第12話 犬よ食べてくれ。


 サァサァ皆さまお立会い!(ダンッダンッ)

 今宵ご覧に入れまするは(ダンッ)世にも奇妙な夢物語(ダダンッ)


 ここにおりまするは一人の青年(ダンッ)

 何の変哲もない凡庸なサラリーマンでございました(ダンッダンッ)


 それはゴールデンウィーク二日目のこと(ダダンッ)

 缶ビールをこう「ぷしゅっ」とやりましたところ(ダンッ)白煙たちどころに視界を覆い(ダンッ)ハタと気付くとそこは異世界(ダンッ)見慣れぬ世界(ダンッ)見分けられぬ三つ子(ダンッ)

 そして空を裂き人を食う悪しき龍のお出ましとあらば(ダダンッ)


「やぁやぁこれはこれは捨て置けぬこと。知らぬ世界、関わりなき世とは言えども、旅は道連れ世は情け、袖振り合うも他生の縁、これに呼ばれたも運命の為せる業とあらば、我が身粉にして尽くしましょうぞ!」


 そんな覚悟を胸に秘め(ダンッ)

 悪龍を一息に退治てみせた青年は(ダンッ)

 聖女あらため聖男ヒジリオと称され(ダンッ)

 世界を救うための旅に出るのでございました――(ダッダンッ)



「~~~~~~と、ちょっと、セイリュウちゃん」

「……おともとなしたは……んにゃむにゃ……いっきとうせんのきし……」

「セイリュウちゃん!」

「はっ!」


 肩を揺さぶられて俺は飛び起きた。

 途端に視界に飛び込んできたのはどぎついショッキングピンク。目に痛い……。


 野盗のお頭――もとい、野生のオカマ――改め、ベスターが、心配そうに目を細めて俺の顔を覗き込んでいた。


「さっきからずぅっとブツブツブツブツ言ってて、正直気味が悪かったわよ?」

「あ、マジで?」

「何の夢を見てたのかしら」

「いや、大したのじゃないんだけど……」

「これでも飲んで落ち着きなさい。ハンクスちゃんは今、朝ご飯を獲りに行ってるわよ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」


 ベスターが一行に加わって、旅路には色が付いた。(物理。ショッキングピンクの髪はめっちゃ目立つ。比較的高身長なハンクスよりさらに背が高いし。)最初はぶつくさ言っていたハンクスもやがて諦めて、今ではこうやって俺のお守り・・・を分担しているくらいである。


 渡されたのはコーヒーっぽい何か。味はコーヒーなんだけど色がオレンジジュースって言う不思議なやつだ。正式名称は聞きそびれた。野営と言えばコレらしい。

 ベスターの隣に転がされていた丸太に座って、それをズルズルすする。ッハァーうめぇ……早朝の森の中で飲むコーヒー(仮)って格別だよな……!


「今日はあの強欲ジジイのとこに通行証を取りに行くんでしょう? 体調が悪かったら言ってね。おぶってあげるから」

「甘やかすな、盗賊」

「ヤダッ、ちょっとハンクスちゃん! 可愛くない呼び方はやめてって言ってるでしょ!」


 もう! と怒ったふりをしながら、ベスターはハンクスからウサギっぽい謎の肉塊を受け取った。


「ねぇ、もうちょっと綺麗に血抜きできないの?」

「焼けば問題ないだろう」

「あるわよ! 大アリだわ! まったくもう、これだから辺境の騎士は大雑把でいけないのよ……」

「文句を言うならお前が狩ってこい」

「だったらアナタが調理するのね!」


 イーッと歯をむき出しにしてみせてから、ベスターは大型のナイフで器用に肉塊をさばいていく。

 それを横目に、ハンクスはドカッと地面に腰を下ろして、木にもたれかかった。


「ほーんと、アタシがいなかったらどうするつもりだったのかしら! セイリュウちゃんはともかく、ハンクスちゃんまで料理がからっきしだったなんて!」


 厭味っぽい言葉にもハンクスは「騎士に料理は必要ない」とツンとした態度だ。

 俺は苦笑を隠すためにコーヒー(仮)をすする。


 まぁぶっちゃけ、これに関してはベスターが全面的に正しいと思うし……俺も助かったと思っている。


 だって初日の夜。

 ハンクスは、ひょいと獲ってきたイノシシっぽい謎の獣の肉を、何することもなくそのまま火に放り込んだのだ。

 ベスターは当然のように「キャアアアアアアッ! 何やってんのよアンタ!」と金切り声を上げて止めにかかった。俺ですら、何かしらの下ごしらえというものがあるんじゃないか? と思った。


 だが当のハンクスは平然と、


「火が通れば何だって食えるだろう? 俺はいつもそうしている」


 なんてほざいて。

 ベスターを卒倒させかけたのだった。


 ハンクスの料理だと初日から食中毒で死んでいたかもしれない。哀れなるかな召喚されしヒジリオ、お伴になしたる一騎当千の騎士ハンクスの殺人的料理の手にかかり、あえなく道半ばで倒れ伏す――なんて、笑い話にもなりゃしない。


 俺に生肉の解体スキルがあればもっと話は簡単だったような気がするけれど……いや生肉って無理だぜ……動物の形がまんま残ってるってけっこうキツイ……軟弱な現代人でごめんなさい……。


 まぁ解体スキルがあったところで、ベスターの料理には敵わなかったのだから、これでいいとも思うわけだ。


「さぁて、できたわよ~!」


 森の一角に広がる香ばしいスープのにおい。やっべぇ、よだれ出てきた……。起き抜けの胃がエンジンをふかして、ぐるぐると鳴った。

 はぁー、良いにおい! 最高だな! ベスターが来てくれてよかった!



 ……ただ、問題をひとつだけ挙げるならば。



「ハイ、セイリュウちゃん。熱いから気を付けてね。冷めるまでちょっと待って――はい、いいわよぉ、あーん」

「甘やかすなアホ!」

「何よう、セイリュウちゃんが火傷してもいいってわけ?!」

「赤子じゃないんだ、それぐらい自分で出来るだろう!」

「アンタってホンット愛のない男ね! 信っじらんない!」

「はぁ?! 貴様のそれは愛でもなんでもないだろう!」

「なんですって?!」

「やる気か?!」



 ……夫婦喧嘩が絶えなくなったこと、かなぁ……。



 遠い目になるのも無理からぬ話だと思う。俺は底抜けに明るい青空を仰ぎながら、ゆっくりとスープを啜った。


「っ、アッチィッ!」

「大丈夫かセイリュウ?!」

「大丈夫セイリュウちゃん?!」

「さーせん平気っす! 大丈夫なんで! マジで!」

「だから言ったじゃない!」

「貴様が熱く作り過ぎたんじゃないのか?!」

「なによ、アタシのせいって言いたいわけ?!」


 ぎゃーすぎゃーすぎゃーす――。


 ああ、火に油を注いでしまった……。


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