第10話 オカン、増える。


 ……ん?

 俺のほっぺたに指を貼り付けたまま、オカマ様が不自然に固まった。

 そろりそろりと視線を動かして顔を窺うと、真ん丸に見開かれた銀色の瞳がこちらを凝視していた。これカラコンじゃないんだよなぁ、スゲー……とか思ってる場合じゃないな、うん。


「あ、あのー……?」


 恐る恐る伺いを立てる。

 ――と、


「ヤダッ、怪我してない?!」

「おわっ!」


 突然抱き上げられた。


「ちょ、まっ、ええ?!」


 完っ全に子ども扱いだ。よくあの……高身長がロリショタを持ち上げるときのやり方。腕だけで俺の全体重を宙に浮かせていやがる……なぁ筋肉の無駄遣いもほどほどにした方がいいんじゃない? っつーか絵面が! キモいよな?! 周りの子分ちゃんたちだいぶ引いてますよ、大丈夫ですかお頭様?!


「ごめんなさいねぇアタシったらもう何してるのかしら! ヒジリオ様にこんな真似するなんて! あらヤダ鼻血出てるじゃない! ねぇアンタ、布持ってきなさい、一番良いやつよ。ほら早く、走る! っとにもぉ〜遅いわよ! ほらヒジリオ様、鼻押さえるわよ」

「ふぶっ」

「ほらほら暴れないで。とっとと止めちゃいましょう」

「むぐっ、あの、じょ、まっ」


 いや、あの、絵面! 同じことしか言えないけど絵面が!

 これもう成人男性を抱き上げつつ窒息させようとする謎の猟奇殺人現場にしか見えない――


「っと!」


 急にお頭は飛び退いた。


「ヤダッ、子分ちゃん?!」

「お頭……アイツ、やべぇっす……」

「アイツって――」

「見つけたぞ!」


 切り裂くような鋭い声。布を当てられているせいで見えないが、この無駄に良い声は――


「そいつを離せ、盗賊!」


 間違いない、ハンクスだ!


「うっそぉ、子分ちゃんたちを全員倒してきちゃったの?! さっすが辺境の騎士ねぇ……」

「ふぁんぐふー!」

「はいはい、暴れないでちょうだい。鼻血、止まったかしら? 止まったみたいね、良かった」

「ぶはっ、ハンクス!」


 布が外れてようやく視界が回復して――ハンクスの姿に俺は悲鳴を飲み込んだ。


「ひえっ……血ま、血まみれじゃんっ……!」

「情けない声を出すな」

「だって、でも……」

「この程度はかすり傷だ」

「いやいやいやいや、かすり傷っていうのは転んでちょっと膝すりむきましたーってレベルのものを指す言葉であって、お前みたいに全身血まみれ&肩に矢ぶっ刺さってんのを表す言葉じゃねーのよ!」


 ハンクスは俺の言葉なんか耳に入っていないような様子で剣を構えた。


「もう一度言う。そいつを放せ」

「イヤよ」


 お頭はフンッと鼻であしらった。


「だってこの子はアタシが守る・・・・・・って決めたんだもの」

「「はぁ?」」


 俺もハンクスも同時に顔を歪めた。


「……おい、セイリュウ。お前――触ったな?」

「……あっ」


 そっか、【被庇護の肌】……すっかり忘れてた!

 ハンクスの目が怖い……。


「むやみに触るなと言われていなかったか……?」

「いや違うんだハンクス、誤解だ! 俺から触ったわけじゃない! ちゃんと手袋もしてるし、ほら!」


 なんでこんな痴漢男みたいな弁明してんだろう俺……。

 信じてくれたのか諦めたのか、ハンクスは溜め息をついて、剣を握り直した。


「とにかく、返してもらうぞ。盗賊どもに救世主を任せられるものか!」

「アァラ、あんなオンボロの荷馬車に乗せてたくせによく言えるわねそんなこと。手綱まで持たせちゃって、何かあったらどーするつもりだったのよ!」

「貴様に口出しされる筋合いはない! それに馬の扱いぐらいできなくては困る!」

「ヤダ、これだから体育会系の騎士ってヤツは! アタシだったらもっと手厚く優しく守ってあげるのに!」

「過保護はそいつのためにならん! ある程度は自立させるべきだ! 貴様のやり方では堕落させるだけだぞ、馬鹿め!」

「なんですってぇ?!」


 俺は顔を両手で覆って羞恥に震えていた……。お前らさぁ……そんな教育方針の違う嫁姑バトルみたいなのマジでやめて……恥ずかしくて死にそうだよ俺……。子分ちゃんたちもざわざわしてるよ……。


「フンッ、偉そうなこと言って、アッサリ誘拐されてちゃ話になんないわね!」

「誘拐犯が開き直るな! だからこうして殺しに――っ」


 がしゃん、と剣が落ちる音がした。


「……効いてきたようね」


 ハッとそちらを見ると、ハンクスが膝をついている。顔色は真っ青で、手が震えているのがこの距離でも分かった。


「うふふふっ、アタシの団では特殊な痺れ薬を使ってるの。普通だったらとっくに倒れてるハズだったのに……よく耐えたじゃない。でも、ここまでね」

「ハンクス!」

「ダァメ。とどめは刺さないでおいてあげるわ、アナタに免じて」


 お頭はそう言ってにっこりと笑いかけてきた。俺を下ろす気はこれっぽっちもないらしい――下ろしてもらえたところで何も出来ないのも確かだが。

 俺は胸がぎゅーっと苦しくなった。力なく倒れたハンクスがこちらを睨むように見て、その眼差しにまた喉が詰まる。でも、俺には何も出来ない――赤ちゃんみたいに抱きかかえられている無力な男には。


「さぁ行くわよ子分ちゃんたち! 倒された連中も回収しながら――」


 意気揚々と指示を出そうとしたお頭が、ふいに言葉を切った。

 その顔色が変わっている。なんだろう?


「そんな……アレは……」


 空を見上げて呟いているから、俺も上を向いた。

 俺の動体視力では、なんだか細長い、翼のある生き物っぽい影を捉えるのが限界だった。影はぐるっと空を旋回して、改めて現れた。

 コウモリの羽根を生やした蛇みたいな、謎の生き物――


「飛龍?!」

「ギャオオオオオオッ!」


 お頭が悲鳴のように言った瞬間、そいつは流星みたいに降り落ちてきた。


 俺目がけて。


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