1-4

作戦への伝達と準備は概ね完了し、いよいよ俺たちは森の中へと進軍を開始する。

「いいか、出来るだけ2人以上で敵1匹に当たれよ!!」

「はい!!」

魔物は人間と比べて膂力が高いこともあり、1対1の戦いは魔物と戦い慣れていなければ雑魚が相手でも難しい。

今回の件はゴブリンだけど、フェルが出してくれる低級の魔物でも俺は初めて勝つのに一週間以上かかった。

そして森の奥へと進んで行くにつれ、徐々にゴブリンの数は増えてきており、初めはあっけなく倒されて、楽勝ムードを漂わせていた仲間たちにも少しずつだが疲労が蓄積していく。

「・・・・テオ、そろそろ休憩させた方が良い」

「・・・・えっ・・あっ、お、おう・・そうだな・・・」

俺自身、戦ってはいないが、初めて部隊を纏めるって言う重圧に疲労がたまっていたみたいで、フェルの反応に遅れてしまう。

「マッサージする? 主に下半身を・・・」

「ぜってぇいらねぇ・・・それやったら絶好だからな?」

「・・・・それは困る」

いつもの無表情が珍しく悲しそうな顔に変わり、俺は悪くないはずなのに罪悪感で胸に押し寄せてくる。

顔が整っていると、こういう武器の使い方にもなるのかと羨ましいような、俺に使うのは激しく間違っているような気がする。そんなことを思っていると、俺の身体に手を回してきたフェルの手のひらがじんわり温かくなり、緊張していた身体の疲れが少しだけど抜けてる気がした。

「よしっ、ここで、一旦休憩するぞ!!」

『おー!!』

俺の言葉を待っていたように部下たちは嬉々とした顔で馬から下りて、周囲の警戒する班、食料を分配する班、馬を整列させていく班など決められた組み分けで動き始める。

「初めてにしては上出来だな」

「あっ、ガッツさん」

俺の横を黙って移動していたガッツさんの言葉に、今までの緊張が抜けていくのを感じ、胸いっぱいに嬉しさが募っていく。

「へへっ、そうかな?」

「ああ、だが、まだ終わったわけじゃないから気を抜くなよ」

「はい!!」

「・・・・テオ、はっ。じゃなかったっけ?」

「う゛・・・・」

フェルに言われてしまい、俺は言葉に詰まりながら、自然とこぼれる笑みを止められなかった。




休憩を終えた俺たちは残り半分の森の中を探索していく。

テオは思った以上に度胸もあり、判断力もあり、なによりも声も良く通るから指揮官としての才能もありそうだ。

前回にした研修の遠征では何度も俺が横から指摘したりもしたが、今回は片手で数える程度の指摘で事が足りていることからも、それは十分に伺えた。俺もうかうかしていたら抜かれてしまうかもしれないな。

そんな風に横目でテオを見ていると、やはり視界に入ってくるのは後ろでテオに抱き着いたまま馬に乗っているフェルの存在だ。テオの采配が上手かったこともあり、いまだに隣にいるフェルは戦闘らしいものを一切していない。

「テオ、ふぇ・・・」

せめて一度ぐらいは魔物相手への二人の実力を確認しておこうと、声を掛けようとした瞬間。大地が揺れた。

『グオオオオオォォォォ!!!』

声の方には30~40匹のゴブリンの群れが、こちらに向かってきているのが見え、どうやらおしゃべりをしている暇はなくなったようだ。

「全軍、右45度!!A班は俺と続け!!B班、C班は側面、D班は後ろに回って他の半をカバーしろ!!」

そう簡単な指示を飛ばすと、テオは馬で突撃していく。

これが普通のゴブリンだけだったら問題なく殲滅できただろうが・・・・

「グギィオオオ!!」

「なっ、ボブゴブリン!?」

ゴブリンの中にひときわ大きな個体がおり、そこゴブリンの横なぎでテオの乗っていた馬が吹き飛ばされる。瞬時に理解したテオは馬の背に足を付けて飛び、無事に脱出しながら既に剣を構えており、ボブゴブリンと対峙する。

俺も黙って様子を見ているわけにもいかなくなり、すぐにテオたちの援護に向かおうとしたが、数匹身を縮めて混じっていたボブゴブリンたちに阻まれてしまう。

「どうなってる。ボブとはいえ、ゴブリンにこんな知恵はないはずだぞ!?」

明らかにさらに上位の存在がいる事を知らせたいが、すでに混戦状態になってしまっている中でテオたちに情報を伝えるのは難しい。下手に大声を出して注意をこちらに逸らすわけにもいかない。

「クソッ、何とか持ちこたえろよ!!」

俺はボブゴブリンたちと切り倒しながら、ほかの奴らの無事を祈った。




暇だ・・・とてつもなく暇だ・・・・

混戦状態になった僕は、ゴブリンたちの攻撃を全部躱しながら見ているのに徹する。

テオが突っ込んで行った時には既に降りていたのだが、だからと言って傍を離れるのも嫌なので、テオに襲いそうなゴブリンだけにヘイトを集めて対応している。

でも、僕が攻撃するとあっという間に終わって、テオの見せ場もなくなってしまうので避けるのに徹しているのだが・・・・暇すぎる。

このゲームは基本的には倒したモンスターの数や回復した仲間の数で経験値の振り分けられるので、一定のキャラにレベル上げさせるために、レベルが高いキャラはあえて攻撃させずに肉壁係に徹するという奴。今の僕はそれを生身でやってるいるのだ。

「はっ・・てやっ・・くっ・・・飛跳!!」

スキルを駆使しながらボブゴブリンと接戦を繰り広げているテオは、スライムとの訓練もあってか良い動きをしている。スライムよりも多少は格上の敵ではあるが、このまま戦っていれば倒すのにそんなに時間はかからないだろう。

ただし、それは一対一の場合だから、やっぱり僕はこうやって他の雑魚・・・雑魚と呼ぶのもおこがましい蠅を払っている必要はあるわけだけど・・・今度は複数召喚しての訓練とかも提案してみよう。

しばらく切り結んでいる内に、ボブゴブリンの喉元に剣を突き刺し、無事にボブゴブリン撃破に成功する。

周りのゴブリンたちもほとんどが殲滅されており、もうほとんど残っておらず、テオだけでなく、周りの見習い騎士たちからも安堵の息が漏れているのが見えた。

「はぁ・・・はぁ・・・やった・・・」

「テオ!!」

「フオオオォォ・・・ヨコエセセェェ!!!!」

だが、気が一瞬の隙に現れた昨日の骸骨モドキがテオに向かって突進していた。



「テオ!!!!!」

「えっ・・・」

ガッツさんの声が聞こえたと思ったら、急に視界が影で覆われ、その背中がガッツさんの物だと理解した。

肩には骸骨の頭に噛みつかれており、噛みつかれた場所から徐々に褐色だった肌が土気色に変わっていく

「が、ガッツさん!?」

「ああ・・うお・・うおおおおぉぉぉ!!」

土気色の肌はみるみる全身に伝わっていき、骸骨はそれに比例するようにして塵になり始めていく。

全てが塵になる前に骸骨は俺を見て、ニヤリと笑ったような気がした。

「が、ガッツさん、救護班、早く来てくれ!?」

俺は気が動転しながら、ガッツさんの腕を掴んで撤退しようとしたが、それよりも先にフェルに腕を掴まれる。

「フェ、フェル、ガッツさんが・・・」

なにか言おうとするよりも先にフェルは小さく首を横に振り、俺を守るようにして抱きよせてくる。

「ク、クククク・・・テニイレタ・・・アタラシイ身体ヲテニイレタゾ!!」

苦しんでいたガッツさんはゆっくりと振り返り、瞳は赤く染まっており、生者のそれとは違う肌の色としわがれた声で俺たちに笑いかける。

「堕蛇・大蛇剣」

剣を地面に突き立てて振ったガッツさんの姿をしたソレは、地面から発生させた衝撃波がヘビのようにうねらせながら仲間たちの身体を吹き飛ばしていく。俺はその様子を呆然としながら見ているしかなくて、ただ騎士の人たちが庇ってくれたから誰も死んでいなかったことに安堵した。

「が、ガッツさん・・・どうした・・・?」

「クカカ・・ようやく馴染んできたわい。我は魔王様四天王が一、ガカル!!そんな名などではないわ!!」

アンデットの中には人間に憑り付き、そのまま支配してしまう奴がいる奴がいると聞いたことはあった。

それが、今目の前で起こったなんて信じられなくて、悲しみとそれ以上の怒りが頭を支配していく。

「さあ、次はお前たちの番だ。存分に苦しませた暁に我が部下のアンデットとなる栄誉をやろうではないか!!」

「・・・黙れ・・・ガッツさんを、ガッツさんを返せよ!!」

怒りと同時にあふれ出す力を感じながら、俺の全身は強い光を発していた。




「エアースレイヴ!!」

勇者として覚醒したテオの初めての攻撃魔法は風系統の中級魔法だった。

炎・雷だと森に火が燃え移るし、氷系統はアンデットには効果が薄いと無意識に判断しての魔法だったのだろうが・・・・

「うぐっ・・・くう、まさか、貴様が勇者なのか・・・?」

「あっ・・・」

その渾身の一撃もガカルを倒すには至らず、先程の戦闘や疲れもあってか、テオはそのまま気絶してしまった。

ゲームだと部隊も全滅していたし、村から遠かったこともあって、炎魔法だったからガカルも深手を負って逃げるはずだったんだが・・・

「ならば、ここで息の根を止めねばならんな!!」

「・・・・ですよねー」

そこそこボロボロではあるが、やはり相性が悪くもない魔法ではガカルは留まることを選んでしまった。

しかも、死者強制反魂の術の副作用で僕の事を綺麗にさっぱり忘れているようで、面倒くさいけど倒してしまおうかと思っていると・・・・

「ホーリーフィールド!!」

「うぐっ・・これは・・・」

今まで陰から僕の監視という名の高みの見物を決め込んでいたノル副隊長の術式が森一面を覆っていく。

「小癪な真似を・・・だが、今回だけだ。次こそは必ずお前たちを勇者もろともに根絶やしにしてやる!!」

聖なる結解の中では、流石に負傷していたガカルも分が悪いと思ったようで、移動魔法を唱えて姿を消していく。

見送りを終えて、腕の中で寝息を立てるテオを僕はギュッと抱きしめながらノル副隊長が救援に来るまで、つかの間のぬくもりを堪能しながら、ほぼ計画通りになったことに息を吐いた。

歴史の修正力のように、この世界にも修正力は働く。

その修正力に力技で覆せないわけではないが、それはかなり骨なのだ。

ならば出来うる限り、システムという名の秩序に乗っ取った行動していくしかない。

今回の件で僕があえて骸骨を滅ぼさなかったと知ったら、テオはやっぱり怒るんだろうなっとそんなことを考えながら・・・・・

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