第14話 三分時間をくれ! 滅びの呪文を思い出すから!


 伯爵邸に向かう途中でベスターとは分かれた。一応盗賊だから、ということらしい。


「ついでに、神官ちゃんたちに良い宿でも紹介しておくわ~」


 とか言って、ちびっ子たちを引率していったから、基本的に世話好きなタイプなのかもしれない。



 伯爵邸は町の中心部にでんと建っていた。


「うわ……でかっ……」


 質素な街並みとは正反対だ。

 ここの伯爵から通行証を貰わないと、隣のリューなんたら王国を通過して王都へ行くことはできないというから来たけれど……来なくていいなら来たくなかったな……。


 ハンクスの先導で中に入る。と、


「よ~ぅこそお越しくださいました、ヒジリオ様! お話は伺っておりますぞ!」


 ビオなんちゃら辺境伯は満面の笑みで俺たちを迎え入れた。

 でっぷり肥え太ったおっちゃんである。芋虫みたいな指にも縮こまった亀みたいな首にも“これでもか!”ってほど宝石がくっついていた。テンプレートなザ・強欲貴族そのまんま。思わず笑いそうになったのを俺はぐっとこらえた。

 差し出された手を握り返す。手袋越しにも分かるこの贅肉の弾力よ。ぷにっぷにだ。笑える。


「えと……手袋のままでスミマセン。宗教上の理由で」

「いえいえいえいえ、構いませぬぞぉ~。ヒジリオ様は清廉潔白であらねばならないのですなぁ! 素晴らしい! 感激いたしました!」

「ハハ……」


 迂闊に触るとオカンが増えるから、なんて言えるわけがないよな……。ほんっと、“宗教上の理由で”って言い訳は使い勝手最高だ。

 俺の乾いた笑みとは対照的に、辺境伯は底抜けにニッコニコしている。テンション高いなー、これが平常運転なら相当陽気なおっちゃんだ。四六時中一緒にいたいとは間違っても思えない。絶対に触っちゃわないよう気を付けよう……。

 と決意を固めながら、ふと隣に目をやって――


 ――息が止まった。


 超絶な金髪美女が伏し目がちに立っている。すぐに分かった。この人が神官どもの言ってた美女か……確かに、とんでもない美女だ……。


「おや、ヒジリオ様も男ですなぁ」

「えっ、あっ、いやっ」


 はたと気が付くと辺境伯がめちゃくちゃニヤニヤしていた。やっべぇ……。背後でハンクスが溜め息をついた。ごめんて。しくったよ。

 すすす、と伯爵が近寄ってきて、俺に耳打ちした。


「一晩、きっちりおもてなしさせますから」

「いえっ……そういうのは、ちょっと……宗教上の理由で……!」


 十八禁展開お断り! です!(ぶっちゃけめちゃくちゃ魅力的ではあるけれど!)


「遠慮なさらずとも結構ですぞぉヒジリオ様。ぜひぜひ、ここでの一夜を素晴らしいものにしていってください――そして陛下にご報告をなさる際はなにとぞ、な・に・と・ぞ・よろしくお願いいたします」

「ハ、ハハ……」

「さぁさぁそれではどうぞこちらへ! ヒジリオ様のためにささやかながら宴席をご用意させていただきましたので!」

「はぁ……えっと……」

「ご案内を!」

「はい」


 たおやかに頷いた美女が進み出てきて、そっと俺の手を取った。


 めっちゃ綺麗な手&足&スタイル!

 そして女神のごときスマイル!


 このところ屈強な男ども(であると同時に過保護なオカンども)しか見ていなかった俺には刺激が強すぎる……! 鼻の下がびよんびよんに伸びきって床とこんにちはキッスしちゃってもおかしくないぞ?!


「ヴンッ」


 ハンクスの大きな咳払いでハタと正気を取り戻した。慌てて鼻の下を縮める。いやごめんて……そんなに睨むなよ……こんな美人に手ぇ握られたら鼻の下なんかとろけるチーズより簡単に伸びるに決まってんだろ……。


「こちらですわ、ヒジリオ様」


 彼女の声は天使のさえずりだった……チクショウ、どうして【被庇護の肌】は男限定なんだよ! 世界を背負わすなら相応の報いがあってしかるべきだろう?! 同じ過保護でもこういう美人に可愛がられたかったわ! こちとら戦闘力に極振りした堅物ゲテモノ食い騎士と、ショッキングピンクのオカマ様だぜ?! なんっっっって理不尽なんだ!


「いっそ滅べ……」


 思わず呟いた瞬間、ハンクスの拳が脇腹に刺さった。いてぇ……。




 宴席は“ささやか”という言葉の定義を疑うほど豪勢なものだった。いや分かってるよ謙遜だったって。それにしたってすげぇよ。うん。ハンクスの騎士団で出てきた料理とは別の方向性で美味しい!


 そしてやっぱりビールが美味い! これは騎士団のと同じやつだ!


 そういやこの辺りの名産品だって言ってたなぁ……なんかもうすでに懐かしい。そんなに経っていないはずなのに……。あそこは本当に良い場所だったなぁ、みんな元気かなぁ。


「飲み過ぎるなよ」

「分かってるって」


 隣で目を光らせているハンクスは水ばかり飲んでいて、ビールには触ろうともしていなかった。あの時の二日酔いが相当こたえたのだろうか?


「失礼いたします」

「あ、どうも」


 グラスが空くとすぐに、傍らに控えている美女が次を注いでくれる。分かってる、と答えた手前アレだけど……こーゆーのって断れるもんじゃないよな! うん!

 辺境伯は上機嫌にべらべらと喋って一人で笑って腹を揺らしていた。話の内容は俺にはほとんど分からなかった。だって異世界のあれこれだもん。だからとりあえず同じタイミングで笑っておいた。

 ハンクスはずっと渋い顔をして、俺の飲むペースを監視していた。

 分かってるって、ゆっくり飲めばいいんだろゆっくり……。


 宴会が終わると湯船に案内されて、久々の風呂に俺は心から喜んだ。いや川で水浴びぐらいはしてたけどね?! やっぱ風呂って最高だよな! 染みるわぁ~!


 そして寝室に案内されて、大きなベッドに歓声を上げた。別に野営も嫌いじゃないけど! やっぱさぁ、こういうフッカフカで清潔で何の憂いもない場所に身を転がすと最っ高に気持ちいいよな! 久々だとなおさら!


「ふああぁぁ……最高……幸せ……」


 寝転がった瞬間、眠気がぐわっと襲ってきた。自覚は無かったが、それなりに疲れていたらしい。

 今夜はいつになくよく眠れそうだ。

 俺は大きく欠伸をして、枕もとのランプを消そうと手を伸ばした。


 ――その時。


「あら、暗闇の中でする方がお好みなのですか?」

「っ?!」


 突如、灯りの中に現れた美女がニッコリと微笑んだ。

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