第7話 異世界でもあみだの神様はいるらしい。

 

 翌日出発の予定だったのが一日延びた。

 俺だけじゃなくハンクスまで二日酔いで死にかけていたからだ。

 ハンクスが付いてきてくれるとは知らなかったけれど……まぁ、異世界を一人歩きとか出来るわけないからな。海外旅行すら一人じゃ行けないのに。正直めちゃくちゃ助かったと思った。

 ちなみに、あの宴会の日の記憶は途中から存在しない。粗相とかしなかっただろうか。怖くて確認は出来ていない。でも何も言われないから大丈夫なんだろう、きっと。ちょっと目線が生暖かいような気はするが。やっぱ何かしたのかな、俺?


「ハンクス様が二日酔いとは珍しい」

「しかしやらかしてくださって助かりました」

「こうして僕らが間に合いましたからね!」


 ノックもせず入ってきた神官どもが、俺が借りている部屋のソファに勝手に座った。


「こんにちは、ヒジリオ様!」

「寸法ばっちりですね!」

「ローブだけは女物なんですが、よくお似合いですよ!」

「おいこらマジかよ?!」


 しれっとすげーこと言われたな?! そういやこのローブ、よく見れば中途半端な丈だし、ところどころに銀の糸で細かな刺繍が入っていて女性的だ……。たぶん女性が着たら足首まで隠れるワンピース風になるんだろうなって感じ。


「お前らさぁ……お前らさぁっ!」


 言葉を失う俺を前に、神官どもはころころと笑う。


「それが聖女様の正装なんですから、仕方ないでしょう?」

「本当はスカートを何種類か用意してたんですけど」

「一応あみだくじをして決めたらズボンになったんで、泣く泣く諦めました……」

「あみだの神様ありがとぉぉおおおおおっ!」


 俺はマジであみだの神様の信奉者になろうと決意した。


「それでですねヒジリオ様」

「我々はきちんとした説明をしに来たのです」

「一応、神官なので!」

「自覚はあるんだな……」


 神官、というところにも、一応、というところにも。

 三人のチビ神官たちはソファの上に立ちあがって胸を張った。


「魔王はまだ復活しておりません」

「“復活の予兆があり、それに先駆けて魔物が活性化している”という状況です」

「魔王領はヒバ山脈の向こう側で、ここが一番接近しているポイントですね」

「ヒバ山脈は大陸を南北に区切っていまして」

「山脈の向こう側は魔界になっています」

「魔物たちは山脈を越える力を普段は持っていないんですが」

「魔王の復活が近付くにつれて徐々に強力になってきています」

「そのうち山脈を越えてこちら側に侵攻してくるでしょう」

「そうなる前に!」

「「魔王を討つのです!」」


 三人は揃って拳を振り上げた。


「……はぁ……」

「気のない返事ですねぇ」

「ヒジリオ様が要なんですよ?」

「魔王の瘴気を打ち払えるのはヒジリオ様だけです」

「そうっすか……で、具体的にどうすんの?」


 そう聞くと、三人はぴょこんとソファに腰を落とした。


「とりあえず王都に行ってください」

「ヒジリオ様のことはすでにお伝えしてあります」

「僕ら、優秀な神官なんで、手回しは完璧です!」

「行けば古文書を見せてもらえると思いますので」

「それを見て魔王討伐のヒントを得てきてください」

「よろしくお願いします!」

「つまりお前らは何も知らない、と」

「「えへへへへへへ」」


 ああ~殴りてぇ。この間の抜けた笑顔! ふざけるな馬鹿神官ども!


「それとですねヒジリオ様」

「すでにお分かりのことと思いますが、誰彼構わず触っちゃだめですよ?」

「友達百人どころかお母さん百人、って感じになりますからね!」

「お母さん百人現地調達して異世界探訪! になっちゃいます」

「それはそれで面白そうですけど」

「僕だったら絶対に嫌だなぁ~あはは」

「お前らなぁ、ほんっと他人事だと思いやがって……!」


 思わず立ち上がった時、扉をノックする音が。


「はい?」


 返事をすると、入ってきたのはハンクスだった。


「魅了耐性ゼロのハンクス様だ!」

「いよっ、お母さん第一号!」

「数年ぶりの二日酔いは治りました~?」


 ハンクスは黙って神官その1を蹴っ飛ばしその2の頭をはたいてその3にアイアンクローを極めると、肩越しに振り返った。


「そろそろ出発するぞ。準備は出来たか?」

「はぁーい、出来てまーす」


 神官たちが「いででででででっ!」「暴力反対!」「助けてヒジリオ様!」などと喚くのを無視して、俺は大人しく鞄を背負った。


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