第6話 苦労人ハンクス-1

 

 世界を救う聖女を呼ぶと言っていたのに、来たのは男だった。


 もうこの時点でまったく意味が分からないのだが、どうせ男が来るならもっと屈強な、放っておいても自力で戦ってくれるような奴に来てもらいたかった。

 ああ、だが現実は甘くない。来たのは色白で手も足も細くて、力仕事なんか一切していなさそうな男。年齢は俺と同じくらいだろうか? 少し下のようにも思える。おどおどと辺りを見回して人の顔色を窺う表情は幼い子どもみたいだ。


(これなら来たばかりの新兵の方がよっぽど頼りがいがある……! これが本当に国を救うのか?!)


 と、思っていたんだが。


 八人を殺し、その五倍近くの人間を病院送りにした悪龍が、ただの一撃もくらわせていないのに地に沈んだのを目の当たりにして――

 ――認めざるを得なかった。


聖男ヒジリオセイリュウ様の騎士として、剣となり盾となることを誓う!」


 そう宣誓した時の、セイリュウの間の抜けた顔を見て。

 直後、風にさらわれた腰布を追ってすっ転んで気絶された時には、


(……俺は早まったかもしれない)


 と真剣に考えた。


「おい、神官ども。本当に大丈夫なんだろうな?」


 気味が悪いほどまったく同じ顔をした三人は、そろって俺を見上げた。


「大丈夫ですよハンクス様」

「間違いなく彼が聖女、じゃないヒジリオ様です」

「成果を見てなかったんですか?」

「それに、【被庇護の肌】効いてますよね?」

「守りたくって仕方ないでしょう」

「でなけりゃハンクス様が勢いで宣誓なんてするはずないですもんねぇ」


 煽るような物言いがものすごく癪にさわった。だがコイツらはいつもこうだ。

 俺は舌を打って諦めた。

 セイリュウをマントでくるんで担ぎ上げ、神殿を下りる。見た目通りの軽さと細さ、頼りなさ――


(――守ってやらないと、死んでしまうのか……なら、守らなくては、俺が)


 ものすごく自然にそんな思いが湧いてきたことに気が付いて、俺はバッと頭を振った。

 策略だ! 陰謀だ! 誰がこんなひ弱な男を守ってなんか――

 ――守って、なんか――

 ――でも俺が守らなかったら誰が守るんだ? 絶対に死ぬよなコイツ。間違いなく死ぬな。死んだらどうなる? 世界の終わりだ。それは駄目だ。そうかわかった、世界のためだ。世界を守るためにコイツを守るんだ!


(よし、そういうことなら!)


 守ってやっても悪くない。むしろ王国の騎士として、当然の行ないなのでは?

 そう思ったら途端に足が軽くなった。


 ☆


 その翌日。


「おう、ハンクス」

「お呼びですか、隊長」


 マルガレータ隊長は騎士団庁舎のベランダの手すりに、書類の束を持ったまま腰掛けていた。見習いの頃から十年近くここにいるが、隊長が正規の執務室を使っているところなど見たことがない。


「ヒジリオ? つったっけ? あの救国の聖女の……男版。ややっこしいなぁ、ったく」

「ええ、そうです」

「あんた、あれについていくんだろう?」

「……は?」

「神官どもからそう報告が来たぜ。すでに宣誓もした、と」


 そういえばした。勢いに任せて。

 こういうときばかり仕事の早い神官どもは、王都への連絡もすべて済ましてしまったそうだ。


「宣誓まで済ましたんなら止めはできねぇけど、惜しいなぁ。お前がいなくなると鞭役がいなくなるんでね。あたしだけじゃ飴ばっかで」

「……」

「うちが砂糖だらけになる前に、とっとと魔王でも何でも倒して戻ってくるんだよ。いいね」

「……はい。引き継ぎはライドでいいですよね」

「げっ、あの堅物かい?」

「ええ。他に適任はいないかと」

「ああー、まぁそうだねぇ……」


 ちょっと不満そうに、けれどすぐにニヤリとして「ちょうどいい、ちょっと可愛がってやろう」と隊長は言った。

 悪い、ライド。俺がいない間頑張ってくれ。主に経理とか経理とか経理とか。

 戻ってきたら何か奢ってやろう、と決意した。


 ☆


 丸一日寝てようやく起きてきたセイリュウは、騎士たちに囲まれてあっさり前後不覚になった。

 まぁ見るからにひ弱だし、そうでなくともこの蟒蛇うわばみどもにくっ付いていくのは大抵の人間には無理なんだが。


「ほら、お前らいい加減にしろ。それ以上飲ますな。何かあったらどうするんだ」

「いやいや副隊長、まだいけますって」

「俺らが加減を間違うとでも?」

「これまで何百人って新兵のデビューに付き合ってきたんですぜ」

「それはわかっているが、駄目なもんは駄目だ」


 セイリュウの首根っこを捕まえて、無理やり輪の中から引きずり出す。セイリュウを囲む輪は意外と大きくなっていた。案外人に好かれる奴なのかもしれない。ただの好奇心がそうさせたのかもしれないが。


「珍しく甘いなぁ副隊長」

「聖女様だから気ぃ遣ってんすか?」

「まさか。俺はただ何かあったら困ると――」


 ――何かってなんだ?

 恐れるような何か? 恐れ? 誰が、何に対して? ホームグラウンドで一体何を恐れるって言うんだ? 危害を加える奴なんているわけがないし、死ぬほど飲ませすぎる奴だっていない。そんなことはわかってる。なのになんでこんなに――


「んあ……ハンクス……?」


 熱気の渦から引きずり出されたことでちょっと正気になったらしい。真っ赤な顔がこちらを見上げて――潤んだ目から涙が落ちた。


「俺さぁ、俺、頑張るよ……こんないい人たち、死なせちゃだめだ……」

「――」

「でも俺、戦えないからさぁ……っ……よろしく、な……」

「……チッ、情けない。他力本願かよ」


 髪を掻きむしるようにして、溜め息をつく。完全に寝落ちたセイリュウを肩に担いで、俺は周りに溜まってた連中を睨みつけた。


「コイツを部屋に置いてきたら付き合ってもらうからな――俺の気が済むまで」


 言った瞬間、なぜかセイリュウと一緒になって涙ぐんでた奴らが、一気に顔を引き締めた。


「副隊長が飲むぞー!」

「今の内に次の樽出しとけ!」

「壮行会だー!」


 わあああああと広がった歓声に、俺は背を向けた。


(しばらくは、この騒ぎともお別れ、か)


 必ず帰ってくるのに寂しいもなにもないが。


(俺がいない間、誰一人として欠けませんように――)


 たまには、感傷的に願うのも悪くないかもしれない。

 セイリュウをベッドに放り込んで、きちんと毛布と布団と掛けてやって、それから俺は駆け足で食堂に戻った。


 

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