第8話 やっぱ絵面が最悪だよな。

 みんなに見送られて騎士団庁舎を出る。

 俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれたから、俺もずっと手を振っていた。誰かに向かって手を振るなんて何年ぶりだろう? 本当にみんな好い人たちだった。

 ハンクスが手綱を握る一頭立ての馬車、というかほぼ荷車の上に座って、大人しく揺られる。これ昨日だったら間違いなく吐いてたな。

 馬車は森の中に入った。木漏れ日がものすごく気持ちいい。ゲームや仕事で酷使した目と体に染みわたる……。

 マイナスイオンを満喫していると、ハンクスが不意に言った。


「馬の扱い方ぐらい覚えてもらうからな」

「え、マジ?」

「当然だろ。せめて逃げるくらいは自力でやれるようになれ」

「……」


 自転車とバイクなら乗れるんだけどなぁ……馬かぁ……。


「俺さぁ、昔ポニーに襲われたことがあって」

「ぽにー?」

「あー、仔馬? 仔馬に。ふれあい広場的なところで。めちゃくちゃ集まってきて、髪の毛めっちゃ食われて……それ以来馬ってちょっと苦手で……」

「好かれたんだな」

「嘘だろ?」

「ちょうどいいじゃないか、克服しろ」

「え、マジで言ってる?」

「冗談は好きじゃない」

「マジか……」


 でも確かに、この世界のメインの移動手段に慣れないと何かにつけ困るだろう。ハンクスにばかり負担をかけるのも申し訳ない。


「じゃ、今度教えてくれよ」

「分かった。さっそくだが、まずはこれを持ってみろ」


 振り返ったハンクスに、ひょいと手綱を渡された。


「え、ちょ、これ、持ってるだけでいいの?」

「とりあえずはな。馬は賢いから、基本は道なりに進んでくれる。走らせたいときは軽く振って、止まりたいときは軽く引く」

「ほう……」

「試しに少し止まって――」


 言いかけたハンクスの方が少し止まった。


「伏せろ!」

「えっ?」


 頭を押さえこまれた拍子に手綱を思いきり引っ張ってしまって、馬がいきり立った。その嘶きに紛れて、何かが空を切って飛んでくる音が――なんかたくさん!


「えっ、なに、なに?!」

「ヤトーだ、黙って伏せてろ!」


 音声を一発変換できなかった。ヤトー……野党? いやまさか。物理的な矢を射かけてくる野党なんて見たことないぞ。もしかしてファンタジー世界ではそれが普通? 議席とは射止めるものだ、って? ハハハ。

 なんてくだらないことを考えていたせいではない。単純に俺が平和ボケした地球人だからという理由で、だ。


「ん? ――おわっ!」


 真横から忍び寄ってきた影に気が付いた時には、すでに馬車から引きずり降ろされていた。

 俺の声を聞いたハンクスが振り返ったが、もう遅い。


「セイリュウ!」

「ハンクス!」


 こちらに駆け寄ろうとしたハンクスの前に矢が雨のように降り注いだ。


「くそっ」

「ハッハァ、チョロイね騎士様! コイツは俺らが預かった! ただじゃ返さねぇからそのつもりでな! あばよ!」


 そのまま抱え上げられて、抵抗空しく俺はあっさりと森の奥へ運ばれていった――

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