第18話 ひぃふくぞといきりたる。
やべぇ死んだ――
と思ったのだが。
痛みはおろか意識さえ飛んでいない。そういやギロチンされても数秒は意識があるとかって聞いたことあるなぁ、ハンクスの剣はギロチン並みの鋭さか。下手したらそれ以上ありそうだな……。
なんて思いながらそろそろと目を開けて。
「ひぃっ!」
目と鼻の先にあった刃の凶悪な圧に息を呑んだ。
「何してるのよ! 殺しなさい! 殺せ!」
悪魔の金切り声に、刃がぶるぶると震える。やめて怖いから。ちょっとした拍子に斬られそうだから!
「ふっふーん、甘いですね」
「甘すぎます」
「ギャペルシェより数百倍甘いです」
ぎゃぺ……ってなに?
というかいつの間に来たの神官ども?!
チビ神官どもは俺の腰回りにひっつくようにしながら、偉そうに胸を張った。
「悪魔の
「どちらが強いかなんて火を見るより明らかです!」
「ハンクス様はヒジリオ様の守護者」
「むろん【被庇護の肌】の効果もありますが」
「加えて騎士としての誓いも立てました」
「いっくら魅了耐性ゼロの判定ガバガバ僕ちゃんでも」
「うぶで単純で単細胞の坊やでも」
「ヒジリオ様を傷付けるなんてありえない!」
「そんなことも分かんないんですかぁ~?」
「「ぷぷー! 笑っちゃいますねぇえ~あっはははは!」」
悪魔を指差してわざとらしく笑ったふり。コイツらの煽りスキルやっべぇな……しれっとハンクスのこともディスってるし。
案の定悪魔は顔を真っ赤にして怒りだした。
「~~~~~騎士!」
「あっ、ヤバいかも」
「ヒジリオ様、お覚悟を」
「あなたに懸かってます!」
「えっ、なにが?!」
「殺せ!」
悪魔は命令を繰り返した。
「周りの連中を先に始末するんだ!」
なるほどねぇ俺を殺せないならそれ以外の連中を先に殺っちまえってわけですか頭いい~――って、
「ちょちょちょ、ストップ! ストーップ!」
剣先を翻したハンクスに、俺は思わず飛び付いた。飛び付かずにはいられなかった。俺なんかの筋力では止められるわけがないのに――
――え、止まってる?
ハンクスは石化したみたいに硬直していた。
「ナイスですヒジリオ様!」
「さすがですヒジリオ様!」
「そのまましっかり抱きついててください!」
その隙に神官どもがちょろちょろと周囲に集まってきた。
「ハンクス様~聞こえてますよね~?」
「ヒジリオ様はあなたのようなゴリラと違ってたいへん繊細で軟弱であらせられますよ~」
「無理に振りほどいたら腕の一本くらい簡単に取れちゃいますよ~」
「分かりますよね~?」
「剣も離した方がいいですよ~」
「刃物の気配だけでヒジリオ様は傷付きますから~」
「立ってるだけでも危ないかもしれませんね~」
「あなたが体重をかけたらプチッって潰れちゃいますよぉ~」
「そうそう、いいですよ~えらいでちゅねぇ~」
コイツらこそ悪魔だったかもしれない。これハンクス意識あるのかな……あったら後でどうなるのか、コイツら分かってんのかな? まぁどうでもいいけど。
悪魔×3のささやきに従うように、ハンクスは剣を離した。そのままずるずると膝をつき、大人しくなる。
「よーし無力化成功! チョロイもんです!」
「ヒジリオ様、そのままでいてくださいね!」
「ではベスター様、あとはアイツを倒すだけです!」
「「よろしくお願いしまーす!」」
「ハァイ、ベスター様にお任せ~!」
ベスターがスッと前に出た。
「ねーぇ、セイリュウちゃん。アタシ聞いたことがあるんだけど」
「なにを?」
「聖女のキスは加護を与えるんですって」
「……ふぁ?」
き、す? 鱚? それは魚だ――なんて、ベッタベタなボケはやめておこう。
ベスターは矢を一本、俺の目の前に差し出した。
「セイリュウちゃんが矢じりにキスしてくれたら、面白いことになると思わない?」
「はぁ……」
「試しによ、試しに。上手くいったら、武器が増えるでしょ」
とウィンク。
武器ねぇ……キスが武器になったところで使い勝手が悪すぎると思うんだけど――ってそういや、悪魔にキスされた瞬間、あいつ吹っ飛んでたな。もしかして本当に効き目があるんだろうか?
半信半疑で、俺は矢じりに唇を付けた。
離れた瞬間、銀色の鱗粉みたいなのが、一瞬だけ矢じりのまわりに漂った。
「あら。これって上手くいったんじゃない?」
「そうかな?」
「ま、撃ってみれば分かるわ」
ベスターは滑らかに矢をつがえた。
悪魔は空中に浮かんだまま、神官たちと壮絶な舌戦を繰り広げていた。足止め、のつもりだろうか……? 放っておけばあの悪魔、憤死するんじゃないか? 今にも口から火炎放射を出しそうだ。というか神官に悪口合戦で負ける悪魔って……いやでも案外そう言うもんかもしれない。天使も聖人と殴り合って負けたりしてるし。
罵詈雑言の殴り合いの向こうに、ベスターの深い呼吸が聞こえた。
気持ちよいほどの集中がキリキリと夜を引き絞って、
「――――っ!」
パシンッ!
弦が空気を打つ音。それに遅れること一秒。
ッ!
的に刺さった音。そして次の瞬間。
「ッ、ヒッ、ギャアアアアアアアアアアアッ!!」
断末魔の叫びが夜天に轟いて。
悪魔は銀色の光に内側から切り裂かれるようにして、消えた。
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