・・」

非常に座った眼で肩に手を置かれてしまい、その目は絶対に逃がさないという強い意志が感じられる。

まだ勇者としての自覚もないのに、今から訪れる試練に俺は腰を引こうとしたが・・・

「という事で非番は返上だ。今からノルと一緒にたっぷりとお勉強の時間だ」

「い、いやだー!!フェル、フェル~!!」

「・・・・怯えて嫌がってるテオも可愛いな」

唯一の頼みのフェルに助けを求めるが、相変わらずの平常運転のフェルは、引っ張られる俺の後についてきながら無表情でファイトと応援だけをしてくれるのだった。





「わりぃな。突然呼び出して」

「・・・・いえ」

テオが王城で歓待を受けている間。俺はフェルを呼び出して、秘密裏の作戦を立てる際に使うレストランに来ていた。この2か月でフェルに関しての情報を集め、今回の遠征を得て、やっとフェルの正体に目星がついたからだ。

「面倒くせぇ、前置きは飛ばして率直に聞くぞ。お前は神の契約者だろ?」

神の契約者、人が死の淵に追い込まれた際、聞こえてくる神の声と契約を結び、支払う代償に応じて絶大な恩恵を与えられるとされる伝説上のおとぎ話レベルの代物だ。

俺も実際に洞窟での件を見ていなければ、眉唾だと思っていただろう。

フェルは俺の問いかけに何も答えず、置かれているステーキをフォークで綺麗に切り分けていく。

「・・・・なぜ、そう思った?」

だが、その声だけは偽りを許さないという圧があり、隊長として多くの魔物と対峙した俺が背中に感じる冷や汗で喉が酷く渇く

「今回の遠征が決定的だった。ガッツの肉体を乗っ取った高位アンデットが使う強制反魂の術は、よほど追い詰められていなければ使ってくることは、まずあり得ない。ノルの報告だと現れた時にはアンデットは既に満身創痍だったと聞いている。俺たち団員の中でも高位アンデットを討伐するとなると、それなりの準備と戦術が必要になる。とてもじゃないがアンデット対策の準備もしてなかった見習いだらけの状態で追いつめられたとは思えねぇ・・・」

それに、そんな高位の術を使えるアンデットを、仮にガッツが一対一で戦ったとしても、せいぜい時間稼ぎが関の山だろう。しかし、フェルは変わらずに肉を切り分けながら視線を動かそうとはしない。

「・・・・たまたま訪れた高ランクの冒険者がやった可能性は?」

「それこそあり得ないな。あの森は俺たちが毎年新人たちの教育を兼ねて遠征する事は知れ渡っている。今回はたまたま魔物の大量発生に出くわしたが、そうでもなくてもゴブリンぐらいしか出ない森に冒険者が、しかも、遠征のあるこの時期に稼ぎも、うま味もない村にわざわざ行く訳がねぇ。それなら俺たちの中から誰かがアンデットに致命傷を負わせていたと考える方が筋が通る。そして、それが可能な奴がいるとしたら、それは神と契約を結んだ奴ぐらいじゃないと説明も不可能だ」

「・・・・ふーん」

興味なさげにフェルは切り終えた肉の皿を横に置き、今度は俺の皿を取ると同じように切り分けるのを再開する。

その瞳には動揺は一切見られないが、俺の言葉を否定する気も無さそうに思える。

「知ってると思うが、この2か月お前の事を監視させてもらっていた」

「・・・・知ってる」

「お前の正確な年齢は分からないが、それでもお前の年で召喚術まで使うのは難しい。何か恩恵でもない限りは」

「・・・そうかもね」

カチャカチャと切り分けている音が聞こえる中、フェルはいまだに自分から口を開こうとはしない。

「フェル・・・お前は、あとどれだけ・・・・生きられるんだ?」

「・・・・・・・?」

「お前が契約をしたのは、あの洞窟でだろう? 俺たちは聞いちまったんだよ。つかの間の寿命と引き換えに最強を契約するって・・・」

代償は大きければ大きいほどに恩恵を増す。そして、その中で最も恩恵を得られる代償が寿命だ。

スタンビートで大量の魔物に囲まれ、死の危機に瀕したフェルが死に物狂いで手に入れた生命すらも、その時間はわずかしか無い。世界はあまりにもコイツに残酷すぎる。

カシャン・・・・

俺の言葉に初めてフェルから動揺が見て取れた。持っていたフォークを落とし、血のように赤い瞳をせわしなく彷徨わせる。



王城で恥ずかしがっているテオを眺めていたら、隊長からの緊急連絡を受け、仕方なく応じた。

『この度は拝謁の栄誉を賜りましたこと、騎士としてこの上ない誉でございます』

勉強漬けで死んだ目で挨拶をするテオも、顔を真っ赤にして震わせているテオも本当に可愛らしくて、理性が負けて、お持ち帰りしたいと思っていたから助かったと言えば助かった。

そう思っていたのに、この隊長さんの話を聞き、僕が最初に思ったのは「このおっさん、何言ってんの?」だった。

神の契約者っていうのは勇者のスキルで、瀕死になった時に一度だけHPMPが全回復して、全ステータスを2~5倍にすると言う反則スキルであり、代わりに戦闘終了後に強制的に戦闘不能に陥るというデメリットにもならないデメリットがあるだけというチートスキルだ。間違っても異世界のボスキャラである僕に付く要素はない。

一体どうしたら、そんな馬鹿な勘違いをするのかと思っていたら、その原因は僕でした!!

もう顔から火が出るぐらい恥ずかしくて、このまま穴を掘って埋まってしまいたい羞恥に襲われる。

「やっぱりそうなんだな・・・」

「・・・・・・・・・」

そんな僕に何を思ったのか、勝手に納得している隊長さんは小さく咳払いをする。

「これは独り言になるが・・・・来月にテオは除隊させられ、勇者として復活した魔王討伐の旅に行くことが決まっている」

「・・・・・・そう」

そこもやはりシステム通りになるようで、さして驚きもない。むしろ黒歴史を見られた方が驚きだ

「そこで、お前にも秘密裏の任務を与える。表向きは除隊にするが、テオの手助けをしてやってくれ」

「・・・・・僕が?」

「ああ、お前の力は俺たちの隊で腐らせているには惜しい。勇者と共に魔王を倒してほしい。そして、願わくばガッツを救ってやってくれ。頼む」

そう言いながら、頭を深々と下げる隊長に僕は切り分け終わったステーキの皿を返す。

「無論。言うに及ばず」

「そうか・・・そうか・・・・」

元からテオが旅に出るというのは分かっていたから、路銀も貯めていたし、仮にテオが旅に出ることにならなくてもガッツ救出を餌に彼を誘おうと思っていた。それで駄目なら、この国を滅ぼして、魔王がやったということにしようと画策していたぐらいだ。この世界では不純物である僕を、この世界に送り込んだ者を見つけ出し、こんな黒歴史を作ってくれた相手に落とし前を付けさせなくては気が済まない。

え?自爆しただけだろって?知らんな?

「さあ、今日は俺のおごりだ!!好きなだけ注文してくれ!!」

「・・・すいません。ここからここまでのメニュー全部持ってきてください。あと、ここからここまで持ち帰りで」

「おいー!! 安月給なんだからちったぁ遠慮しやがれ!!」

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