第13話 キジも鳴かずばってやつですよ。

 

 ずいぶん長く森をさまよっていると思ったら、ビオなんちゃら辺境伯領は七割方森だという。道理で広いわけだ。


 森を抜けた瞬間、首都の街に入った。


「おお」


 思わずため息が漏れた。久々に文明に触れた……! 人がいる! けっこう活気もあるな!


「ここは辺境伯領最大の街だ。ビール工場が有名だな」

「治安はいいから安心してね!」

「治安を乱す元凶がここにいるからな」

「ヤダァ、乱してなんかいないわ! ちょぉっとお金とか物資とかを恵んでもらってるだけよ。善・意・で」


 うふ、と笑ったベスター。

 ハンクスが呆れ返って溜め息をついた。


 人で溢れる目抜き通りを真っ直ぐに進んで行く。けっこうな人出なのに面白いほど歩きやすいのは、俺の両脇にベスターとハンクスがぴったりくっついているからだ……ちょっと遠巻きにされているのがとてもよく分かる。

 ハンクスは仏頂面でなければ人を寄せそうなイケメンだけど、今の目付きは人を殺しそうな眼光だ。柄の悪い連中は間違ってもハンクスに気付かれまいとするかのように、そそくさと目を伏せた。

 ベスターに関しては言わずもがな。ニコニコはしているけれど、明らかに堅気じゃないショッキングピンクの大男だ。近寄ろうなんてそんな命知らずな奴――


「あっ、ベスターだ!」

「こら、“さん”を付けなさい“さん”を!」


 ひょいと駆け寄ってきた母子に、ベスターはにっこりと笑いかけてしゃがんだ。


「あーら、ジョニーの坊やじゃない、元気にしてたかしらぁ?」

「うん、めっちゃ元気だよ! ありがとう!」

「その節は助けていただきありがとうございました……! お礼も出来ずに……」

「ヤダ、いいのよぉお礼なんて。どーせ汚い金なんだし。黙っといてチョーダイね」


 ぺこぺこと頭を下げる母親と、大きく手を振る少年に、ベスターもひらひらと手を振り返した。


「なんかやったの?」

「んーん? なぁんにも」


 俺の質問をベスターははぐらかした。

 が、その後も何人もの人たちに声を掛けられて感謝されたり、通りすがりに食べ物を押し付けられたり、かと思えば悪い話を持ちかけられたり……そのひとつひとつにベスターは愛想よく応対した。なんだかよく分からないが、男女を問わずものすごく慕われているらしい。


「ベスターって、この辺りの顔役的な感じ?」

「そんな大層なもんじゃないわよぉ。ただこの頭が目立つってだけ。アタシはただの盗賊だもの、うふふっ」

「そういや、子分ちゃんたちたくさんいたよな。置いてきちゃってよかったのか?」

「ヘーキよぉ。そんなヤワな子たちじゃないわ。それより――」


 突然、ベスターは俺を抱き上げた。


「おわっ!」

「心配してくれるセイリュウちゃんってば、やっさしい~! 可愛いわぁ! も~ホンットーに良い子よねぇ!」

「わあああああやめろ下ろせぇええええええ回るな! 回るなぁぁああああっ!」


 190cmを超えてそうな男に高々と持ち上げられるとめっちゃ怖いね! 怖いよ! 怖すぎる! だいたい俺絶叫系とか無理だしマジで無理!


「おい、盗賊。目立つ真似をする、な――」


 制止しようとしたハンクスがふと言葉を切った。


「ありゃりゃ、やっぱり増えてましたね」

「さっすがヒジリオ様、そんなことだろうと思ってました」

「ご到着も予想より遅かったですし……まぁおかげで僕らが間に合ったんですけど!」


 おや、この聞き覚えのあるムカつく声は……。

 ベスターが回るのをやめて、そちらを見た。


「あらあら、可愛い三つ子ちゃんねぇ。お知り合い?」

「……まぁ、一応な」


 ハンクスが不承不承頷いた。

 ベスターの半分以下の身長しかないポンコツ神官どもは、横並びになって胸を張った。


「僕らこそキャシュレード神殿にお仕えする由緒正しき三つ子」

「王国と魔王領の境目を守る神域の守護者」

「そしてヒジリオ様をお呼びした有能なる神官なのです!」

「「わー!」」


 セルフサービスの拍手と歓声も、三人もいればそれなりのもんになるよな。


「それでですねヒジリオ様」

「盗賊にさらわれたヒロイン様」

「早速お母さんを増やしたマザコン様」

「ハンクスー、コイツら斬り殺してくれない?」

「ああ、任せろ」

「「ちょちょちょちょちょちょちょ、冗談ですごめんなさい!」」


 躊躇なく剣の柄に手をかけたハンクスに、神官どもは慌てて腰を九十度に折った。


「僕らは忠告に来たのです!」

「言い忘れたことがあったんです!」

「これを知らないと危険なんです!」

「そういう重要なことは言い忘れるな!」


 ハンクスの一喝も慣れ切った神官たちにとってはどこ吹く風。「「えへへ~、ごめんなさいハンクス様」」と笑って済ませて、それから改めて口を切った。


「ヒジリオ様は魔物に襲われやすい、ということを言い忘れていました」

「聖なる力を魔物は感じ取れるのです。天敵なので」

「森の中ですでに襲われたのではありませんか?」


 剣から手を放したハンクスが、「そういえば、いつもより魔物の数が多くて食料に困らなかったな」と頷いた。

 神官どもはゆるゆるの顔をわざとらしく神妙なものにした。


「ヒジリオ様の存在はすでに魔王領に伝わっています」

「魔物側からすれば、先に殺しちゃえば都合がいいんで、どんどん狙われるでしょうね」

「まぁハンクス様がいるから大丈夫でしょーとは思いますが、一応お気を付けください」

「第二のお母様も出来たようですし!」

「強そうなお人は適度に仲間にするといいですよ!」

「ハンクス様が拗ねない程度に! いてててててっ! 痛いですハンクス様! 助けてヒジリオ様!」


 アイアンクローを極められた神官が喚いた。けど、自業自得としか言えないから見ないふり。むしろもっとやったれと言いたいぐらいだ。

 やがて解放された三人目は涙目になっていたが、さすがに慣れたもので(慣れないでほしいし反省してほしいんだけど)、すぐに立ち直った。


「それともう一つ」

「ビオストリオ辺境伯に関する噂です」

「なんでも最近、とんでもない美女を囲ったとか」

「で、その人に税金で貢ぎまくってるみたいです」

「いやぁ、色ボケジジイは地に落ちる一方ですねぇ」

「しかも分不相応にも王都の政治に干渉したいらしくって」

「ヒジリオ様にもあれこれ言ってくるかもしれませんよ」

「王都進出の足掛かりにされるかも」

「出来るだけ気を付けてください」

「ハニートラップに引っ掛かっては駄目ですよ、聖童貞様」

「あ、ちなみにですが、掘られる分には大丈夫なんで」

「耐えられなくなったら掘ってもらったらどうです?」

「ハンクス、斬れ」

「了解」

「「ごめんなさいっ!!」」


 謝るくらいなら言わなければいいと思うんだが。だが!

 ベスターが俺を抱えたまま、「なんだか愉快な連中ねぇ」と面白がるように呟いた。面白くねぇんだよなぁこれが……。


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